第5話「旅に誘ってみよう」
「今日は大量です」
メイはご機嫌で朝の日課である山菜摘みに励んでいた。命の恩人に、久しぶりに出会った心から信頼できる人物に、少しでも良い持て成しをしようと張り切っている。誰かの為に何かをしてあげる、こんなに楽しい気分は一年ぶりだ。
しかし、鼻歌を歌いながら山菜を摘んでいると不審な匂いが香ってきた。
警戒を強めながら様子を伺うと、そこには大剣と焦げた杖が転がっていた。戦闘の跡だろうか、足跡も幾つか残されている。
「見つかってしまったかも……」
武器が残されている理由はわからないが、家の位置がバレているかもしれない。
山賊や奴隷狩りはうまく撒いていたため、こんなに近くで形跡を見つけたのは初めてだ。
今思えば昨夜の奴隷狩りは不思議だった、初めて待ち伏せされたのだ。冷静に考えると、家から付けられていた可能性が高いかもしれない。
「結界も、もう無いですし」
先程、山菜を摘みながら結界域を見に行ったのだが、完全に消えていた。
「ここにはもう居られないですね」
旅立つ決意をする。しかし、色々な思いがこみ上げてくる。
「できれば、ユウトさんと一緒に……」
一人での旅は不安が多い。だが、そんなことよりも、彼との別れが寂しい。
妖狐族と言うだけで差別され、疎まれ、蔑まれて生きてきた。両親以外に救いの手を差し伸べてくれる者など居なかった。
そんな両親も亡くなり、一年もの間一人で生き抜いて改めて理解した。この世界に自分の味方など一人もいないと言うことを。
しかし、彼は手を差し伸べてくれた。
何か裏があるのではないか、何を企んでいるのか、[嗅覚向上]のスキルを全力で発動し、嘘の匂いを必死で嗅ぎ取ろうとした。
何の下心も無く自分に近づいてくる者などいるはずが無い。何の利益もなく手を差し伸べてくれる者などいるはずが無い。この世界に自分の味方などいるはずが無い!
しかし、彼は違った。
嘘は一つも言っていなかった。
異世界で死に、この世界に転生したばかりというとんでもない経験をしながら、まだ自分のことだけで精一杯なはずなのに、不安で一杯なはずなのに、助けてくれた。
いつの間にか彼の人柄の良さに心を許し、家の場所も教え、魔術も教え、一緒に食事をしていた。誰かとの食事など一年ぶりだ、食事中、少し涙が出た。
やはり、一緒に行きたい。
しかし、共に旅をするなら隠し事はできない。妖狐族の真実を話す必要があるだろう。
「全部話して誘ってみましょう、ダメなら仕方ないですが、誘わずに後悔するよりは全然良いです!」
改めてそう決意し、小走りで家へと戻る。不安はあるが、ひとまず、彼との朝食が楽しみだ。
◇
朝起きるとメイがいない、だが、机の上には置き手紙があった。
『山菜を摘みに行ってきます、すぐに戻ります。朝食は期待してください。』
ひとまず安心した、しかし、それと同時に疑問が生まれる。
「ステータスカードの時もそうだったけど、文字が読めてる?」
翻訳されて頭に入ってくる感覚では無い、完全に文字や単語の意味が理解でき、読むことができる。
まるでーーー
「体が覚えてるみたいだ」
置き手紙の横にある羽ペンで自分の名前を書いてみる。
書ける。日本語ではない、多分この世界の文字だろう。読むだけで無く書くこともできるみたいだ。
疑問ではあるが、むしろラッキーに思う。これなら自立してもなんとかやっていけそうだ。
「自立……か」
昨夜、メイに魔術を教わりながらもずっと考えていた。いつかは旅立ち、自立しなければいけないと。
不安は尽きない、メイの話で自分がそれなりに強いことは分かったが、それだけで生きていけるはずがない。この世界の習慣やルールも知らない。そもそも一文無しだ。
「そういえば結界って、もう完全になくなったのか?」
メイは結界のおかげで逃げ切れていると言っていた。結界が無くなったとしたら、メイはどうするのだろうか?
「できれば、メイと一緒に……」
命の恩人だからと言ってお世話になりすぎている。これ以上頼るのも気がひける。それでも、旅に出るならメイも付いてきてくれると嬉しい。
「誘ってみよう、ダメだとしても誘わずに後悔するよりはマシだし!」
決意を固め、メイの帰りを待つ。ひとまず、朝食を楽しみにしよう。
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