第4話 許してあげたのに恨まれそうです
「条件があります。」
翌朝、チェックインカウンターで例の警備員に土下座をされてしまった。周囲には数人の警備員や地球連邦軍の制服を着た人たちに付き添われている。
那須議長から情状酌量したいので口添えしてほしいとお願いされた。確かにチイちゃんさえ、あんな状態にならなければ、暴力を振るわれることも無かったはずである。
僕の口添えさえあれば軽い処分で済むらしい。
「ひとつは決して辞めないで地球連邦に生涯忠誠を誓ってください。もうひとつはもう新たな犠牲者を出さないこと。万が一、他の警備員が暴力を振るおうとしたら庇ってください。容易い道じゃないけど、頑張ってくださいね。」
「はいっ。」
キッパリとハッキリ声が返ってきた。これなら大丈夫そうだ。
「全く男前なんだから。流石は私の大切な人だわ。」
僕はリサの口を塞ごうとするが少しだけ遅かった。周囲の警備員や兵士たちの顔が強張る。
「その方がリサ様のお好きな人なんですか?」
1人の兵士がおそるおそる尋ねてくる。
「そうよ。とっても大事な人なの。凄い男前でしょ。」
ああっ。ダメだ。折角、周囲との軋轢を生まないように白壁少将を許し、目の前の警備員を許したのに、なんてことをしてくれるんだ。これではあっという間に噂が広まってしまうぞ。
「そ、そう・・・ですね。」
「さ、さあ行こうか。」
これ以上何かを言われる前にその場を離れる。
「な、何よ。もっと自慢したかったのに。」
一体、誰の所為だよ。全く。
エスカレーターを降りていくと悪夢の出国審査だ。今回は那須議長の同行者ということでノンチェックで通り過ぎていく。
「那須議長すみません。手を引いて貰えませんでしょうか。」
僕は隣に居るはずの那須議長に囁いた。
出国審査を通ろうとしたときに今度は僕の周囲が真っ暗になったのだ。念のためチイちゃんを対象から外したと聞いていたのにこの始末。一体どうしてくれよう。
「あ・・・あぁ。もしかして?」
チイちゃんと同じように個人的な憎しみに反応したようだ。欠陥じゃないのだろうか。
「そうです。多分、僕は貴方を憎んでいる。何でリサはあんなに空気読めないんですかね。一体、どういう教育をしたんですか?」
暗闇の中、手を引かれながらブツクサ文句を言うことしかできない。
「すまない。本当にすまない。」
☆
第5ターミナルビルの北ウイングからタラップからその車に乗り移る。その車体は翼の無い航空機の格好をしたバスだ。もちろん座席もありスタッフが最終確認を行なっている。
「本機は『ゲート』を使い、3分ほどでグァム国際空港に到着します。」
リサが用意してくれたのはコックピット内の副操縦席だった。この車体の前方は外見こそ航空機そっくりだが、内部は車の運転席そっくりだった。操縦士は大きな車を運転するのが仕事らしい。
『ゲート』と聞くと門を思い出すが、まさに大きな門が前方に見えてきて扉がゆっくりと向こう側に開いていく。一瞬、渚佑子さんの姿が見えた気がしたが気のせいだよね。
『ゲート』を通る瞬間は何も音が無い世界だ。渚佑子さんの使う『ゲート』のほうが余程揺れるような気がする。長いトンネルを抜けるわけでもなく、すぐ向こう側はグァム国際空港だった。
グァムはその昔、蓉芙コンツェルンの前身である蓉芙財閥が世界で初めて軌道エレベーターを開発したところであり、その上空には巨大なスペースコロニーが広がっている。
地球連邦の設立に蓉芙財閥の当主が深く関わったらしい。地球連邦の本部の建物や地球連邦軍の地上部隊こそ地上にあるが、地球連邦や地球連邦軍の機能の大部分がこのスペースコロニーの中にあることは有名な話だ。
スペースコロニーの外側はオリハルコン製だという話だが未だに軍事機密とされている。
確かなのは当時、宇宙開発の障害となっていたスペースデブリつまり廃棄された人工衛星などの宇宙ゴミがぶつかってもビクともしなかったという話からもその強靭さが伺い知ることが出来る。
「へえ、これが軌道エレベーターですか?」
軌道エレベーターの仕組みは単純で巨大な箱の底に付けられた推進装置でスペースコロニーに繋がるロープを昇っていくだけである。
もちろんロープにもオリハルコンが使われており、地球と同等の質量のものを火星まで引っ張って行っても切れないという。
グァム国際空港から一直線に海岸線に出る道を走っていくと更に海上を走る道へと続いていた。それを更に走っていくと軌道エレベーターのロープが繋がる巨大なアンカーに出くわした。
その周囲は浮島になっており、その上に地球連邦軍の地上部隊の基地があった。
「そうだ。今は使われてないけどね。」
那須議長が説明してくれる。周囲に目はあるがリサが説明してくれるよりはずっと良い。
「ではどうやってスペースコロニーに行くんですか?」
「『ゲート』を使う。」
またしても『ゲート』だ。地球連邦の施設は『ゲート』だらけだ。
「これを身に付けてくれないか。」
那須議長からペンダントを手渡される。
「これは何ですか?」
写真が入れられるようになっているタイプのペンダントのようで開いてみると・・・リサの写真が入っていた。リサの方に顔を向けると笑って手を振っている。リサのイタズラのようだ。
「個人識別装置だ。」
「えっ。ここにはDNA読み取り装置は付いていないんですか?」
ヴァーチャルリアリティのヘッドギアにも付けられてはいるが3ミリ角の読み取り装置で個人識別できる。従って大抵の施設には指先を穴に入れることで扉が開くように出来ている。
ブラックリストに載っているメンバーなら指先をガッチリロックされるという怖い噂があるが、実際にされたという人を見たことが無いので都市伝説だろう。
「これは旧式なんだが電波が出ていてね。施設内なら何処に居ても探せるんだ。」
「ええっ。誰でも僕を探せるってことですか?」
それじゃあプライバシーゼロだ。嫌すぎる。
「大丈夫だよ。一部の権限を持つ人間にしか探せないように出来ているし、プライベートな空間ではその空間に居ることしかわからなくなっている。」
「それって、リサはどうなんですか?」
それが一番重要だ。トイレはプライベートな空間だろうが、トイレの前で待って居られるのは困るな。
「管理者権限があるから、トイレの個室まで調べられるようにもできるわよ。」
「あっリサのバカ。それを言うな。」
奥の手があることを隠していたらしい。
「僕。帰ろうかな。白壁少将に言っておけば、ケンちゃんに基地を案内してくれるよね。」
僕は回れ右をすることにした。