第2話 彼女は離してくれないようです
「渚佑子さん。なんという・・・ぐぇ・・・何をするんですか、あゆむくん。」
パーティー当日、ホテルの着付け室でそれぞれ着替え終わったあと部屋に集まった。
中田広報官が要らないことを言おうとしたので腹にパンチを入れてやった。
「違うだろ。綺麗な女性を見たら、まず褒める。いつも通りにやれよ。」
そういえば結婚前は良く女性アナウンサーや女性記者と恋の噂がひっきりなしだったよな。それもこれもいつもいつも出逢う女性の容姿を褒めている姿が記者会見場で見られたからだ。
「人をナンパ師みたいに言わないでくださいよ。俺は奥さん一筋なんですから。」
それにしてはいつもチイちゃんを気にしてたと思うが、時々チラチラと見ていたんだよな。やっぱりロリコン野郎は・・・。
士官学校でも女子生徒に囲まれていたよな。これだけ格好良ければ、結婚していても関係無いのだろう。奥様は大変だ。
「渚佑子さん。とても綺麗だよ。今日の主役になること間違い無しだ。」
代わりに僕が褒めておく。ごめんなさい。中田広報官ほど、ほめ言葉に多様性が無いんだ。もっと勉強しなきゃね。
「そ・そうかな。」
そうやってはにかむ仕草がまたお淑やかに見える。誰だ。こんな女性を放置している男は!
「あゆむくん。私たちには何か無いの?」
リサが膨れっ面で聞いてくる。そんな仕草も可愛いけど。真っ赤になって俯いているチイちゃんはもっと可愛いかった。
「チイちゃんは中田広報官がチラチラ見ているから気をつけてね。リサとチイちゃん。とても魅力的だ。僕にはもったいないくらいだ。」
「あゆむくん。俺のこと何か誤解しているだろう。」
「さあ行こうか。」
中田広報官が何かを言っているが無視することにする。全く無粋なんだから。
☆
パーティー会場は1階のパリスの間で行われるらしい。
パリスの間はチルトンホテルに君臨する女王パリス・チルトンに因んで付けられており、強化ガラスで覆われたドーム型の会場からは月基地の外の風景が見える趣向になっているらしい。
パリスの間に向かう廊下には赤い絨毯が引かれ、左右には多くの報道陣がフラッシュをたいていた。
「あゆむくん。大丈夫?」
その光景を見た途端、足が竦んでしまったのだ。緊張で何も考えられない。今、右足を出しているのか左足を出しているのか全くわからない。
「何を・・・。」
いきなり、リサに報道陣の前でキスをされたのだ。それも1分近いと思う。長々とした濃厚なキスだ。
次第に意識が戻って来るのがわかる。
「私も・・・。」
リサが唇を離すとチイちゃんが背伸びをしてキスをしてくる。しかも僕の右手は彼女の胸元に入れられた。その柔らかな感触が僕を現実に引き戻してくれる。
「何を怖がる。私をこんなふうにしておいて。」
渚佑子さんの暖かな腕が僕の腕に絡みついてくる。
那須議長も怖がる渚佑子さんがついているのだ。怖いものなど何も無い。
ガチガチだった歯の噛み合わせが・・・冷え切っていた足先が・・・そして視界には呆れかえった表情の報道陣たちが慌ててカメラを構え直すところが見えた。
廊下を渡りきると控え室に通された。一番最後に入場するという。リサが主賓らしい。
「渚佑子さん。いつまで、あゆむくんにしがみついているのよ。」
控え室でソファーに腰掛けても渚佑子さんが腕を離してくれなかったのだ。
「緊張してきた。こんなにオシャレして、みんなの前に出たことが無かったんだ。」
なんで?
「そういえば、そうだったわ。何処に行くのも常に一緒だったけど。そんなこと・・・考えたく無かったのね。たった1人でもいいから、変わらない女性でいて欲しかったのよ。」
その回答は意外にもリサの口からこぼれだした。誰かを想定したような返答だ。
「そうなのかな。」
渚佑子さんはまだ不安そうにリサの顔を見ている。
「この私が言うんですもの間違い無いって。でも、これからは積極的に行くんでしょ。何度でも何度でもチャレンジすればいいじゃない。私から離れたあとでね。」
やはり渚佑子さんには好きな男性がいるのだ。それもリサの良く知る人物のようだ。
「あゆむくんも頑張ってね。渚佑子さんは近くに居てくれるだけでも随分心強い人よ。」
いやいや、なんでそこで僕に振るかな。まるで僕が横恋慕しているみたいじゃないか。リサとチイちゃんが居れば手一杯だよ。




