出戻りクズ野郎
かくしてエデンの平和は守られた。
レナの聖女パワーは、一時的なものだったとは言え、瞬間風速はダントツで過去最強との噂。
あの時に広まった聖加護の力はなおもエデン全体を覆い、もはや魔族は自由に国境を越えることはできなくなった。
というよりか魔族が勝手をするようなことがなくなった、といったほうが正確か。そこはアムやマシューが約束を履行したのだろう。
と大手柄を立てたはずのレナだったが、これと言った環境の変化はなく。
王がガチの心労で倒れただとかで、ここ数日は以前のような勝手はできなくなり、おとなしくしている。
そして全ジョブをブッチして無職に戻った俺は、なんとかのらりくらりとレナの追及をかわし、無事、家にこもって神ゲーに興じる日々に戻ったのであった。
あの騒動から早くも三日が経過した、ある日の昼過ぎ。
「そろそろヤツが来る時間か……中断しないと……」
名残惜しくゲーム中のウィンドウを閉じて、レナの襲来に備えるべく、自室から居間へと向かう。
途中日の当たる廊下で、丸まって眠るイズナを起こさないよう忍び足でスルー。
イズナはあの後ブタちゃんを捕らえたが、結局食せないままに終わったらしい。
ふと我に返り、とても食えたものではないことに気づいたという。
そして俺にそれに代わる食い物を要求しては、「あたしを騙したな!」と人をペテン師扱いしてくる。
まあ否定はしないんだけども。
イズナをやり過ごした俺は、着替えを済ませて身だしなみを整える。
今まさにこれからギルドに向かうところでした、とやる準備が終わると、ドンドンと扉をノックする音が聞こえてきた。
レナにしては少し不審と思いながらも戸を開けると、そこには銀髪の髪を頭の上で丸めた美少女が立っていた。
非常にどこかでよく見た顔の彼女は、小さくちょこんと首をかしげて、元気のいい笑顔を向けてくる。
「こんにちはぁ! あの、わたし隣に越してきたので、あいさつに来ましたぁ」
「なんの用だアムリル」
「それって誰ですかぁ? わたしミーナっていうの、よろしくねトージくぅん!」
「帰れ」
すぐさまドアを閉めようとすると、アムががっとつま先を隙間に差し込んできた。
どういうわけかまたも人間モードになっていて、足が長い。
「そんなつれないこと言わないで、ちょっとぐらい、お話、いいじゃないですか……っ!」
「間に合ってるんで、結構ですっ……!」
押しつ押されつ、ドア越しの攻防が始まる。
やがてミシミシと戸が音を立てだすと、突然アムの背後から、ぬっと長身のスーツ姿の男が現れた。
「ア、アムリル様、おやめください……。すみません、いきなり押しかけて」
マシューの声で俺がパっと手を離すと、アムが後ろに吹っ飛んでドアが全開になった。
「な、なによ、何用?」
「いえあの、改めて謝罪を……ということで、本当は王とともに伺うつもりだったのですが、聖加護のせいでエデンに迂闊に近寄れなくなってしまいまして……」
「ああ、そんで人間に……」
よくよく見ればマシューも人間になっているらしく、顔色もよくなり翼もなくなり、まるでその辺の冴えないリーマンのようだ。
なにやら両手に紙袋を下げており、部下の不始末に菓子折りを持って謝罪に向かう上司的な雰囲気が漂っている。
どうにも足取りの重そうなマシューを押しのけ、いつも通りのアムがずいっと体を寄せてきた。
「今からエデンの城に手土産を持って謝罪に行くのじゃが、もしかするとボコボコにされるかもしれんから、トウジ、おぬしついてきてくれ」
「イヤだね。その前に、俺に対しての謝罪がないようだが?」
「ごめんちゃい☆」
「一発殴っていいかな?」
「あぁん、優しくしてぇ」
ここぞとばかりにアムがしなだれかかってくる。
すぐに引き剥がそうとすると、そのアムの背後に何者かの影が。
はっと殺気を感じるとともに、隣でマシューがじりじりと後ずさりしていく。
「……トウジ? あらら? その子は、誰かなぁ~……?」
お約束のように現れたのはレナだった。
そんなベタなラブコメみたいなことをしなくてもいいのに現れた。
「い、いやこれはアムだよ! アムリルがまた人間になって……」
「何言ってるの? あれだけやって、アムちゃんがまた来るわけないでしょ? 第一髪型が違うし……」
「だから髪型が違うだけだよ!」
「トージ君この女、どこの誰よ! アタシというものがありながら、どういうこと!?」
「お前は黙れ!」
またしても波乱の予感。
確かに俺も、アムが性懲りもなくふざけてくるとは思ってなかったが……。
結局レナは、ぺこぺこと頭を下げながら横入りしてきたマシューの説明で、なんとか納得したようだ。
この男、地味に使える。スケープゴートに。
「なぁんだ、本当にアムちゃんだったのか。聖剣持ってくればよかった」
「えっ? い、今この状況で聖剣って、いらないとましゅが……」
「あははは」
なぜか無邪気に笑うレナ。
本気なのか冗談のつもりだったのか、もはや俺にはレナハート様のお考えは及びもつかない。
身の危険を感じたらしいアムが、強引に話題を変える。
「そっ、そんなことよりトージよ! オヤジがお主に興味深々じゃったぞ。今度魔界に連れて来いとな」
「あっ、そうそう、私の方のもトウジに会いたがってたよ。体調が悪いのも全部アイツのせいだ、ってね。連れてこいって言われてるんだけど……トウジ何かした?」
「いや全く……」
なんのことやら身に覚えがない。
これまでは露骨に避けられていて、単純に向こうが会いたくないんだろうと思っていたが……。
ここに来て呼び出し? 会いたくない……。
こんな時こそ、新たに習得した神スキル「出戻りクズ野郎」の出番だ。
なぜスキル名で盛大にディスられているのかはこの際置いておいて、簡単に説明しよう。
「出戻りクズ野郎」とは、過去に一度なったことのあるジョブにすぐさま戻れるという、その名前とは裏腹に反則級のすごいチートスキルなのだ。
俺はこれを、今回の一件で得た大量のGPをつぎ込んで獲得した。
「つまり俺は、時に聖なる騎士であり、魔の騎士でもある……この世界にかつてない最強の男となった」
「はいはい、わかったから早く行こ? って、あっ、なんでダークナイトになってるの!?」
「ふっ、今日は少しばかりダークな気分なんでね……。残念ながらこの姿では城には行けないな」
「む、トージよ、おぬしやはりダークナイトが気に入ったかそうかそうか。ではこのまま一緒に魔族領に……」
「あ~やっぱダークナイトとか痛々しいっすわ。時代はプリンセスナイトですよね」
「だよねだよね! これからお城に行って正式に認めてもらおう!」
結局このループから抜け出せねえ……。
どっちに行ってもクソめんどくさいことにしかならなそう。
通行止めにあった俺は再び無職へと戻った。
「今日はオフということで、その話はまた今度……」
「よーし、ではわが下僕よ。今エルシャのアトリエにニンゲンニナールの薬を注文しておるんじゃが、一向に送ってこんので直で取りにゆくぞ」
「ダメダメ。トウジはこれから私と一緒にクエストを受ける予定なんだから」
もはや二人とも何も聞いてない。
一体、どうしてこんなことに。
またしても言い合いを始める二人を尻目に、俺は頭を抱える。
うーむ、まだまだ真のニート生活への道は遠い……。
ここで一区切りになります。
お読みいただきありがとうございました。




