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7 無駄な時間はなくすべき?

 本日、我が家では既に夕食を取り終えていた。妻は静かに食べ終えた食器を洗っており、私はリビングに寝転がって、のんびりとバラエティー番組を見ていた。今はコマーシャル中で割と退屈ではあるが、まあ、平和な時間といえた。

 しかし、そんな穏やかな時間は、妻の一言であっさりと崩壊することになる。

「よくもまあ、そんなコマーシャルを平気で見ていられるわね。時間が無駄だと思わないの?」

 食器を洗い終えた妻がエプロンで手をてきとうに拭きながらやってきた。

「そんなこと言われてもな」

 と言って、私は頭をポリポリと掻く。

「はぁ〜。これだからあなたは……。あたしだったら5秒で我慢できなくなるんだけど。第一、あなたが見ていたのはバラエティー番組で、その間に挟まったコマーシャルではないはずよ! それにコマーシャルを見ていられる人なんて、暇人かただの馬鹿くらいのものよ」

 随分ズバリと断言したな、と思いつつ、コマーシャルを見ている一人である私は確かに暇人だった。

「いい? 暇を持て余していられる時間なんてないの。何も考えないでボケーッとコマーシャルを眺めていても何の特にもならないわ。だからどんな時でも暇な時は、一に行動、二に行動なのよ」

「じゃあ、トイレにでも行こうかな」

 ずっと聞いていると耳が変になってしまいそうなので、トイレに退避することにする。私がトイレに入っている間も、妻は何か喋っていたが、扉越しにはよく聞こえなかった。

 トイレから出て、手を洗い終えて戻ってみると、ちょうど番組が始まっていた。私はまた先ほどの場所に寝転がりテレビを凝視する。横目で見ると、妻もソファーにちょんと座り、静かにテレビを見ているようだった。

 笑いながら楽しんで見ていればあっという間に時間は過ぎる。そう、コマーシャルの時間だ。

「え、えーと……」

 妻がこちらをじっと睨み付ける。CM中に何をするか全く考えていなかったので、慌てて何かし始めようとする。近くに新聞があったのでとりあえず読むことにする。……朝に一度だいたいめぼしい記事は読んでしまっているのだが……。

「で、お前は何をするんだよ」

「ふふん、言われなくてもとっくに決めてあるわ〜。明日に備えて穴が開くくらい見るわよ〜」

 ジャーンと言って、スーパーのチラシを見せた。そういえば妻はいつもテレビの合間にチラしを見ていたような、見ていなかったような。

 そんなこんなでそれ以降、CMがくると私と妻はそれぞれ、新聞とチラシに目を通し、番組が始まるとまたテレビとにらめっこをする、といった一連のサイクルが出来上がった。

 ……しかし、一度見た新聞なのですぐに読むところがなくなってしまう。

「あたしは別に新聞見てなさいなんて言ってないわよ。自分でまだなにかできることを探したらどうなの」

 何かすることがあっただろうかと頭の中に尋ねてみる。仕事関連ですることは特にない。新聞のようになにか役に立ちそうな事が書いてある読み物は、多分この家には他にないと思う。

「う〜ん……」

 やっぱり特に何もない気がした……。

「もう……。じゃああなたはアレで日頃の運動不足の解消でもしてみたら」

 妻がちょっと怒り気味の顔で指差す方向には、バランスボールがあった。風船のように丸く膨らんでいるが、弾力のある素材で人間の重みでは割れるようなことはない。

 わたしはしぶしぶそれに触れてみる。……が、イマイチ使い方は知らなかったりする。

「これで何をすればいいんだ?」

「そんなことも分からないの? とりあえず座ってみなさいよ」

 言われたとおり、バランスボールに座ってみる。ぐらぐらとふらついて不安定だが、椅子に座るよりも快適だった。長時間座っていてもお尻が痛くなることはなさそうだ。

「じゃあ、そのまま足を離してみて」

「えっ?」

「いいからやってみる!」

 と言うので、私はゆっくりと両足を宙に浮かせようとする。状況としてはバランスボールの上に角度の大きいV字型の体型をとっていた。しかし、

 ドスーン! と大きな音を立てて床に転げ落ちる。ただ座っているだけでふらついていたので当然といえば当然の結果であった。

「どんくさいわね。……ちょっと貸して」

 妻がバランスボールを自分の方に持っていって、いとも簡単そうにバランスボールに座る。そしてあっさりとV字型をやってみせる。私の方を向いてニヤッと笑う。

「そのくらい少し練習すれば……!」

 妻からバランスボールに降りてもらい、何度か挑戦してみる。……が、その全てが失敗に終わり、その度にドスーン! というどでかい音が鳴る。CMが終わり、妻がソファーに座り直しテレビを見始めたが、そんなのはお構いなしに私はバランスボールに挑み続けた。

「できたぞ!」

 バランスボールの上でV字型になって一人で歓喜した。私はいつだったかぶりの達成感を得た。妻はちょうどそのときテレビを見てケラケラと笑っていて、こっちに見向きもしなかった。気付いてもらえたのは次のCMの時だった。その頃には私の喜びも薄れていた。

「あ、そういえばできたんだっけ?」

 耳だけはいいようで、聞こえていないようでもしっかり聞いている、それが私の妻だった。

 ……ここで、ホントのホントに微量だが、妻が「ムムム……やるな」という狼狽した声が聞こえた……ような気がした。

「……ま、まあ、その程度であたしと同じレベルだと思ってくれちゃ困るのよね〜」

 少し動揺した声で、バランスボールを私から奪った。

「よく見てなさいよ」

 妻はボールにまず片足を乗せる。まさか! と思ったらその通りで、どうやらこの不安定なボールの上に立とうとしているようだ。妻は私の考えていることを察したのか、

「大丈夫よ。……まぁ、万が一失敗したら、ちゃんと受け止めてよね」

 珍しく弱気な発言も出た後、もう片方を乗せようとしていた。何のプライドだか見栄なんだか知らないけど、あんまり無理しないほうが……

 ドオォォォォォォォォォン!

 と言ってるそばから豪快に滑り落ちてしまった。あまりにもすごい落ち方だったので少し安否が気になったが、

「受け止めてって言ったじゃない!」

 なによりも先に私の非を責めるところから鑑みるに、なんともなかったのだろう。私とて男だ。文句の言われっぱなしでは男が廃るというもの。

「あの落ちる速度じゃ、プロのカメラマンが写真に撮れるかどうかすら分からない。それを一般人の私が受け止めるなど――」

「何変な理屈をこねてるのよ! 私は受け止めてって言ったの。誰が好きで自分のヘマした瞬間を写真に撮って欲しがる人間がいるってのよ」

「いや、やる前に大丈夫って言ったはずだ。私はそれで安心しきってしまったんだ。だから当然反応も鈍ってしまった。非はそっちにある」

「言ったわね!? そもそも悔しくてテレビも見ないでずっとバランスボールやってたのはどこの誰よっ! そいつがいなけりゃあたしはこんなことしなかったわよ」

「いや、CM中になんかしろといわれなければな――」

 ピンポーン。夜中にインターホンが鳴る。……このタイミングで。二人は途端に静かになる。

「あなたが行ってきなさいよ」

「なんで!」

「待たせたら悪いでしょ。いいから!」

 妻に背中を押されて玄関までやってくる。ピンポーン、ピンポーンという電子音がしきりに家中に響き渡る。

 しぶしぶ鍵を解除して扉を開けてみれば、そこには私たちの真下に住む大家の荒井さんが鬼の形相で立っていた。一人暮らしで、噂ではペット禁止しているのに、自分だけ猫を数匹飼っているという年取ったオバサンがそこにいた。

 私は散々怒られた。この時間こそが一番無駄であったことは言うまでもない。

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