第10話「腹八分目」
昼前
「凄いな…」
「綺麗ですね」
ハラルドさんの馬車に乗せてもらい、無事に商業都市『アルツ』までたどり着いた。
異世界で初めて訪れる都市なので多少の不安もあったが、そんな心配など消えてしまうほど活気溢れる街の景観に圧倒されていた。
馬車が5台は横並びで通過しても余裕ある大通り、見渡すのも疲れてしまうほど賑わう店や人の数。建築様式は中世ヨーロッパに似ているが、10階を超えるほど大きな建造物も存在している。
「ここは大国『ユートティア』の中でも王都の次に栄えている都市ですからね、見所の多い楽しい街ですよ」
感動に打ち震えているとハラルドさんが説明してくれた。
国内で2番目に栄えている都市らしい。確かに、日本の地方都市よりも遥かに賑わっているように見える。
「おっと、渡し忘れるところでした」
そう言ってハラルドさんは手描きの地図を渡してきた。
「それは冒険者ギルドまでの地図です、役立ててください。それでは私は仕事がありますので、お気をつけて」
「わざわざありがとうございます、ハラルドさんもお気をつけて」
馬車で移動中に描いてくれていたらしい、また会った時は改めてお礼を言おうと心に誓った。
無事に冒険者ギルドへ到着し、登録を済ませた。
ララの使い魔が事前に知らせてくれていたお陰で手続きはすぐに終わり、ギルド長が震えながら『第1級ギルドカード』を渡してくれたのだが…ひとつ、大きな問題が起きていた。
「手数料ですか?」
「はい、手数料に一人当たり銀貨1枚が必要となります」
ここまで手続きをしておいて今更払えないなんて言えない。
「メイ…いくらある?」
「銀貨4枚です…」
メイの所持金は銀貨14枚あったのだが、ギルドに来る前に宿を取ってしまった。この街で一番安い宿をハラルドさんから聞いていたのだが、一人当たり銀貨5枚もかかったのだ。都会を舐めてた。
この世界には『銅貨』『銀貨』『金貨』『白金貨』の4種類の硬貨がある。銅貨100枚で銀貨1枚と交換できるため、上位硬貨には下位硬貨100枚分の価値がある。体感では、銅貨1枚で大体10円くらいの価値だろう。つまり、銀貨1枚で1000円くらいだ。
話は戻り、当初の持ち金は銀貨14枚。
宿代に10枚、手数料に2枚消えたのでーーー
「ごめん、俺にお金がないばかりに…」
「いえ、大丈夫ですよ」
残り2枚になってしまった。
そして、宿へ戻って荷物を置き、メイと今後の作戦会議を開いていた。
「ひとまず、お金を手に入れる必要がありますね」
「うん…」
ちなみに、冒険者ギルドのクエストを受けるのは最終手段だ。
第1級向けのクエストを達成できるとは到底思えない。かと言って低級クエストを受ければ、舐められて要らぬ問題が起きる可能性もある。
「そうだ!」
「どうしたんですか?」
「メイ、ちょっとお皿を出してくれる?」
思いついた金策を実行するため、メイに荷物の中から木皿を取り出してもらう。
「ベットの藁で、『構成』!」
宿のベットは藁にシーツをかけた作りになっている。その藁を一掴み使い、『構成』を行った。
確か、炭素と水素と酸素を繋げた構造だったはずなので、藁の炭素と僅かな水分で原子は足りる。構造式はカーボンナノチューブを作った時のようにイメージで補正できるはずだ。
そう信じて『構成』を発動するとーーー
「うん、できた!」
指先につけて舐めてみると、甘い。完成だ!
「この粉は、なんですか?」
「砂糖だよ。この街に来る時、ハラルドさんが調味料は高いって言ってたから、作って売ればお金になると思ったんだ」
ドヤ顔で説明したが、メイの表情は暗い。
「これを見てください」
メイはそう言うと、荷物の中から取り出した木屑を見せてきた。
「これは?」
「火種にと思って持ってきたんです。これは、ユウトさんに『構成』を見せた時に作った木箱です」
この世界に来た最初の夜に見せてくれた魔術、『構成』の構成物らしい。だが、明らかに箱じゃない、ただの木屑だ。
「魔術によって作り出した物は、時間が経つと崩れてしまうんです。込めた魔力量によって持続時間は変わりますが、普通なら数時間程で崩れます」
なるほど、そしたらこの砂糖も数時間で崩れてしまうのか。
「そいえばその木屑、少な過ぎない?」
少し話は逸れるが、純粋に疑問に思ったので聞いてみた。
メイの手の平にはひとつまみの木屑しかない、作ってくれた箱と明らかに体積が異なるのだ。
「私の魔術はまだまだなので、この木屑を基礎に木箱を魔力で具現化させていたんです。一流の魔術師なら魔力だけで物を具現化させる事もできるそうですよ」
足りない分は魔力で具現化させて補っていたのか。なんか凄い事を聞いた気がするが、今は置いておこう。
「調味料を作っても数時間で崩れてしまうので、売る事は出来ません。そのかわり、魔術を使える料理人は重宝されるらしいですよ」
作ってすぐに料理に使えば食べ終わるまでは保つと言う事らしい。
魔術で作った調味料は『魔術調味料』と言い、健康被害は聞いた事がないので安全なのだそうだ。
「とにかく、これでお金は稼げないって事か…」
「そうですね」
問題解決かと思ったのだが、そううまくはいかないらしい。
「よし、そしたら日払いの仕事探してくるよ!メイにばかりにお金出してもらって申し訳ないし」
「ですけど…」
「そしたら、行ってくるよ!」
これだけ広い街なら仕事は1つくらいあるはずだ、前世と比べ物にならないほど体も丈夫なので肉体労働にも自信がある。
「あの…」
そして、メイの言葉をちゃんと聞かずに宿から飛び出した。
◇
「もう昼なのに…」
日払いの仕事があるとしても、昼から雇ってくれる所が見つかる可能性は低いです。
さらに、この大剣と杖は結構良いものなので、これを売れば結構な大金になるはずです。
「うぅ、ちゃんと最後まで聞いて欲しかったです…」
私のお金を使わせてしまっているという罪悪感があったのは理解できますが、最後まで話は聞いて欲しかったです。
「ひとまず、この大剣と杖を売れそうな武器屋でも探しますかね」
待つのも暇なので、私も街に繰り出すのでした。
◇
「全然見つからない…」
昼に宿を飛び出して2時間ほど探し回ったが、一向に仕事が見つからない。
日払いの仕事はあったものの、こんな時間から雇ってくれる所など無かったのだ。
「きっとメイはこの事を言おうとしてくれてたんだな…」
宿を飛び出す時、メイが何かを言おうとしてくれていたのはこの事だったのだろう。
「次からはちゃんと話を聞こう」
反省しつつ、仕事探しを再開した。
そこからさらに1時間、見つかる気配は微塵もない。
「どうしよう…」
落ち込みながら路地を歩いていると、道の先に人が倒れていた。
「…」
いつもなら直ぐに助けるが、どうやらこの人は大丈夫そうだ。
なぜなら、早く助けてと言わんばかりにこちらをチラ見してくる。
「…よし、別の道から行くか」
「ちょちょちょっ!助けてくれないのです!?」
倒れたまま、地面を這いながら近づいてきた。怖っ!
フードを被っていて気づかなかったが、倒れていたのは女の子だった。身長も年齢もメイと同じくらいの、青色の長い髪が特徴的な少女だ。
胸の方はメイに遠く及ばないようだ、これからなのかな?
「何か失礼な事を考えているのです?」
なかなか鋭い、勘はメイ並みだ。
「まぁ、ひとまず、今の俺に人を助ける余裕はない。悪いけど他を当たってくれ」
「お願いなのです、お腹が減って動けないのです、無一文なのです!」
ですです煩いし、全然動けてるだろ。
「そんなに危ないなら衛兵に助けてもらえよ、すぐそこに衛兵の詰所が…」
衛兵とは街の警備や取り締まりをしてくれる兵士の事であり、日本でいう警察官だ。
「衛兵は嫌なのです。なので、衛兵に頼らずに食べ物が欲しいのです」
ですです煩いし、我儘もすごい。
面倒なので、脇に抱えて詰所まで持って行くことにする。
「良いから大人しく助けてもらいなさい」
「ぎゃー、まるで荷物なのです!初めてはお姫様抱っこが…ではなく、詰所は嫌なのです!衛兵は嫌なのです!」
物凄い怪しい。
「お前、犯罪者とかじゃないよな?」
「なっ、失礼なのです!私は誇り高きドラ…ではなく、ただの善良で健全な一般市民、サラなのです!」
ますます怪しい。なんで弁解の言葉で怪しさ上乗せしてるんだよ。
「本当に犯罪者ではないのです。バレると家に連れ戻されて、自由がほとんど無いのです。だから、帰りたく無いのです」
嘘は言ってないみたいなので、ひとまず信じるとする。
どうせ、どこかの貴族の御令嬢というテンプレパターンだろう。
「そうか、家出がんばれよ」
「ぎゃー!助けてなのですー!」
その後小一時間ほど泣きつかれ、結局食事を奢ることになった。
「なんでこんな事に…」
4人がけの丸いテーブルを埋め尽くすほど空になった皿が山積みにされている。テーブルには乗り切らず、椅子や床の上にも積まれている。
そして、周りには30人以上のギャラリーが歓声を上げながらサラの食事を見守っていた。
「次は俺だ!店長、一角兎の丸焼き頼むぜ!」
羽振りのいい冒険者の男が料理を注文した。
「おお!これも美味しいのです!」
サラは僅か数分で角の生えた兎を平らげた。
何故こんなことになっているのかというと、時間は1時間ほど前まで遡る。
奢るといっても安い黒パンとスープのセットを食べさせていたのだが。
その食べっぷりを見て気を良くした冒険者達もサラに奢り始め、こんな事になってしまったのだ。
いつの間にか店の食材が無くなるかサラが満腹になるかの賭けまで行われている。
「おいおい、まだ食えるのかよ」
「オヤジ、次は二面鳥のソテーだ!」
さらに小一時間後…。
「すみません、もう食材がきれました」
店の食料が尽きた。
サラの勝利だ。
「すげぇ!」
「マジで凄いぜ嬢ちゃん!」
賭けの勝者も敗者も、皆がサラを讃えている。
店主も儲かったのだろう、ホクホク顔だ。
「とても美味しかったのです。腹八分目ですが、満足なのです!」
サラの一言に皆が驚愕し、祭は幕を閉じた。
「本当にありがとうございましたなのです」
「いやいや、奢ってたのは他の冒険者達だから」
後半は羽振りのいい冒険者が払っていたので、俺が払ったのは銀貨1枚だ。
「それでもユウトさんが連れていってくれなければあんなに食べることはできなかったのです。だから何かお礼をしたいのです」
まぁ、したいと言うのなら無理に断ることもないだろう。
「そしたら、職探しでも手伝ってくれ」
「はいなのです!」
アルツ滞在2日目、こうしてユウトは奇妙な出会いを果たしたのだった。