え、俺がおかしい!?
きっと私が疲れてるせいなんだー……。
あの日からかれこれ二週間経つ。今や学校中で俺の名前を知らない生徒は居ないんじゃなかろうか。まぁ、あれはやりすぎだと俺も反省している。だけど必要があればまたするんだろうな、多分。
生徒会に入る覚悟をした日、面倒な書類などなく会長から渡された紙の記入欄に名前を書くだけで副会長になった。その翌日には正式な役員として動けるほど対応も早い。
しかしな、入りたての俺と祐希が副会長か……。人がいない以上当たり前っちゃ当たり前だけど、本当にこの学校大丈夫なのか?
あの時の定例会議は驚くほど普通だった。あの奇行がデフォの会長から知識を感じさせる言葉の数々に多少脳が混乱していたが……。案外頭いいのかもしれないと一瞬でも感じてしまったことは南原悠哉一生の恥だ。いや、末代までの恥かもしれない。
まあそれはともかくとして、もうすぐゴールデンウィークか。あの会長が何もしないなんてあり得ないだろうな。久し振りに会えば意外と普通になってたりして。……天変地異が起こる前ぶれかな? 想像しただけで鳥肌立ったわ。
せめて二週間振りに会う会長が変な方向にレベルアップしてないことを祈ろう。
――――――まさかな、二週間も自宅謹慎くらうとは思わなかったよ。
「会長この紙の束減ってるように見えないんですが」
空き教室まるまる一部屋をそのまま使った生徒会室。学生用の机や椅子はそのまま置いてあり、使わない分は全部教室の奥に重ねている。実質使えるのは教室の三分の二ほどだ。その使えるスペースの真ん中に机五行二列を向かい合わせる形で使っているのが今の生徒会だ。
俺はその三人には広すぎる机の半分は埋め尽くしてる書類の山を指しながら言う。
「うむ、この調子だと三日はかかるだろうな――っと、南原悠哉。こことここに記載ミスだ」
「うへぇマジか、二回は読み直したんですけどね」
「こういうときは甘い物を取ると集中できるぞ? ほら飴がそこの小物入れに入ってるから舐めるといい。ただし――」
「如月さん、ここに印鑑が必要みたいなんだけど」
「む? 野球部からか……」
会長の言う小物入れはこれか。2つあるけどどっちにも飴が入ってるのか。味が違うのかな?
俺が飴を頬張りらながら会長の方に目をやると、野球部からの要望であろうプリントにある程度目を通しくしゃくしゃに丸めてしまった。
「何書かれてたんですか?」
「ん? ああ、単に部費を上げろと書かれているだけだ。ややこしい文にして私が判を押す事を期待していたらしいが、私はそれほど甘くない……っと」
会長が投げた紙くずは弧を描き少し距離のあるゴミ箱に吸い込まれ……なかった。ゴミ箱のフチに弾かれ明後日の方角に転がる。
「あっ――」
まあよくあることだよな。
会長は仕方無しに紙くずを拾いに行って、そのまま戻ってきた。
また投げるのかよ……。
「あー、ボクも分かりますよ。あの外し方は悔しいですよね!」
「ああなぜだかゴミ箱にバカにされてる気がするのだ」
んなことはないだろと俺は指摘された箇所の修正を始めた。黙々と作業をするが音だけはどうしても拾ってしまう。
「む、また弾かれたか」
落ちた紙くずを拾いに行く会長の足音。
「なかなかやるではないかゴミ箱」
拾いに行く足音。
「くっ……なぜ入らんのだ」
「惜しいんですけどね。あ、ボクにもやらせてください」
「構わん、一発で決めろ」
「あ、外しちゃった」
拾いに行く足音。
「もう一回!!」
「ふむ、私達のフォームに問題があるのではないか? もっとこう……バスケットボールのように左手を添えてだな」
手のひらサイズの紙くずにどう左手を添えるのか。
――よし、修正はこれでいいか?
「会長確認してもらっていいですか?」
「どれ、……うむ問題ないだろう。南原悠哉はやはり飲み込みが早いな、君は将来は庶務的な仕事なら失敗はなさそうだ」
「えーっと、ありがとうございます?」
いや、褒めてくれてるんだけろうけど庶務ってなぁ。こぅ、ストレス溜まりそうなイメージしかわかなくて。
「私も気合を入れ直そう」
両頬をパシパシと叩いて気を引き締めた会長は机の上の紙くずを握る。
「気合を入れ直すってそっち!?」
「少し静かにしてくれ、集中しているのだ」
「なんで俺が悪いみたいになってんですかねぇ!」
「ダメだよ悠哉くん! 今如月さんの邪魔をしちゃ奴は倒せない……」
「お前らには何が見えてんだよ!!」
「……あ」
と、声を漏らした会長の手から放たれた紙くずはなぜだか真後ろに飛んだ。おい働け物理学。
「……気が乱れてしまった」
「あーあ……」
二人して俺を睨む。いやいや、そんなことより仕事しろよお前ら。
「だいたい何回外してるんですか。この距離で連続して外す方が難しいですよ――っと」
紙くずを拾い、ゴミ箱との距離を測り投げる。
ヒュー(紙くずの飛ぶ音)
ススッ(ゴミ箱が動く音)
カツン(フチ部分に当たる音)
「この距離で連続して外す方が難しいですよ(キリッ)って言った本人か外しちゃ説得力ないよー」
祐希がバカにしてように笑う。久々にカチンと来たね。
「だいたい、今ゴミ箱動きましてよね! 会長もみましてよね!?」
「おいおい南原悠哉、見苦しい言い訳はよせ。事実を受け入れねばならないぞ?」
この状況、流石に分が悪いか。次で証拠をつかめばいい。
紙くずを拾いに行って手頃な距離で……投げるっ!
ヒュー
ススッ
カツン
やはり俺の目は正常だ。あのゴミ箱動く!
「おいさっきの見ただろ祐希! ゴミ箱動いたよな!!」
「……え?」
まるで何言ってんだこいつみたいな目で見られた……。クソッなら会長は――だめだ、笑ってやがる。
無性にムカついてきた。こうなりゃ一発決めてスッキリしてやるよ!
「ここだ!!」
ヒュー
ズザーッ
カツン
「今露骨に動いたろ!!」
「悠哉くん、ボク目薬持ってるけど使う? スッキリするよ『キタァァァァァァァッ!!』て感じに」
「目薬もいいが医者にも見せた方がいい。私のよく行く眼科を紹介する」
おいおい、一周回って心配されはじめたぞ。ガッツリ動いたよな? いや俺がおかしいのか? 病気かなにかなのか!?
疑心暗鬼に陥りつつある中。こいつにフェイントは効くだろうかと実験してみることにした。
バネのように足と腰を使い、力を無駄なく腕に伝える。腕から紙くずを押し出す瞬間、添えてた左手で紙くずの動きを止める。――どうだ!!
シーーーーーーーーーーン。
「……ふふっ、そうだよなこの程度じゃ動かないよな! そうじゃなきゃ面白くない」
「き、如月さん。ボクたち少し悠哉くんに仕事任せすぎてたかな? この量だもんね、疲れちゃったんだよねきっと」
「あ、ああ私達だけでもしっかりせねばな。よし南原悠哉の分も終わらせる気でやるぞ」
「「おーーっ!」」
無駄な音は聞こえない。今この瞬間、俺とゴミ箱以外の邪魔な物は頭の中から消し去る。俺はゴミ箱のスキをうかがい、ゴミ箱もまた俺の集中力が切れる瞬間を待っていた。
「ふっ、我慢比べか。どちらが先に果てるかの勝負になるな……」
「如月さん悠哉くんホントに大丈夫かな? もう色々と」
「私たちには見えない何かと闘っているのだ。気にするn――あ、祐希ちゃん見てはだめだ」
心臓の音がやけに大きく聴こえる。鼓動が一拍するまでの時間を永遠のように長く感じる。のどが乾き舌がザラザラしてきた。この一投。この一投に全神経を集中するんだ。
ズッ――
!! 右に動く! 今だ!
オーバースローのモーションで投げた紙くずは、定規で引いたような直線でゴミ箱の穴の中へ向かう。
ザザーッ。
途端に真逆へ方向転換するゴミ箱。ふっ詠んでたよその動き!!
紙くずに掛けていた回転でゴミ箱の進行方向の先に届いた。
――スコーン。
乾いた空気の音が俺の勝利を告げた。勝利の自覚はあった。あったが俺達は互いに動けなかった。
やがてどちらともなく笑う。ゴミ箱は照れくさそうに枠(手)を差し出してきた。俺はその枠(手)を握り返して応えた。俺達はもう心が通じ合っている言わば心友の関係になった。
「如月さん、何かしました? やっぱりいつもの悠哉くんとかけ離れていて……。今も、ほら見てくださいよ。ゴミ箱持ち上げて笑ってるんですよ! 流石におかしすぎます」
「いや、私ではないが心当たりなら…………ある。そこの小物入れを取ってくれないか? 二つ」
香が指差す先にある丸い小物入れ。ソフトボールほどの大きさだ。
祐希がそれを手に取り渡すと、香はフタを開けて飴のようなものの数を数える。そして「やはりな……」とつぶやくと悠哉の手を取り出入り口のドアを開ける。
「保健室に行ってくる。すまないが少し時間がかかりそうだ」
「ええっと、はい。治るんですよね?」
「……多分大丈夫だろう。行ってくる。おい南原悠哉ゴミ箱は置いたらどうだ」
「俺に友を切れだと!? そんなことはできない!!」
「はぁ、もういい。涼華先生にも困ったものだよ」
そうこぼすと香は悠哉を引きずりながら出ていった。状況に取り残された祐希を残して。
「どういうことなの……?」