その勧誘方法はおかしい!!
入学式から数日たった平日、着なれない制服に裾を通す俺。
「行ってきます」
今日から本格的な高校生活の幕開けである。入学式にやらかしただけあって少々気が重いがいつまでも引きずる訳にもいかない。
頬を軽く叩いて気合いを入れた。
俺の家から学校は駅を挟んで向かいにあるため、駅の中を一度突っ切るルートが一番早い。とは言え出社などのピーク時間であるため人の波に揉まれてしまう。
ってか現に揉まれてる。明日からちょっと遠回りになるけど別の道を使おうか検討しとこう。
今もまたおもいっきり抱きつかれるような窮屈さが……。
「うへへへへ、お兄様に抱きつき放題の素晴らしい空間です」
「……おい凛。お前の中学は真逆だろうが」
なんでいるんですかねぇ、我が妹よ。
「お兄様のいるところ凛ありです!」
「答えになってねぇよ」
凛を引きずり通路はしによる。
中学は高校より早く始まるのでそろそろHRの時間である。
時間的猶予はあと五分。中学まではここから直線距離三キロ、遅刻確定である。
「遅刻じゃねえか」
「いえ、一分もあれば余裕かと」
「……あぁ、そうかよ」
妹を人間の物差しで測るのはやめたはずだったが、俺もまだまだだった。
時速にして一八〇キロを超える速度が出せるという妹。人類最速も真っ青な速度である。まぁ妹だし仕方ない。
「凛はアニウムの補給もできたので失礼いたします」
「なにしに来たんだよ……」
うやうやしく頭を下げた凛は気がつくと俺の視認から外れていた。ずっと目を向けていたのにも関わらずに。
まばたきの瞬間は人間誰しも隙だらけですよねとは七歳のころの妹がぼそりとこぼした一言である。
多分今のもその応用なんだろうな。
年々問題になりつつある妹の人間離れ。俺にはどうすることも出来ない。
思わぬ妨害があったがさほど登校時間に問題はなく、余裕をもって教室に入れた。
自分の席に鞄を置き、そっと深呼吸をする。
よし、友人を作らねば。
中学からの友人? 数少ない友人は皆こぞって名門の高校に推薦でいきましたがなにか?
俺は今、高校ボッチである。
「悠哉くんおはよう」
女性としては短めの髪(ショートボブって言うんだっけ?)をした美少女が声をかけてきた。
「なんだ祐希か。今忙しいから後でな」
「雑! ボクの扱いなんだか雑じゃないかな!? せめて挨拶は返してよー」
そげなそと言ってもウチ友達作りに忙しいし。
ん? 友達?
「なぁ祐希、俺らは友達か?」
「んふふー、当たり前じゃないか。それに忙しいってどうしたのさ、忙しそうに見えないけど?」
「いや、いましがた解決した」
俺はボッチじゃない。それだけで今はよし。
「よし祐希、小便いこうぜー」
「なんでナチュラルに女性をトイレに誘えるのか……」
「連れションはコミュニケーションだ」
「ただし同性に限るだよ!! ……まぁ行くけど」
「決まりだな」
腑に落ちないといった顔をしつつも一緒に廊下に出る祐希。
「そういや祐希の通学方法は? 俺は歩きだけど」
「んー? ボクは電車だよ市外からだしね」
「電車の中の人の密度って凄いんじゃないか? 改札前は通るのに苦労したぞ」
「あ、駅通るんだ。車両内もぎっちりだったよ、ずっと立ちっぱなし」
「電車通学って大変そうだな」
話の区切りもいいところでトイレについた。あぁ、そうだ。
「祐希、トイレついでにその寝癖も整えてきたらどうだ」
「へ?」
「さっきからずっと気になってたんだよな」
そう、祐希と話ながらもずっとピョコピョコ動く一束の髪に目がいっていた。意思を持っているかのようにブンブン振れるものだから途中から見ていて楽しかった。
「……セット」
「ん?」
「これはセットしたの!!」
それだけ言うと祐希はトイレに駆け込んでいった。
「もしかして小便ガマンしてたのか?」
「違う!」
違ったらしい。
用を足して戻るが祐希はまだ出てきてなかった。一応待っていると下の階から上がってくる足音が聞こえてきた。
なんの気無しにそちらを向き――光の早さで男子トイレに逃げ込んだ。
如月香。生徒会長がいた。妹の次くらいに行動がおかしい人だ。できれば関わることを避けたいくらいに。
「やぁ南原悠哉、こんなところで奇遇だな」
「ここ男子トイレですけど!? そんな奇遇存在してたまるか!!」
男子トイレに堂々と入ってきてそんなことを抜かしよる。
どうやら見つかっていたらしい。他の生徒がきて要らぬ誤解は受けたくないので生徒会長の背中を押し、トイレを出た。
「はぁ、それでなんの用ですか……ってか何処で名前を? 言ってませんでしたよね」
「名前など名簿を見ればすぐ解る。いやなに、君に今月の定例会議の日時を報告していなかったと思い出してな」
「あの、俺生徒会に入るなんて言ってませんよね?」
むしろ全力でお断りです。
「はっはっはっ、中々良い返事だ。今月の定例会議は三日後の放課後に生徒会室でな」
爽やかな笑みを浮かべて去っていく生徒会長(という名の台風)に聞こえるよう、これでもかという声で叫ぶ。
「入らないつってんだろうがぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声に帰ってくるのはやはり生徒会長の笑い声だけだった。
「うるさいなぁ、もう」
その声に振り向くとトイレから出てきた祐希がいた。髪が若干湿ってるから多分寝癖を直すのに水を使ったんだろうな。と、今それはどうでもよくて。
「すまん、心からの叫びを上げてしまった」
「生徒会長さんの話? なんで嫌なのさボクは入りたいけどなぁ」
ハンカチを畳んでポケットにしまう祐希は冗談のような一言を残した。
「逆になんで入りたいんだよ……窓から入ってくる奇人だぞ?」
「んー、直感かな? 奇人と言えばこの前のニュース観た? トラックとぶつかって足首を挫くだけですんだ人の話」
うわ、その話すっごい覚えがある。ナンデカナー、ワカラナイナー。
「きっと筋肉もりもりのマッチョマンなんだね!」
いやいや、見た目はもっとはかない系の女の子ですよ。見た目は。
「ああ、そうかもな」
すまない妹よ、お兄ちゃんお前のことで嘘ついてる。
「いえお兄様、それはそれでそそられるものがあると言いますか……」
「ぅん!?」
「どうしたの?」
「いや、さっきものすごく聞き覚えのある声がした気がしてな」
「ボクはなにも聞こえなかったよ?」
「そう…………だよな、気のせいか」
むしろ気のせいであってくれ。
教室へ戻り、適当に時間を潰すとよれよれのスーツを着た幸薄そうな男性教諭の田中先生が入ってきた。そろそろHRの時間か。
三日後……、入るにしろ入らないにしろ顔くらいは出した方がいいよな。