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4 コンニャク物語

続きを待っている人がいたとは到底思えませんが、何より遅くなってしまってすみませんでした。もっと頑張ります!

 最近なかなか寝付けなくて羊を数えながら眠ることにしているのだが、どういうわけか昨晩は、

「何故羊なのか、ヤギではダメなのか」

「喋ることでかえって眠くならなくなるのではないか」

 などといった些細な事を気にしてしまい、寝られなくなっていた。

 いつもならば何気なく布団に潜って横になって、気がつけばまた朝になって、という流れなのだが……。今日はそういかないらしい。

 意識的に寝るというのは難しい。そもそも「起きている」状態から「寝ている」状態になる瞬間を人間――というより全生物――が認知できたためしはない。生まれつき寝るという動作を身につけているものの、それを制御しているのは人間としての意識を持っている私ではなく、結局は内に秘めたるもの、すなわち本能によるものなのだ。だから、眠たい時にしか寝ることはないし、眠れないときにどうやって眠ろうかなどと考えること自体間違っているのだと思う。

 ……畜生、こんなことを考えているから私は眠れないのだ!


 どうやって寝ようかと思案していると妻が、

「それならコンニャクでも数えて寝ればいいじゃない」

 と言うので、試してみた――。


 5480回くらいまで数えたのは覚えている。ちゃんと眠れたようだ。つまりは考えるより行動ということだ。考えずにとりあえずがむしゃらに行動を起こそうとする妻も考えものではあるが。

「昨日はありがとう、羊じゃなくてコンニャクにしたらちゃんと眠れたよ」

「一体何の話? とりあえず顔でも洗ってきたら」

「……? ああ」

 妻は覚えていないようだった。となると寝言ということになるのだろうか。あれほどジャストタイミングな寝言なんてそう滅多にあるものではないだろう。貴重な体験をしたものである。とりあえず私はさっさと顔を洗っておいた。

 昨日の妻の寝言(?)はこれの伏線だったのか、そうではないのか、今日の朝食はコンニャクだった。

「おお、今日は卵料理じゃないんだな」

 卵料理じゃないというだけで私の日常がガラリと変わったような、そんな気がした。実は卵は最近飽きていたところだった。こんなことは口が裂けても妻には言えまい。

「あたしの腕が日々上昇してるってことよ。感謝しなさいよね」

「もしそうなら、そろそろおかずだけじゃなく、みそ汁とかも作って欲しいもの……」

「なんか言った?」

「……いいえ」

 てことで、目の前のコンニャク料理をありがたく頂き、いつものようにゴミ袋を持たされ、家を出た。

 ……つるん。

 足に弾力性のある何かを踏みつけたらしく、体勢をくずしそのまま前のめりに倒れてしまった。コンニャクだった。

「バナナじゃなくてよかった」

 使い古しのネタみたいな定番のバナナではなくて本当に良かった、と心の底から思いつつ、

「誰だ。こんなところにコンニャクを捨てる奴は」

 と、一人で悲しくツッコミをし、どこか適切な所で捨てようと思い、とりあえずそのコンニャクを拾い鞄に入れておいた。……そんなこんなで、さて、会社へ行こう。

「……と思ったら、トイレに行きたくなった。途中にあるコンビニへ行こう」

 コンビニは歩いてすぐ近くにあった。店内に入りトイレに直行。そして、スッキリした。

「何も買わないで出るのも気が引けるな」

 特に欲しいわけでもなかったが、水分が体内から出ていってしまったので、コーラを買うことにした。炭酸飲料は私の唯一の嗜好品である。酒、タバコには一切手を出すつもりはない。

 レジに持っていき、店員に言われるよりも先に、あらかじめ取り出しておいた150円を出そうとして、

「5コンニャクになります」

 と店員が言ったのを聞いて、私はその手を引っ込めた。……今、変な単語が聞こえてきた気がする。混乱しつつも聞いてみる。

「コンニャク?」

「はい、5コンニャクです」

 イミがワからない。イミがワからない。

 日本はいつからコンニャクと品物とで取引するようになった?

 何故コンニャクなのだ。というより何故お金じゃない。私の知っている世界はどこへいってしまった……?

「あの、早くしていただけませんか」

 店員がさっきより少し苛ついた声で言うのを聞いて、我に返った。

「え〜と、これは一体どういう……?」

 と言いかけて、私の隣のレジで同様に品物を買おうとしたサラリーマン風貌の青年男性は、鞄からコンニャクを何の迷いもなしに取り出し、店員は店員でそれを受け取る。そして、代価を支払った青年男性はコンビニを出て行った……。つまり、コンニャクで品物を購入するという暗黙の了解が存在しているのである。

 何の冗談だこれは。町中が一丸となって私の頭を混乱させようとそうやっているのか。何のために?

 私は結局コーラを買うのを諦め、恥ずかしながらも、「やっぱりいりません」ときっぱり言ってコンビニを後にした。気が動転しすぎてコーラの代金として出したお金を置いてきてしまったのだが、戻ろうにも戻れないのでこの際潔く私はそんなお金を持っていなかったと思いこむことにする。

 ところで、今日の昼飯はどうしたものか。今日は妻に弁当を作って貰えなかったので、どこかで食べるしかないのだが……、やはりまたコンニャクじゃないと支払いが成立しないのだろうか。

「やっと追いつきましたよ」

「ん?」

 後ろに振り返ると、少々息切れした人間が立っていた。私服で眼鏡をかけている20代らへんの男だ。顔が丸く、やや大きめだが、あとはこれといって特徴といえる特徴がなく、説明のしづらい、そんな人だ。

「僕のコンニャク返してもらえますか?」

 最後の“か”は声が小さくて聞こえるか聞こえない程度だった。それに全体的に発言が弱々しい。

「……ああ、君のだったのか。捨てる前でよかったよ」

「それを捨てるなんてとんでもない!」

 今度はやけに大きい声で言った。何なんだこいつは。

 それはともかく鞄からコンニャクを取り出して返す。というか、このコンニャクを拾ったのは家を出てすぐのところだったわけだが、こいつはそこからずっと私を追ってきていたということになるのだろうか……?

「わざわざここまで歩かせて悪かったね。返すよ」

 と言って、コンニャクを差し出した。ところがこれで男が満足するかと思いきや、今度は肩をぷるぷると震わせながら、

「何ですかこれは。コンニャクがぐちゃぐちゃじゃないですか」

 私がコンニャクに足を滑らせ豪快にこけたので、無理もない。どうしろと。

「何てことしてくれるんですか。これじゃあ使い物になりません。このコンニャクで今日発売の新作ゲームを買うつもりだったのにぃ……」

 怒っているということは十分理解できたのだが、随分と早口で喋っていた。内容の半分程度しか聞き取ることができなかった。使い物にならないと言っていた……。

「まあ、そんなに深刻にならなくても。十分に洗って適当な大きさに切るといい。きっとそんなに形が気になることはないだろう。そうだ、豚汁に入れるといい。みそ汁に隠れて全然気にならなくなる」

 彼はおそらく気が弱い部類の人間だろうと推測し、楽観的で無責任な発言を試みたが、やっぱりというか、当然のように怒らせてしまった。

「一体コンニャクを何だと思っているんですか。いいですか、コンニャクはお金です。食べ物を食べるにも、何かを得たり、買ったり、利用したりするにしても全てコンニャクが必要なんです。人間はコンニャクがなければ何もできやしません。コンニャクこそが人間の行動を制限していると言っても過言ではありません。それを食べるだの、捨てるだのというあなたは、いったい……何を考えているんですか? 大馬鹿者ですか!」

 彼なりの反撃だった。確かに的を射た主張ではある。……が私とは一つだけ異なる点があった。

「でもな――」

「コンニャクを馬鹿にしやがって。こんな奴がいるからこの世界は駄目なんだ。ああ、もう、殺してやる」

 随分唐突な話だった。彼は偶然地面に落ちていた鉄パイプを拾った。そして私をめがけて殴りにかかる。

「死んでしまえーっ!」

 やめてください。という時間も残されていなかった。避けきることも出来なかった。

 鉄のズッシリとした感触が頭に響き、あとはよく分からない。

 

 ――でもな、コンニャクじゃ友達は得られないだろ?――


 気がつけば、私は家の布団で横になっていて、妻が片手にフライパンを持ち、私を見下ろしながら仁王立ちしていた。

「いつまでも起きないから、フライパンで殴られる羽目になるのよ」

 と言って、台所に戻っていってしまった。頭にズキズキとした痛みが残っていた。朝の目覚めとしては最悪の部類に入る。

 日付も表示される時計を見て平日と知り、慌てて着替え、顔を洗い、朝食をとることにした。うん、いつもどおりの卵料理だ。

 食べながら妻に、

「昨日の夜コンニャクでも数えればいいじゃないって言ったか?」

 と聞いてみる。すると、「ええ、あなたがあまりにもうるさいから」との返答が返ってきた。

「じゃあ、あれは夢だったのか」

 変な世界だったが、死ぬことになったかもしれないと思うと、やはり夢で良かったと思う。

 きっと、寝る前にコンニャクコンニャクと連呼していたせいだろう。そのせいで変な夢を見てしまったのだ。では羊ひつじと連呼していれば羊の夢になるのだろうか。……これは当分試してみる気にはなれそうにない。

「何よ、夢と現実も区別できないの?」

 一通り料理を作り終えた妻も、イスに座って話しかけてきた。

「ああ全く」

 首を横に振りながら言った。

「馬鹿ねぇ。あたしなんか夢の途中に、『これは夢だ!』って気付いたら好き勝手やるわよ。この間はお姫様になった夢で、金を気にせずあれこれ好きな物食べたものだわ。あ〜、また御姫様にならないかしらね」

 とやや上機嫌で言った。本当に食べたわけでもないのに幸せそうでなによりだ。

「白馬に乗った王子様より、食い気なんだな」

 なるべくボソッと言ったつもりだったが、

「なんか言った……?」

 さすが、私の妻。こういうことにはちゃんと耳を傾けているのである。私はそれを何もなかったかのように受け流し、時計を見る。

「さて、そろそろ会社に行かなくちゃな」

 私が立ち上がるとすかさず、

「いつもの、お願いね」

「分かってるよ」

 所定の位置にそれはあった。もちろんゴミ袋。とうとう“いつもの”で分かるまでに日常化してしまった。そのことになんとなく悲しみつつ、玄関を出る。

「おわっ!」

 大きな声を上げ転倒してしまった。足下には何かあったらしく、それが原因のようだ。見てみるとそれはバナナだった。使い古しの定番のネタだ。

「今度はバナナか」

 やれやれと思いつつ、のそのそと立ち上がる。そういやここにコンニャクも落ちてたんだよな。バナナ(とコンニャク)は、私の右隣の家の前に落ちていた。まさに転ぶタイミングは夢と一緒だったわけだ。正夢に似た、そんな感覚がした。

 私がぼーっと、突っ立っていると、そこにあった扉がいきなり開いた。中には見たことのある特徴のない男がいて、

「僕のバナナをどうしてくれるんですか。返してくださいよ」

 と、弱々しく早い口調で言った。

 表札には、……井上コンニャクとあった。

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