5 暑いので省エネします
なんかあまりカオスにならなかった感がある……。まあいいや。
※若干伝わりにくい台詞があったので、修正させていただきました。
カップラーメンだけの昼食を終え、私と妻は家でだらだらと過ごしていた。今日は雲一つ無い快晴で太陽がジリジリと照りつける。この時間帯は一日の中で最も暑い。我慢できずに妻が、
「暑いわね〜。どうにかならないのこの暑さ〜」
扇風機を独り占めして、テーブルにあごを乗せてだらしなく言った。
「どうして暑いと何にもやる気がおこらないのかしら〜」
「おかげで妻のSッ気に振り回されないんで、こっちとしては大助かりなんだがな」
と夫の私がぼそぼそと言った。
「そこ、何か言った?」
「……いや」
もうすでに分かり切っていることではあるが、この家族間の力関係は妻の方が上である。私には言いたいことを好きに発言できる自由が奪われていた。精神まで支配されてないだけまだマシだといえるのかもしれない。
妻はコーラをガブガブと飲む。今日は3本目に突入したところだ。特に何ということもない、至って普通である。
「それよりあなたのその格好はなんなの!? 見てるだけで暑くなるわ。……あなたは私を視覚で暑くさせる気なの!?」
私の服装は地味で何の変哲もない長袖にジーパンだった。まあ、見る側としては暑苦しいこと間違いない。しかし、意図的にやっていないことについては一応反論しておこう。
「和子がこの夏になってから一度も洗濯しないから、仕方なく着てるんじゃないか」
自分で洗濯をすればいいだけの話なんだが、実はこれは遠回しの抗議でもあった。私にできるささやかな反抗。さて、妻はこの発言に対し何と言ってくるだろうか。
ところが、私の話の聞いていたのかどうなのか、妻は扇風機に「あー」とか「わー」とか言っているだけだった。それをしていいのは小学生までなのでは、というのは口に出さない。というより、妻は完全に夏の暑さにやられているようだった。その証拠に私に名前で呼ばれるのを嫌うのに、何の反応も示さなかった。
それから数分、妻は特に何も喋ろうとしなかった。何か居づらさを感じ、喋り出す。
「こんな暑さでノックダウンしてどうする。世界は地球温暖化の影響を受けてますます暑くなるだろうに。だったら今の内に私のように暑さに慣れておくのもいいかもしれないぞ」
……しばらく無反応だった。そしてようやくポツリと出てきた言葉が一つ。
「慣れたくなんかないわよ。……あんたが何とかしなさいよ、この暑さー」
と言って、テーブルにグッタリとしたままである。
「うぬ……」
手始めに何をしようかというのはもう決めていた。
扇風機に近づきそのコンセントを抜いた。その途端、扇風機は回転が弱まり――やがて止まった。そして、ようやく彼女の怒りが爆発する。
「ちょっと、暑いじゃないの! コンセントを差しなさいよ」
少し調子を取り戻した妻。怒っている妻こそいつもの彼女だ。怒り顔こそ一番美しく見える。
「地球温暖化を何とかしろって言っただろ。だから協力してもらうだけだよ。暑いのが嫌ならこれを使うといい」
と言って私はその辺から拾った団扇を渡す。
「上等じゃない。……分かったわ、あたしも温暖化を阻止してやろうじゃない。やるからには徹底的にやるわよ。このあたしにかかれば1日に1度くらい下げるのはどうってことないんだから!」
あくまで現時点では温暖化は緩和させることしかできないから、気温を下げることは不可能だ。それに万が一1日に1度下げることができたとしたら、近い将来凍死するのは間違いない。妻はこれを冗談で言っているのか、本気なのか、私には聞くのが恐くてできそうにない。
ちなみにこれが冗談の場合、
「これだから教養のない人間は……」
という返答がくると思われる。そして本気の場合は、
「これだから知恵のない凡人は……」
と返ってくると思われる。多少言葉遣いが違うかもしれないが、意味的にはこんな感じの事を言ってくると思う。どっちにしろ私は妻に馬鹿にされる運命にある。だからこういう場面になったときは、沈黙は金雄弁は銀というように、何も言わないのが賢いのである。
「ちょっと、聞いてるの!」
妻のどでかい声が耳にガンガン響いてはっと我に返る。
「なんだ?」
「さっきから何回も言ったじゃない。……まあいいわ、あと1回だけ言ってあげる。……で、地球を涼しくするにはどうしたらいいわけ?」
ホンキだったー! 何と可愛らしいことだ。妻はどうやったら涼しくできるかと、子供が親に「赤ちゃんはどこからくるの〜」と聞く時みたいに、純粋に聞いているではありませんか。写真に一枚納めたいくらいに可愛い。
何てことを思っていると、頭に重たい衝撃が加わる。妻の強力なパンチだった。私は痛むところを手で押さえ、情けない声を出してこの痛さを妻に訴える。
「また聞いてなかったなんてことは無いわよね?」
返答次第では殴りますよと言いたげに、拳を構えたまま聞く。
「ええ、聞いていましたとも」
「じゃあ早く言いなさい。あなたは一つひとつの行動がとろいのよ」
と言って拳を降ろす。
「うぐ……。じゃあ、使わない電化製品のコンセントでも抜こうか。待機電力、すなわち待機時消費電力による電力の消費を無くそう」
「いちいちめんどくさいこと言うわねぇ。つまり片っ端からコンセントを抜けばいいんでしょ?」
「まあ、そういうことになるけど」
妻はすることが決まれば、行動は早い。家のありとあらゆる電化製品のコンセントを抜く。昼間なのに付けっぱなしだった電気、一番待機電力を要するテレビ、毎日のように卵料理なので使わないオーブン、そして……冷蔵庫!?
「冷蔵庫は流石に電源を入れておかないと……」
中に入っているものがすぐに腐ってしまう。と思いきや、
「ふふん残念でした。冷蔵庫には大してなにも入っていないのでした。この中の物全部クーラーボックスに入れておいてちょうだい。この量なら余裕で入るわ」
私は逆らいもせずに、せっせとクーラーボックスを持ってきて保冷剤とともに冷蔵庫にあるものを全部入れる。入っていたのは大量のコーラと大量の卵、あとは本当に大した物は入っていなかった。
こんな感じで我が家の省エネ、及び温暖化対策は始まった。
「こんなものかしら」
満足できるくらいにやり終え、近くにあったイスに逆向きに座る。腰掛けに手を乗せ、足を腰掛けの両側から出していた。
「それにしても暑いわね。少しは涼しくなるとおもったのに逆効果じゃない」
あれこれとやって結構動いたからだろう。そりゃあ暑くもなる。「うちわを取ってちょうだい」と言われ、探して素直に渡す。バタバタと仰ぎ始めてからも「暑い〜」という言葉が止むことはなかった。
「そういえば、温暖化阻止に夢中すぎて時間の感覚がなくなってたわ。今何時かしら」
と言って妻は時計を見る。時計は1時ちょうどで止まっていた。
「えっ! まだ1時なの!? ……って、そんなワケないわよね。そうだった電池抜いたんだったわね」
妻があらかたの――というより全部の電化製品のコンセントを抜いたがまだ物足りず、時計も電池までも抜いたのだった。そういうわけで現在の時刻を指し示していない。
「暇ねぇ……。そうだ、テレビでも見ようかしら……って、見るわけにもいかないか。ってことはゲームもできないのね」
「ゲームなんてやってたっけ?」
「あったりまえじゃない」
当たり前かどうかはさておき、妻がゲームをするというのは今日初めて知った事実だった。ゲーム機があったことについては私自信がゲームをしていたので不思議な事ではなかった。
「何のゲーム?」
「将棋」
実に渋いな、と思いつつ、
「それなら家に本物がある」
と言って、部屋から持ってきた。安物だが、遊ぶ分には問題ない。
しばらく将棋の相手をした。だが、この暑い日に将棋はあまり向かないようだった。考えようとしても頭がボーッとしてなかなか冴えた勝負ができない。まあ、勝ちにこだわっていないので気にするほどでもないのだが……。妻は黙って次の一手を考え、真剣に将棋に挑んでいた。団扇で扇ぐのも忘れない。
時間は確実にゆっくりと流れていった。陽が傾いていって空がオレンジ色になり始める。そろそろ涼しくなるころだ。気持ちいい風が窓から入ってくる。
「いったん止めにしようか。疲れたし」
と私が停戦を提案する。すると、妻は珍しくそれに同意した。
「あたしも疲れた。んじゃあ、コーラ持ってきてちょうだい」
私の近くに置いてあったクーラーボックスに手を伸ばし、コーラを取り出して渡す。
「はいよ」
そして、妻から返ってきた言葉。
「ぬるい」
「ん」
「ぬるいのよ。コーラが! 徹底的にぬるいじゃないの。どんな保冷の仕方をしたのよ。これじゃあコーラの美味しさを100%引き出せないわよ!」
「はあ」
妻の熱弁に、適当に相づちを打つ。
「分からないかな〜。コーラの美味しさは冷え切った時にこと発揮されるものなの。真夏にプハーって飲むのがいいのよ〜」
てなことを聞かされても私にはサッパリだった。私もコーラは飲むがそこまでこだわったことはない。
「……やめた」
「やめた?」
「そう、やめたのよ。美味しいコーラを飲めないくらいなら、地球が暑くなろうとどうってことないわ。うんそうよ。はい、たった今やめました。冷蔵庫の電源を入れることにします」
妻は決断してあっさりと冷蔵庫のコンセントを入れたのだった。
こんな感じで我が家の省エネ、及び温暖化対策は幕を閉じた。




