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3 ただコンビニでエロ本を買うだけの話

今回は前の2つに比べて話しがやや長いです。

 私が仕事を終え、家に帰宅する途中のことである。電車に乗るとそこに懐かしい顔があった。声をかけてみるとやはりその人物は、小学校から親友の小野寺くんだった。

 小野寺くんは何度か留年したが、それでもひたむきに勉強をし続け、ついに念願の大学に合格したのだという。今はアルバイトと大学の両方をしなければならず大変だそうだが、とても充実していると彼は語っていた。駅を降りるまでの間だったが、その他にもいろいろ話をした。

 小野寺くんが給食に出てきた苦手なトマトを頑張って食べたところ、マズすぎて吐き気を催し、手をつけずにいた自分の給食を全て台無しにしたことを私が熱く語ったり、帰り道に避けては通れない家にいた凶暴な犬にたまたま鎖がついてなかった日に、たまたま通りかかった小野寺くんが追いかけられ、どぶに足を突っ込んでしまったことなどを二人でバカ笑いしながら話し合った。

 あの頃は何をしても単純に楽しかったと思う。どんなに恥ずかしかったことや危険だったと思えたことも、今にしてみれば懐かしく面白いものでしかない。

 ところが小野寺くんの次の一言で、この穏やかな空気はなくなるのだった。

「ところで、お前エロ本は買えるようになったのか?」

 私の体に電撃が走る。私は動揺を多分隠しきれていなかったと思う。それでも必死に冷静を装って、

「ああ、も、もちろんじゃないか。はっはっは……」

 カタコトな返事しかできていなかったと思った。それから電車を降りるまでテキトウに他の話をしてはぐらかしていた。友達に嘘をつくのは、会社で上司に怒られるのより、万が一、妻が私の命令に従順になることよりも気持ちを悪くさせた。

 私はエロ本を買うことに劣等感を抱いていた。事の始まりはこうである。

 あれは中学校のことであった。部活の帰りに、仲間の中で誰か一人がエロ本を買うことになった。なんとも思春期らしい出来事だと思う。ジャンケンで買う奴を決めることになり、結果それは私になった。コンビニに入り、エロ本を買おうと、本のコーナーを右往左往していたが、勇気を振り絞ることができず、結局買うことが出来なかった。……それ以来私はエロ本すら買う勇気の無い人間として、学校のみんなからからかわれる存在となったのだ。

 それを久しぶりに会って思い出させた小野寺くん。……許せん。

 アイツは私なんかよりももっとたくさんの恥ずかしいエピソードを持っているくせに。全てを語ってしまうのもいいが、それは止めておこう。それに全てを語りきることはできない。彼は、ただ生きながらにして、伝説を次々と生み出していく超人なのだから。


 家に帰って妻の作った愛のこもったご飯を食べても、風呂に長々と入って汗をかいても、ビールを瓶の3分の2の分量を飲んでも、寝る時間になっても……、小野寺くんが今日言った、あの言葉が忘れられなかった。

 “ところで、お前エロ本は買えるようになったのか?”

 ……少し忘れよう。明日は休日だ。明日ゆっくり考えればいい。


 ――そうした経緯があって私は今近くのコンビニの前に立っている。

「エロ本の1つや2つ、簡単に買ってみせるぞ!」

 私は過去の自分を打ち負かすべく、来てしまったのだ、コンビニに。

 何はともあれ、まずは中に入る。ひんやりと冷たい空気が私を出迎える。太陽が容赦なく照りつけている真夏とは思えないほど、とても心地よい場所だった。こんな場所を私はあの日から今までずっと敬遠していた。とってももったいないと思えた。

 いかん、いかん。あまりの居心地のよさに、当初の目的を忘れてしまうところであった。そう、私はエロ本を買いに来た。

『エロ本はほぼ間違いなく、本のコーナーにあるはずだ!』

 この有力な情報はある掲示板から得たものである。最近はインターネットといい、携帯電話といい、本当にとても便利な時代になったと思う。

 その情報どおり、ターゲットが本のコーナーにあるを確認した。しかし、それを手に取ることに戸惑いを感じた。今このコンビニ内にいる人間は従業員を除き3人。できれば買うところを他の人に見られたくない。少し他のコーナーでうろつきながら様子を見てみることにしよう。

 3人の内1人のなんかの作業着を着た男が待ち始めてすぐに会計を済ませて出て行った。更に別の1人のオジサンは、何か買おうかなという素振りを見せていたが、頃合を図ってトイレに駆け込んでいくのが見えた。そして、サッパリした顔つきで何も買わずそのまま出て行った。

 これでコンビニ内に残ったのは、私と残りの1人のオバサンである。別にうるさい誰かがいなくなったわけでもないのに、店内がすごく静かに感じられた。

 ……そんな静かな状況でエロ本を買うなんて恥ずかしくて私にはできない!

 少し待ってみるというのは、どうやら失策だったようだ。やがておばさんもいなくなりこれで買い物にきた人間は私一人になった。止めどなく焦りが生じてくる。

 エロ本が買えない。恥ずかしい。心臓がバクバクする。恐い。逃げたい。もうダメだ。いろんな感情が同時に私を支配していた。やはり、私にはできそうにない。

 そうして私は無意識の内に出口のところまで来ていた。何十年経っても結局変わることはできなかった情けない私。こうしてエロ本を買うことができないチンケな男として将来永遠に語り継がれていくことになるだろう。

「あの、出るのか入るのか分かりませんが、どいてくれませんか。そこ、ジャマなんです」

「えっ……あ、すまない」

 リュックを背負った控えめの青年だった。私はずっと入り口で帰るかどうか悩んでいたらしい。その間ずっと気付かなかったとはいえ通せんぼをしていた。この青年は見ず知らずの私に勇気を出して自分の意志を伝えたのだ。日本にもまだこうやってしっかりと自分の言いたいことをしっかり言える人間がいたのだ。なんて素晴らしいことだろう。

 私は邪魔にならないよう、すぐにそこから移動した。もちろんコンビニの中、本のコーナーである。私より年若の青年が勇気を出したのだ。私にだってやればできないことはないだろう。そうだ、やればきっとできる。

 まずは深呼吸して冷静に考えてみた。実は今ので状況は少し良い方向へ傾いた。さっきの青年を始めに、更に2人コンビニ内に入ってきたのだ。

 事前にしっかり下調べしてきたじゃないか。そう、私はエロ本を買うときの極意を知っている。

『エロ本を買うときは、普通の雑誌の間に挟んでさりげなく買うのがオススメだ!』

 これも掲示板にて得た情報である。教えてくれたこの強力な助っ人に感謝するべきだろう。

 私は躊躇することなく、エロ本をてきとうに選んだ他の2冊の本ですばやくサンドイッチした。そして澄ました顔で会計を済ませた。やろうと決めて行動してからそう時間は経っていない。エロ本を買うのは簡単だった。ただ私にほんの少しの勇気があれば、いつだってできたことだったのだ。このことに気付けた今日を、私は永遠に忘れることはないだろう。

 コンビニを後にして、まず最初に浮かんだ考えは、この感動を誰かに伝えたい! ということだった。

 そう思って最初に浮かんだ顔は妻だった。誰よりも先に妻を思い浮かべる辺り、私はとても妻を一途に愛していると自ら思う。

 一目散に家に向かって走るが、やはりコンビニは遠かった。30分かけてようやく辿り着いた。私にしてはめずらしく乱暴に扉を開き、テキトーに靴を脱ぎ捨て、ドタバタと中へ入っていった。妻は洗濯物をたたんでいるところだった。

「見てくれ和子。初めてこれを買うことが出来たんだ!」

 妻にどうだスゴイだろ、と言わんばかりに見せつける私。こういう構図はなかなかめずらしいことだった。妻はそれを見て喜んで言った。

「今日外でさつまいもを焼こうと思ってたんだけど……。ちょうどいいわね。それ使わせてもらうわ」

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