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第3話 愛人は僕の先祖だったようです

 大きな扉が開かれ、最終入場者の僕たちの名前が会場内に響き渡るとまるで打ち合わせしてあったかのように人波が割れていく。


 一番奥に居るのが総帥の正妻だそうだ。


 何故か人々の視線はリサでもなく、渚佑子さんでもなく、ましてやチイちゃんでもなく、僕に集まる。そんなに珍しい顔なのだろうか。友人同士なのか隣の人と喋りながらも視線は僕のほうへ向いている。


「この方が正妻のマイヤーさんよ。」


 紹介された女性の耳がぴんと立っていた。エルフのコスプレなのだろうか。この場にあまりにも似つかわしくない。何の冗談だろう。しかも年齢がやっと20歳を超えたばかりに見える。すくなくとも25歳には達していないにちがいない。


「まあ。まあ、まあ。この方が『織田旅館』の?」


 マイヤーさんが立ち上がると僕に近寄り、全身をシゲシゲと見てくる。


「そんなに似ています?」


 リサが慌てたようにマイヤーさんとの間に割り込んでくる。


「そうね。何年も何年も想像していた。あの人の少年時代はこうだったろうなという感じかな。貴女はどうなの?」


「無いですね。身長や容姿がコンプレックスなんですから、鏡に映った姿なんて碌に記憶に残ってませんね。」


 リサが何かを思い出すような仕草をしてポツリポツリと話している。


「あの雌狐め。そこまでして隠し通したか。」


 ここまでくれば僕が誰に似ているのかわかった。総帥に似ているらしい。


「いつか本当のことを打ち明けてくれると思い込んでいたみたいですが死んでも話さなかったみたいですね。あれで余計に女性不信が深まったんじゃないでしょうか。」


 凄いそこまで過去を掘り起こして調べてあるんだ。


 初代の女将さんが総帥の子供を身ごもって隠し通したらしい。つまり僕は総帥の子孫だということだ。


 それでこれまで疑問に思っていたことが氷解する。権力を使って強引に物事を進めようとしなかったのは、このことがあったからなんだ。あくまで僕の意志が優先されるのだろう。


「しかし、全く誰の子供もあの人に似ていなかったというのに。隔世遺伝なのかしらね。」


 正妻だけでなく愛人にも子供が居るらしい。


「中身は全然似ていません。見てください。あゆむくんの一言で渚佑子さんがここまで変わりましたよ。」


 マイヤーさんは初めてそこに人が居たことに気付いたかのように僕から渚佑子さんに視線を移して微笑んだ。


「なるほど。そなたの顔の威力は伊達じゃないか。だけどね幸子に言わせると前妻と別れるまで、あそこまで色恋に鈍感じゃ無かったそうよ。総てを放り出して、あの世に逃げ出そうとするぐらい色恋が怖いのよ。あの何処までも冷酷になれる男が怖いものが色恋だなんてね。」


 数々の悪評をものともせず、蓉芙帝国を築いたと言われているあの総帥が自殺を図ったのか。一体、どんなことがあったというのだろう。


「なんか。すみません。」


 先祖が致したことだから僕が謝る筋合いじゃない。少なくとも僕が止められないことには責任は持てない。だがそれでも責任を取れという輩はいつの世でも一定数居るのが普通だ。先の大戦の隣州がよい例だ。


 一応謝っておくことにする。心がこもってないのは勘弁してほしい。


「謝って貰うことじゃないのよ。あの男の子孫は数えれば星の数ほどいる。子作りを推奨したのは私たちだし、いちいち気にしていたら、とうの昔にあの人を殺して私も死んでいたわね。」


 星の数ほどいるんだ。すげー。


 いや待てよ。300年前に子供が居て20年毎に2人ずつ子供を作っていけば2の15乗だから3万人余りか。愛人や隠し子も居たら、数万、いや数十万人は居るかもしれないな。


「とにかく、今後はリサのパートナーとして蓉芙コンツェルンと関わっていく所存ですのでよろしくお願いします。」


「それがそうも言っておれんぞ。そなたたちの映像が流れた途端、急遽申し込んでくる女性の一般参加者の数が鰻登りに増えていっておるぞ。1週間後のパーティーでは覚悟しておくように。」


「それは一体どういう意味なんですか?」


 物凄く悪い予感しかしない。


「明らかにあの人ソックリのあゆむ殿とリサ殿のカップルだ。あゆむ殿と誼を結ぼうと自分たちの娘を売り込んでくる輩が多いということよ。端的に言えば側室候補選びだな。もしかすると中田殿へ売り込むつもりだった輩も変更してくるかもしれん。」


 このあとの一般向けパーティーでは中田広報官に側室を斡旋する人々が続出するかもしれなかったのか。それは見たかったな。出来れば離れたところで。


「それって。やっぱり僕も参加しなければならないのでしょうか?」


 でもそんなことを言っていられる場合じゃないらしい。リサとチイちゃんで手一杯の僕にどうしろと言うのだろう。


「リサ殿の顔を潰すつもりかな。まあそれもいいじゃろう。」


 さあ困ったぞ。1週間後のパーティーではリサの隣で笑って立っているだけのつもりでいたんだがどうすればいいんだ。


「ねえねえ。アレ何?」


 しばらく休憩したあとパーティー会場を歩き回るらしい。喉が渇いていた僕たちは飲み物を取って、ドームの外の景色を眺めていた。


 景色と言ってもクレーターばかりで、その向こうに青い地球が見えるという趣向になっている。


 キョロキョロと景色を見ていたチイちゃんが遠くのほうを指さして聞いてくる。


 あれは・・・。


「核融合炉よ。月で発電されたエネルギーを地球で使っているの。半永久的に使えると言われていて、作られてから200年以上経ったけど何処も悪くなってないらしいわ。重力とか大気とかの問題なのかしらね。」


 そうそう士官学校で習った。このエネルギーは宇宙船の航行用としても使われているらしい。この200年の間に地球の発電所は水力と予備の火力発電所のみとなり、原子力発電所は全て廃炉となっている。


「でも、どうやって地球にエネルギーを送っているんだい?」


 その部分は士官学校でも教えてくれなかった。


「まあいいじゃない。そんなことはどうでも。地球人は安全に安価なエネルギーを使えるのだから。とにかく、ここの発電所に万が一のことがあれば400年前の原始的な生活水準に逆戻りしなきゃいけないのよ。それぐらい大切な場所よ。」


 僕にも教えられないトップシークレットらしい。銀河連邦の技術でリサにも説明できないだけかもしれない。

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