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第10話 嫉妬は止められないみたいです

 渚佑子さんは校門前で待っていた屈強そうな女性にリサを任せて帰っていったのでホッとする。彼女は僕よりも小柄なので高校に紛れ込んだ中学生のように見えるのだ。


 誰かがまた失礼なことを言って転校するようなことになったらと心配していたのだが杞憂に終った。良かった。しかし忙しい人だな。権力も自分の力の一部のかのように使っているところや那須議長の怯えかたからみると蓉芙コンツェルンの影の権力者なのかもしれない。


 絶対に怒らせてはいけない人間だ。


 リサを真ん中に挟み、ケンちゃんと校内に入っていくと空気が変わっているのが解る。


 桜木グループが居なくなったことはかなり広まっているようだ。昨日に比べるとこちらを見ている人の数が違う。悪口も聞こえてこない。


 リサとケンちゃんはゲーム談義に夢中になっている。ケンちゃんは僕と違って背が高い。聞いたことは無いが180センチ以上あると思う。2人を見ているとお似合いのカップルに見えるのだ。


「どうしたのよ。あゆむくん。」


 初めは2人が親密そうに見せることで他の男子生徒たちの追及をかわそうと思ったんだけど、なんか嫉妬深い夫になった気分だ。なんか情けない。


「何でも無い。」


「さては私の魅力の虜に「それは無い。」」


 リサは何を勘違いしたのか、僕の首に縋りついてくるがキッパリと否定してやる。否定したのに離れない。意外としぶといな。


「いや。確かに綺麗なのは認める。認めるがアレだけガサツなところを見てしまうとな。箸の使い方とか何とかならんのか?」


 本人は金髪碧眼でも周囲は日本人ばかりだ。8年以上もそんな環境で育っていれば普通もっと使えるものだろう。


「うちの料理長が作る料理は洋食ばかりでナイフとフォークなんだもの。それにシンタローが出してくれるものは大抵軽食ばかりだし。」


 料理長って、一体どんな家庭なんだろうな。


「ちょっと待て。那須議長が料理をなさるのか?」


「そうだよ。知らなかったのか。『超感覚』というドッグカフェグループを経営していて、本店では自ら腕を振るっているそうだぜ。」


 思わぬ、いや思った通りの方向から回答が返ってくる。ケンちゃんの知識量には引くものがあるなあ。どこから、そんなネタを仕入れてくるんだか。


「そうなのよ。店で出すためにストックしておいた料理なんかが出てくるのよ。酷いと思わない?」


 お父さんの料理なんてそんなものだろう。凝った懐石料理とかが出てきたら、逆に引くと思うぞ。


「でも一生懸命食べようと頑張っていたからいいけど、ああいう料理が好きなのか?」


「そうよ。旅館に泊まれると聞いて、それが楽しみだったの。」


「じゃあ。チイちゃんに言っておくな。」


「誰よ。そのチイって女。」


 リサは僕の言動から、女だと掴み取ったようだ。すげえ嗅覚だな。


「うちのコックだよ。中卒で旅館の厨房に見習いで入って、2年後の今では煮物まで任されているんだぜ。年は近いけどリサとは大違いだよな。リサなんて名誉職ばかりなんだろ。」


「なんでそこで私が出てくるのよ。」


「だって喰いっぱぐれなさそうだし、将来は連邦議会の議員と結婚か?」


「そんな将来イヤよ。それに名誉職と言っても仕事はちゃんとあるんですからね。」


「へえ。あるんだ。」


「仲が悪い州同士のトップ会談の橋渡し役とか、凄い重要なんですからね。私の笑顔が世界の平和を担っていると言っても過言じゃないのよ。」


「へえ。世界平和のために笑顔の大安売りなんだ。大変だね。」


「どうせ。私は笑顔を売るくらいしかできないの。」


 あっ。イジけた。


「お嬢様は偶然那須様の養女となられただけなんです。ですが宿命とも言うべき仕事がおありなんです。それは地球人のお手本となること。ご本人の意思とは関係無く、その行動は各方面から注目され各界の方々に知らぬ者は居ないんです。幸い、お嬢様は可愛くお育ちになり、皆様に愛されておいでになります。でも常に周囲に目があるのでプライベートの時間になるとガサツに見えるのは仕方が無いんです。それだけ、あゆむ様の傍が大切な時間になっているのだと思います。」


 何か凄く良い話の割には終着点がソコ?という内容だった。傍に控えていた女性ボディガードの1人がそんな話をしてくれた。つまりガサツな面は本当のリサだから気にするなと言いたいらしい。それでいいのか?


「なんか大変そうだね。リサの傍に居るということは。」


 僕がそう言うと2人の女性ボディガードによる愚痴がぞろぞろと出てくる。想像以上のガサツさだ。それでも、リサが愛されているから、これだけ言えるんだろう。渚佑子さん相手じゃあ無理そうだ。


「お前たち、私のことが嫌いなんだね・・・。」


 なんか余計に落ち込んでしまったようだが、僕はリサのことが良く解ったような気がした。


     ☆


「どうしたの?」


 その日の夕食が済んだ後、厨房に食器を下げに行くと珍しく加奈さんが居た。いつもなら、この時間には夕食を摂りながら執筆活動に勤しんでいるはず、我が母親ながらガサツだ。女将になるのを嫌がったのも解らないではない。


 お客様に挨拶に行くときは、取り澄ましていたのが分かる。そういうときはそこはかなく色気が漂ってきて綺麗だったのだが、今考えると普段とのギャップがより美しく見せていたんだな。


「リサの食欲が無いみたいなんだ。丁度、良かった。僕は男だから解らないけど、女性には体調の悪いときがあるんでしょ。それとなく聞いてくれないかな。」


 まさか、ついこの間まで憧れていた女性に対して、生理かもしれないなんて言えない。


「それだけ分かっていれば十分よ。」


 あれっ。バレてら。


「それからチイちゃんにお願いがあるんだ。流行りのデザートを買ってきて貰えないかな。お金は出すからリサと僕とチイちゃん・・・それから、加奈さんの4人分。」


 皆で食べれば遠慮もしないよね。リサが遠慮するところなんて想像できないけど。


「なんでチイちゃんなのよ。私だって美味しいデザートの一つや二つ、知っているわよ。チイちゃんだって忙しいのよ。」


「ほらチイちゃんとリサは同年代だろ。だから好みも似ているかな。なんて。」


 加奈さんの場合、執筆しながら駄菓子をボリボリと食べる姿ばかりみてきたからな、いくらなんでも駄菓子は食べないだろうなんて言えないから適当に誤魔化す。


「酷い。どうせオバさんよ。40前よ。」


「そんな意味で言ったんじゃないよ。」


 一体どう言えば良かったんだ。


「私だったら構わないです。」


 実はチイちゃんは美味しい物好きのポッチャリ女子なのだ。美味しいものを説明させると涎が出てくるくらい上手いのだ。機会があればチイちゃんに説明して貰えばリサの食欲も出るに違いない。


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