第2話 真面目に調べてくれないようです
「酷い。酷すぎるよぅ! あゆむくん。あゆむくん!」
「だ、大丈夫だよチイちゃん。・・・パスポートも所持しているから、身元確認すればいいだけの話でしょう。」
「誰にするというんだ。こんなことのために、あのお忙しいお二方の手を煩わすわけにいくか。」
学校は夏休みに入ったばかりだから、事情を知らないかもしれない用務員の方くらいしか居ないだろう。
「ボディガードでも誰でもその2人の事情に詳しい方に聞けば良いだけでしょう。」
「まだ言うか貴様!」
今度は鳩尾に一発入る。胃液を撒き散らしながら、のたうち回るしかできない。
もう嫌だ。何でこんな目に遭わなくていけないんだ。
テロリストとして刑務所行きなのか。それともこのまま嬲り殺しにされてしまうのだろうか。
天罰なのか。天に居たリサを地上に引きずり落とした僕に対する天罰なのかもしれない。
「大人しくなったな。初めから、そうしておれば良いものの無駄な抵抗なんかするから、こんな目に遭うんだ。」
黙っていても黙らなくてもテロリストにされるんだ。
「どうだ白状したか。午後の『ゲート』はそこの2人を残して無事に完了した。後は帰りの便だけだ。5分後に到着する。」
そのとき、別の男が扉を開けて入ってきた。地球連邦軍の制服を着ており、階級は高そうだ。
もうグァムには行けないらしい。
「それが、この男。新太郎様とリサ様の名前を出しやがったんです。」
警備員の男が吐き捨てるように言う。
「それでこの惨状か。拙いな。」
「何がですか、こんな嘘吐き野郎の言うことを信じるんですか?」
「いやそうじゃない。そうじゃないが那須議長は冤罪には手厳しい御方だ。いつ何時であろうとも必ず照会を掛けろと仰せだ。例え相手がテロリストでも叱責は免れないぞ。私が代わろう。」
那須議長の優しい眼差しを思い出す。確かにそういう誠実な人間だ。これで助かる。
「はっ。申し訳ありません。」
「まあいい。どうせテロリストだ。伝わらないように上手くやるよ。」
希望の光が消えた。隠蔽してしまうつもりのようだ。下手をするとこのまま殺されてしまうのかもしれない。
「すまないがもう一度聞く。本当に那須新太郎様やリサ・ローランド・那須様と知り合いだと言い張るのか!」
「ぺっ・・・。」
僕は喋ろうとして口の中に溜まった血と胃液を吐き出す。
「貴様っ。何をする。」
目の前の男には掛からないようにしたつもりだったが。怒り狂うところをみると、この男も同じなんだろう。
「もういいよ。何を言っても信じてくれないんだろう。さあ殺せよ。僕のことを殺して渚佑子さんに死ぬような目に遭えばいいんだ。」
僕の場合は例え那須議長が後で抗議したとしてもテロリストに間違えたで終わりだろうが、渚佑子さんなら、コイツらを恐怖のどん底に落としてくれるに違いない。
「き、きさま。今、なんて言った。」
目の前の男が固まる。流石に殺せとまで言うとは思わなかったのだろう。
「殺せって言ったんだ。もういい。楽にしてくれよ。」
「違う。今、大賢様の名前を叫ばなかったか。」
「渚佑子さんのことか?」
確か顔写真を見せて貰ったときにフルネームで書いてあったのを思い出す。思わず『大賢者佑子』と読み間違えるところだったのだ。
目の前で男が面白いように青くなっていく。まあ那須議長も怖がるくらいの人物なんだ。きっと冷酷非情で有名なんだろう。
「何故、その名前を知っている!」
「何故って、リサのボディガードとして紹介されたよ。実際は『ゲート』を使った学校の送り迎えだったけど。」
もういいや。敬称を付けようが付けまいが態度は変わらないんだ。
「拙い。拙いぞ。あの大賢様の名前を知っているなんて、トップシークレット中のトップシークレットだぞ。」
トップシークレットなんだ。トップシークレットばかりで何がなんだかわかんない。
「そうなんだ。へえ、良く知っているね。オジさん。」
「この方をなんと心得る。地球連邦軍の白壁少将だぞ。」
空気を読まない警備員の男が話に割り込んでくる。どっちでもいいよ。無視することにする。
「へえ。オジさん。偉いんだ。でも降格間違いナシだね。あとボディガードの名前は神の倉さんと滝の水さんなら知っているよ。」
散々、リサのガサツなところの愚痴を聞かされたものな。
「合っている。でも、それは誰でも調べられる。でも大賢様のお名前を知っているなんて。」
オジさんは真っ青を通り越して真っ黒だ。肝臓でも悪いのかな。お年なんだし退役してゆっくり休んだほうが良いんじゃない。要らないお世話か。
またしても、部屋の扉が開けられる。今度は何処の偉いさんだ。結局は隠蔽してしまうんだろう。誰が来たって同じさ。
「ここに居られました!」
そこに居たのは物凄く心配そうな顔をした渚佑子さんだった。
助かったぁ。
「あゆむくん! あゆむくん! あゆむくん!」
その後ろから飛び出して来たのはリサだった。抱きつかれた。痛い。痛いって・・・その激痛が引き金になって僕は意識を手放してしまうのだった。




