第6話 無理しても微笑めないようです
「何処に行くんですか?」
翌朝、渚佑子さんがホテルまでやって来た。荷物を持った僕とチイちゃんの腕を掴むとそこはスペースコロニーの中だった。渚佑子さんの『ゲート』は地球連邦軍内でも使えるようだ。
「宇宙軍士官学校よ。今日は入学式なの。士官学校の宿舎ならメイド連れで来ている輩も多いから、貴方たちが同室でも目立たないわ。」
渚佑子さんが吐き捨てるように言う。そういった人々を軽蔑しているようだ。きっと僕のことも同じように思っているのだろう。
日本州は旧来の4月入学だが地球連邦軍はアメリカ州の卒業に合わせてあるようだ。
「そうなんですか。」
「エリート意識の強い輩が多いから絡まれないように気をつけてね。」
意外と言っては失礼だが渚佑子さんが優しく教えてくれる。軌道エレベーターで絡んできたのはこの学校の生徒なのだろう。
☆
案内されたのは壇上だった。ゲストとしての位置付けなのだろうか。周囲には那須議長の他、地球連邦軍の中将以上と思われるお偉方と共に渚佑子さんも一緒に居た。
リサとチイちゃんは舞台袖で心配そうに見守っている。
式が始まると在校生と入学生共に揃いの制服を着て直立不動の体勢を取る。整然と並んでいて格好良い。
イヤリングタイプの自動翻訳機の調子はとても良いのだが気が遠くなりそうな校長の話にも欠伸をすることなく直立不動のままだ。
ようやく校長の話が終ると来賓の紹介が始まった。
「彼は『ミルキーウェイ』パイロット候補生となる服部あゆむくんだ。現在日本州の高校2年生だが同時に当士官学校の特別聴講生でもある。」
僕の紹介が始まると途端に入学生の一部がざわつき始める。簡単な略歴も紹介されているが司会者の声が掻き消されている。
「壇上に来てもらったのは20倍のヴァーチャルリアリティ時空間の資格保持者でもある彼にはヴァーチャルリアリティ講座の講師を務めて頂く予定だからだ。」
僕の紹介の最後に寝耳に水の講師役を求められていることを聞かされる。12歳のときに20倍の資格を取得した僕のところには良く講師の話が持ち込まれる。実際に大学の夏休み講習の教壇に立ったこともあるのでそれほど違和感は無いが事前に言ってほしかった。
僕が立ち上がって頭を下げるとざわつきが在校生にまで広がり始める。エリート中のエリートである地球連邦宇宙軍の士官候補生が日本州の1人の高校生に教えを請わなくてはならないというのは我慢できないことなのかもしれない。
「静粛に・・・静粛に・・・。」
司会者何度も声を張り上げると生徒たちは我に返り静まった。
「最後に各州選抜テストをお作り頂いた大賢渚佑子様をご紹介しよう。今後、本校で行なわれるペーパーテストの作成及び実技テストの採点は彼女が行なうことになる。」
そして彼女の略歴が紹介されると僕のときよりも大きなざわつきが広がっていく。驚いたことに彼女は中卒なのだそうだ。
所々で頭を掻き毟ったり、しゃがみ込んで吐きそうになっている人さえいる。学歴に自分のアイデンティティーを持つ人々なのだろう。しかし酷い有様だ。
最後に那須議長からのお言葉があるそうだ。
「入学おめでとうと言いたかったのだが最終試験で落第者が出たようで残念だよ。諸君は何を勘違いしているのだね。確かに本校はエリートの集まりだ。だがそれは学歴でも家柄でもペーパーテストの結果でも無い実力なのだよ。従って最後の最後に試させて頂いた。そう最後まで無言で直立不動の体勢を取った者こそが本当の入学合格者だ。」
その言葉に身に覚えがある生徒予定者がガックリと膝をつく。立ち続けていたのは入学者の中の僅か数名、在校生でも数割が消えてしまっている。
士官学校には留年という概念は無いらしく。落第となればすぐに学校を去らねばならないらしい。
☆
「本当に猿真似ばっかりなんだから。」
渚佑子さんが軽蔑の視線を送っているのは那須議長だ。これと同じようなことを前に行なった人物が居るらしい。確かに中卒、最低学歴卒業者が上位に居るというのは学歴によるエリート意識を打ち砕くには都合が良い。
「仕方が無いだろう。君も彼らのエリート意識は嫌っていたじゃないか。」
「自分で考えなさいよ。あの人の真似ばっかりなんだから。」
「あの人に言われたことを忠実に守り続けている君に言われたくないな。」
「僕もダシに使われたんですね。一体、何処まで計画的だったんですか?」
あの軌道エレベーターで警備に配置されていた士官候補生も学歴によるエリート意識が強い人物だったのだろう。那須議長って、物凄く優しそう穏やかそうに見えて、物凄く底意地の悪い人間なんだ。
「まあいいじゃないか。これで当分士官学校に議会も口を出すのを遠慮するさ。」
元々、地球連邦軍の士官学校には地道にふさわしい人物を入れるための調査を行い、スカウト活動をしていたらしい。だが地球連邦議会の要求により、宇宙軍には各州で選抜テストを行い上位者に対して入学を許可する方法を取ったらしい。
「良く無いです。」
「聞きたいのかい。あのままリサがベッタリの状態で君のことを自慢して練り歩くだろ。そうすれば君に対して何らかのアクションを起こすはずだ。そうすれば即退学だ。しかも入学式では講師として紹介される。抗議の声が挙がったはずさ。チイちゃんを野戦調理の講師をして頂く案もあったんだよ。」
うわぁ。最悪だ。この人。嬉々として相手を嵌める手段を使うつもりだったようだ。




