エピローグ
「あゆむくん。お願いがあるの。」
ケンちゃんは『ミルキーウェイ』の操縦まで出来てご満悦で帰って行った。リサに聞いたところではスカウトするほどの腕前でも無いらしい。
「なんだい急に改まって。」
再び地球連邦軍へ入隊を迫る気だろうか。小耳に挟んだのだが、『センサーネット入力』装置の調整には莫大な値段が付けられており、一握りの人たちしか受けられないらしい。
掛かった費用を払えと迫られたら、どうすればいいのだろう。首をくくってもそんな金額は払えない。
「急に蓉芙コンツェルンの仕事が入ったのよ。チルトン・イン・ザ・ムーンでパーティーがあるんだけど、一緒に行ってくれないかな。」
良かった。違うらしい。それくらいならば全然OKだ。
チルトン・イン・ザ・ムーンはチルトンホテルグループの中でも最高級のリゾートホテルの1つでジュニアスイートクラス以上の部屋はハネムーン客に人気で1年先まで予約がいっぱいになっているそうだ。
「いいけど。士官学校でエスコートの仕方は習ったけど付け焼き刃だよ。そんな僕で大丈夫なのか?」
士官学校の基礎教養過程で社交ダンスの踊り方から女性のエスコートの仕方まであって大変だったのだ。士官学校に入る人間はエリート中のエリートばかりだから、皆さん女性教諭相手に1度踊って見せるだけで合格していくのに僕だけは中々合格できず、最後には女性パートまでやらされて頭の中に徹底的に叩き込まされた。
初老で若い頃は美人だったろうなと思わせるくらい整った顔の女性教諭は中々合格しない僕に優しく教えてくれたけど士官学校で一番苦い思い出になっている。
「そうなの? 先生の話では完璧だったと聞いているわよ。」
実は試験直前にヴァーチャルリアリティ時空間に動画を持ち込んで徹底的に練習を積んだのである。だけどあれから2週間以上経っているから、かなり抜け落ちているんじゃないかな。
「ほら僕は庶民だからね。社交場って物語の中だけの話なんだよ。」
お城でお姫様をエスコートする主人公なんか憧れるけど、僕のこの身長じゃあ釣り合わないよな。小姓役がせいぜいだ。
「できればチイちゃんも連れて行きたいんだけど、いいかな?」
「本人さえ、良いと言えば構わないよ。」
「もうチイちゃんの了承は得ているわ。喜んで来るそうよ。」
チイちゃんは僕の世話を完璧にこなしている。だけど士官学校などの施設には入れないので宿舎と基地内にある市場の往復しか出来ない。そろそろストレスが溜まっているんじゃないかと思っていたんだ。
「他には誰が行くんだい?」
「後は中田さんだけよ。」
那須議長は行かないらしい。
中田広報官は妻子持ちだけど、エスコートくらいできるよな。それともロリコンだからチイちゃんをエスコートしたいのだろうか。危険だなあ。
「中田広報官が行くなら、彼にエスコートしてもらえば「私はあゆむくんがいいの!」」
そこまで望まれたら悪い気はしない。周囲の人たちは士官学校の生徒とは違い、いい大人なんだからリサのパートナーに対して無碍な扱いはしないだろう。
「うん。喜んで引き受けるよ。だったら中田広報官がチイちゃんをエスコートするのかい?」
「違うよ。チイちゃんもあゆむくんがエスコートするの。両手に花だよ。」
なるほど、中田広報官はお目付役なんだな。
でも、それだと敵愾心はいつもの倍あるのか。視線だけで殺されそうだな。
「そうすると、月への移動手段はどうするんだい? このスペースコロニーは軍事施設だから民間の宇宙船は入れないと聞いたけど。まさか戦艦を使うわけじゃないよね。」
戦艦と言っても武器が搭載されているだけの普通の宇宙船だ。今はスペースコロニーの宙港から地球を離れるのが一般的であり、大気圏突入型のロケットタイプの宇宙船は廃れてしまっている。
「普段なら基地の『ゲート』を使わせて貰うんだけど、渚佑子さんが来てくれるから直接行くのよ。」
渚佑子さんの『ゲート』は月へも行けるらしい。便利すぎだろ。
これでこの章は終わりです。
次章は社交界デビュー編です。リサ?の真実が明かされます。
数日お休み戴いて来週には更新再開します。




