第14話「|護《まもり》」
「『サーラ・アーク・ドラゴニア』って言うのか、名前長いな」
「!?!?」
今日の午前はダラダラしようと提案し、宿の部屋で3人仲良く寛いでいた。
そして、何気なく『閻魔の目』を発動してみたところ、サラのステータスを見る事ができた。このスキルは自分以外の対象にも発動できるらしい。
ちなみにサラのステータスはこうだ
サーラ・アーク・ドラゴニア
クラス:『D-1』
種 族:『龍人族』
職 業:『拳闘士』
スキル:『空間制御』
「メイはランクが上がったんだね、おめでとう。あと、名字はココノオって言うのか」
「!?」
メイの方を見ると、メイのステータスも確認できた。誰のステータスも見れる様だ。
メイ・ココノオ
クラス:『C-1』
種 族:『妖狐族』
職 業:『剣士』
スキル:『嗅覚向上』
「ちょちょちょっ、なんで私の本名を知ってるのです!?」
「わ、私の本名も…スキルを使ったんですか?!」
「うん、そうだけど…」
この後、こっ酷く叱られた。
「本当にユウトさんは規格外ですね。まさか人のステータスも覗けるなんて」
「そそそ、そうなのです。プライバシー侵害なのです!本名が…バレてしまったのです…」
「なんでそんなに落ち込んでるんだ?長い名前だけど、別に変じゃないだろ」
「え?なのです」
「え?」
サラの反応がおかしい、確かに勝手に覗いたのは悪かったと思うが、なぜそんなに名前を気にしているのだろう。
「私も変だとは思わないよ?サラちゃんはサラちゃんだし」
サラは何故かホッとしている。これは、どこかのお嬢様説が有力になってきたが、メイが言ったようにサラはサラだ、過去や家柄がどうだろうと関係ない。
「それよりも『龍人族』ってとこのほうが気になるんだが、お前、龍なの?」
「龍ではなく龍人なのです。まぁ、珍しい種族らしいので私もよく知らないのです」
本人が知らないのはどうかと思う。と突っ込みそうになったが、自分もカルマ族の事を知らないので人の事は言えない。
そんな中、外から3発の破裂音が聞こえてきた。
「さてと、それじゃあ出掛けるとするか!」
「はい!」
「はいなのです!」
アルツ誕生祭が始まった。
◇
「門番の審査は思ったより早かったわね、やっぱり祭りの日を選んで正解だったでしょ?」
「そうですけどぉ、でも武器は取り上げられちゃいましたよぉ。絡まれたら怖いですぅ」
アルツの路地裏で、誰にも気付かれずにフードを被った2人が語り合っている。
ショートの赤髪が似合うモデル体型の美女と、豊満な胸に桃色ロングの美女の2人だ。
「ただのチンピラなら絡まれても大丈夫よ。それよりも、早く薬屋さんを探すわよ」
「はいぃ」
2人はそう呟いて路地裏の奥へと消えて行った。
◇
「これなんかどうなのです?」
「確かに良いけど、軽すぎるかな」
今日はアルツ誕生祭なので、3人で祭り会場を回っている。
アルツの中心にある大通りに終わりが見えないほど出店が並ぶ光景は圧巻だ。
その出店には武具屋もあり、今はメイとサラの武器を探していたのだ。
「ユウトさんは要らないんですか?」
「うん。メイが拾った杖を使ってみたけど、なんか素手の方が楽なんだよね」
メイは剣士になったので要らなくなった杖を貰ったのだが、ほんの僅かに魔術の発動速度が遅くなった気がした。
さらに、使う事で魔術が発動し易くなった気もしなかった。剣も持ってると落ち着かない上に、必要なら『構成』ですぐに作れるので素手で戦う事にしたのだ。
そのため、大剣と杖はもう売ってしまった。
メイは今まで安物の鉄剣を使っていたが、素振りで折れたので丈夫な剣を探しているらしい。
「お金もあるし、この際だからいい武器買っちゃえば?」
「そうは思うんですけど、どの剣が良い物なのか分からないんですよ」
「私も武器の知識は無いのです」
みんな武器の知識がない、メイはその所為で剣を折ってしまったようなものだ。
だが、目利きなんてそう簡単には…あ!
(『閻魔の目』発動!)
『鉄剣』
刀身が鉄の剣。
ランク:『E-1』
「おおお!」
「どうしたんですか?」
「『閻魔の目』が、武器にも使える!」
メイは直ぐに気付いた様だが、サラはまだ意味がわかっていないらしい。
説明はメイに任せよう。ひとまず、これで買い物が捗るぜ!
そう意気込んで3時間程探し回った頃、不思議な剣を見つけた。
「うおっ、日本刀か?」
刀身は短めだが、日本刀の様な剣を見つけた。こんなデザインもあるのだと思いつつ調べて見る。するとーーー
『加護の刀』
加護の与えられし者のみ使用可能。
ランク:『S-3』
スキル:『加護』『選断』『不滅』
「『S-3』!?」
Bランクはごく稀に見つけたが、Sランクは初めてだ。さらに、加護?…というか、剣なのにスキルがある。しかも3つも!
疑問に思いつつ、それぞれのスキルを『閻魔の目』で調べる。
『加護』
加護を与えし者との繋がりの深さに応じて所有者の強さが増幅される。
『選断』
選んだもののみを切断可能。
『不滅』
決して傷つかず、失われることはない。
なんか、凄過ぎる。とにかくランクの高い刀らしい。
武器にはステータスの『クラス』と同じ様に『ランク』という項目があり、E-3からS-3まである様だ。まだ見てはいないが、きっとランクS-1もあるのだろう。
「兄ちゃん、中々お目が高いのぉ」
「この剣というか、刀は何ですか?」
「おお、刀を知っとるか。其奴は邪神の戦闘跡地で発見された刀じゃ。手にとって見てもええよ」
この世界にも刀というカテゴリーはあるようだ。
武器屋の爺さんが説明してくれたが、邪神の戦闘跡地?そこ自体を知らない。とにかくメイの意見を聞いてみる。
「メイ、この刀どう?凄い良い刀みたいだけど」
「刀?ですか?」
「えっと…切る事に特化した片刃の剣、かな」
「なるほど、そういう剣もあるんですね。重さは…丁度良いです。刀身の形もしっくりきます」
メイは慣れた手付きで刀を鞘から抜き、刀身を眺めている。とても綺麗だが、なんだろう、まずまずな刀だと感じる。
次の瞬間、それを見ていた武器屋の爺さんが血相を変えて飛び上がった。
「じょ、嬢ちゃん!そそそそ、其奴を抜けたのか!?」
「え?はい、抜けましたけど、ダメでしたか?」
「いや、ダメじゃ無いんじゃが…」
爺さんは黙って刀を見つめながら何かを考えている。
「あんたら、ちょっと馬車まで来てくれんか?其奴について話があるんじゃ」
「あ、はい」
「いいですけど…」
武器屋の爺さんが急に真剣な表情になった。
ちなみに、サラは腹が減ったと喚きだしたので1人で飯屋の出店を転々としている。すでに拳闘用のグローブを持っているので、武器探しより食事に興味があるようだ。
「さてと、まずは自己紹介からじゃな。儂はディエゴ、矮人族の鍛治師じゃ」
見た目は、セミロングの銀髪と同じ色の髭を生やした小柄な爺さんだ。確認のため、ステータスを覗く。
ディエゴ・ドワルフ
クラス:『A-3』
種 族:『矮人族』
職 業:『鍛治師』
嘘は言っていないようだ、スキルの項目が無いという事はスキル持ちでは無いらしい。というか、『A-3』?!?!
「お、俺はユウト」
「私はメイです」
動揺して噛んでしまった、『A-3』って!ジーク達のステータスは見なかったので、今まで直に見たクラスの中で最高位だ。メイと2人がかりでも多分勝てない、何が起きても大丈夫なよう、充分に警戒する。
「安心せい、別にとって食ったりはせんわい」
「!」
「がっはっはっ、お主は剣を見る目だけじゃなく人を見る目もある様じゃの。じゃが本当に安心せい、儂はもう戦いから退いた老いぼれじゃからの、戦う気など無いわい。そもそもお主らと戦う理由も無いしの」
此方の警戒心を一瞬で見破られた、やはり相当な実力者らしい。
だが、メイが特に警戒していないという事は嘘を言っていないという事でもある。ここはこの爺さんを信じる事にする。
「信用してくれた所で本題じゃが、儂はその刀の持ち主を探す旅をしていたんじゃ」
「していた?」
「うむ、その刀の持ち主は嬢ちゃん、あんたじゃよ」
「「はい?」」
意味がわからないので詳しく聞くと、この刀は矮人族の国、『ドワルゴン』の国宝らしい。
先程の説明の通り、遥か昔に邪神と勇者が戦ったとされる戦闘跡地で見つかった刀なのだが、矮人族鍛治師の粋を結集し、何代にも渡って研究しても材質すら分からない名刀なのだそうだ。
そんな時、ドワルゴンの国王が『主のもとへ…』と言う刀の声を聞いたらしい。
「この刀の真実は最後まで分からんかったが、研究の過程で数多くの武具や道具達が生まれた。それによってドワルゴン何度も救われ、国に住む皆がこの刀に感謝しとるんじゃ。じゃからこそ、この刀の願いを叶える為に主を探す手伝いをしていたという訳じゃ」
全盛期のディエゴさんはドワルゴンで最高の剣士だった為、刀のお供にと国王に選ばれたらしい。しかし、ディエゴさんは冒険をしながらあらゆる人達にこの刀を持たせたが、誰1人として鞘から抜ける者は居なかったそうだ。
「抜けないのに研究はできたんですか?」
「歴代の鍛治師達には『透視』や『解析』のスキルを持つ者も居たからの、抜けずとも調べる事は幾らでも出来たんじゃ」
『調査系スキル』というやつか。ひとまず、この刀がどれ程凄い物なのかは分かった。
「本当に私が主なんですか?偶然抜けたという事も…」
「儂は其奴と半生を共にしてきたんじゃ、見間違える筈はない。その刀がそれ程喜んでいるのは初めて見たわい」
喜んでいるかは分からないが、出店で並べられていた時と比べると存在感が増した気がする。
そんな刀をディエゴさんは、何処か哀しそうに見つめている。
「メイさんと言ったな、どうか其奴を貰ってやってはくれんか?」
「ええっ!?確かに素晴らしい刀だとは思いますが、良いんですか?ドワルゴンの国宝なのでは?」
「構わんよ、さっきも言った通り国民は皆其奴に感謝しておる、反対する者はおらん」
「それでも…」
渋るメイに、ディエゴさんは優しく語りかける。
「矮人族は道具の声を聞き、その在り方に沿った使い方をする。だからこそ分かるんじゃ、その刀は飾り用の儀礼刀では無い、誰かを護るために創られた刀だとな。五十年以上共に旅をして常々感じていた、『主を護りたい』と言う其奴の気持ちをな。だからこそ、其奴の為にも貰ってやってはくれんか?」
ディエゴさんは、最初からこの刀の事を『其奴』と言っていた。
五十年以上も背負い、共に旅をしてきたからこそ、一本の刀ではなく一人の友人だと思っているのだろう。
「分かりました、大切に使わせていただきます」
「ありがとうの」
メイは刀を受け取った。するとーーー
『護』
声が聞こえた気がした、透き通った女性の声だ。メイにも聞こえたらしく、目を丸くしている。
「まも、り…?」
メイが思わずその名を口にする。
「そうか、それがお前の名か…やっと知る事ができたわい」
護を見るディエゴさんの表情は、何処か嬉しそうだった。
その後はディエゴさんと3人で食事をし、『矮人族』や『ドワルゴン』についての話を聞かせて貰った。
ディエゴさんは昔、凄腕の冒険者で『剣帝』まで至ったらしい。冒険者ギルドを退会はしてないが、今は体力の衰えを感じて『鍛治師』となり、自分で作成した武具を売り歩いて旅をしているたそうだ。
衰えて『A-3』なのだから、全盛期はとんでもない強さだったのだろう。
次に、『矮人族』とは『物作りの種族』と言われるほど器用な種族であり、種族技能は『対話』なのだそうだ。
ドワルゴンの国王が刀の声を聞いた様に、ごく稀にだが、魂の宿る道具と対話する事が可能らしい。
その矮人族が多く住む大国『ドワルゴン』はとても有名な工業国であり、魔術の発展が遅れているぶん工業技術が発展した国だそうだ。
「2人とも、機会があれば是非来るといい。その時は、王都の城へ寄ってくれれば国王も歓迎してくれるじゃろ」
メインはメイだろうけど、ドワルゴンへは確かに行ってみたい。元の世界のような機械もあるかも知れないし、知らない機械でも見ているだけでワクワクする。
いつか行ってみようと、メイと頷きあった。
「さてと、儂はもう行くとするかの」
祭はまだ終わっていないが、ディエゴさんは主が見つかった事を報告する為にドワルゴンへ帰るそうだ。
「メイさん、もう一度護を抜いて、見せてはくれんかの?」
「え?はい、いいですよ」
メイは頷いて護を抜いた。
ディエゴさんはその刀身を感慨深く見つめ、少しだけ触れた後、メイを見た。
「メイさん、儂が言うのもおかしいと思うが…ユウトくんを頼むぞ」
「ユウトさんをですか?」
「うむ、彼はとても強いがとても優しい。これから多くを救い、多くを背負うはずじゃ。その時、護と共に支えてやってくれ。きっと護もそれを望んでおる。まぁ、ジジイの勘じゃがの」
小声なので何を話してるかよく分からないが、別れの言葉でもかけているのだろう。
「ユウトくん、メイさんと護をしっかり見てやるんじゃぞ」
「勿論です」
「うむ。儂は旅をやめてドワルゴンの王都に住もうと思う、王都へ来てくれれば儂が案内してやろう。楽しい所じゃよ?」
「その時はよろしくお願いします。絶対行きます」
「うむ、またの」
そう言い残し、ディエゴさんの馬車は掛けて行った。
その馬車が見えなくなるまでメイと護と、3人で見送った。
◇
「背中が寂しいのぉ」
アルツの門を抜けた所で、ディエゴは1人呟く。
国王に勅命を受けた時は光栄に思った。
救国の名刀を任されたのだ、一流の戦士として国に認められたのだとディエゴは喜びを抑えきれなかった。自分が主なのではと期待もした。
しかし、当時『B-1』クラスに至っていたディエゴですらその刀を抜く事はできなかった。
国に認められた自分をこの刀は認めてはくれないのかと苛立ちを感じつつ、ディエゴとその刀の冒険が始まった。
抜けない刀を背負い、道行く強者に声を掛けては刀を試させ、あわよくばと自分でも何度も試したが、抜ける者が現れる事はなく、その度に苛立ちを覚えていた。
そんな時、自分の力を過信していた所為で背後に痛恨の一撃を喰らった。
ディエゴは死を覚悟し、自分の弱さを憎んだ。
しかし、ディエゴは生きていた。背負っていた刀がその攻撃を逸らしてくれていたのだ。
最初は偶然だと思った。だが、同じ様な出来事が何度も続いた。
背負われているだけの、抜けない刀にすら護られているという事実に、自分の弱さを自覚した。
そして、その刀に感謝した。
その日からディエゴは成長した。
驕らず、慢心せず、日々研鑽を積み、いつしかランク『S-3』となり、第1級冒険者として名を轟かせた。
刀に語りかける事も多くなり、周りからは変人扱いされた事もあったが、気にはしていない。
返事はないが、相手の気持ちも分かるようになり、共に多くの人々を救った。
そして、『背刀ディエゴ』という二つ名まで付き、接近戦では並ぶ者無しと謳われるほどの剣豪となった。
「懐かしいのぉ」
ディエゴは目を細め、2人で歩んできた旅路を振り返る。
「これでやっと、旅を終えれるわい」
五十年…本当に短い旅だったとディエゴは思う。
その瞬間ーーー
『ディエゴ、ありがとう』
何処からか、透き通った女性の声が聞こえた。
「歳をとると…涙脆くてかなわんのぅ…」
ディエゴは目元を拭い、ドワルゴンへ馬車を進めた。