思い切ってやっちゃおっか!
「ん!?」
するとアムは何が起こったのかわからないという顔で、目をパチクリ。
そして次の瞬間、
「う、うぎゃああああっ!!?」
両手で鼻を押さえて、盛大にのけぞった。
無職にはなったが、聖剣は神スキルの効果で、いつもどおりまばゆい光を放っている。
アムの周りに集まっていた闇のオーラは、一瞬にして掻き消えていた。
「ト、トージ! うげっげほっ、ど、どういうことじゃぁっ!? なぜ勝手に……わらわの命令を無視して……動ける!? おぬし、なにをしたぁっ!?」」
「ダークプリンセスナイトなどというブラック職業は辞退させていただきました」
「な、なんじゃとぉっ!? そんな、ダークナイトを勝手にやめるなぞ絶対にできんはず……ぐぼぁっ。おうぇええっ!!」
アムはガクガクと体を震わせながら、口元をおさえてえづき出す。
非常に見苦しいことになっているので、細かい描写は控えさせていただく。
無事バックレに成功した俺は、精一杯の笑顔を作ってレナに振り返った。
「レナ、俺無職になったから! ダークナイトなんてやめてやったよ!」
まさか嬉々として無職宣言をする日が来ようとは。
「もうアムの言いなりじゃないから、だから……」
「それって、プリンセスナイトでもないんだよね?」
「いやっほぉう! やっぱり無職は最高だぜ!」
「…………。まあいいや、それは後で詳しく話をするとして」
保留された……。
ノリで突っ切ろうと思ったがダメだった。
許されたわけではないらしい。
「聖剣貸して」
「はい」
仰せの通り、俺はすぐに聖剣をさっと献上する。
レナが剣を手にすると、尋常ではない光のオーラが生まれ始めた。
聖剣さん、今まで本気じゃなかったんだなと思わされるほどの。
「ぶふふおおおおぉぉぉぉおおおっ!!!???」
同時に、アムがコイツどこから声出してんだという奇声を発する。
見れば目鼻口、いたるところから色んな液体が出ている。
モザイク不可避の酷い有様になっているアムに、レナはざっざっと歩み寄る。
そして殺る気マンマンの聖剣を突きつけた。
「残念だなぁ~。私、もしかしたらアムちゃんと仲良くなれるかもと思ったんだけど……。こうなっちゃったら、もうやるしかないよねぇ……」
「あ、あひぃぃっ!! あ、あんまり残念そうじゃない……? ゆ、許して、許して……くだ、ちゃい……」
「他に言い残すことは?」
「ひぃぃぃぃいいいっ!!!」
アムはお腹を上にしてひっくり返り、完全なる服従のポーズ。
土下座よりさらに高度だ。
「ちち、違うんですぅぅ! こっ、こりはほ、ほんの出来心で…… え、エデンを征服しようなんて本当は、こ、これっぽっちも、思ってないですぅぅ!」
「アホか。ほんの出来心で国が征服されたらたまったもんじゃねえよ」
確かにコイツの行き当たりばったり感はすごかったが……。
「じゃあどうして?」
「だ、だって、な、なんかあのまま終わりだと、き、気まずかったからっ! み、みんなの手前、体裁もあるし……そっ、それにあんまり活躍してないし……わ、わらわは、ほ、本当は強くてスゴイというところを、み、見せたかっただけで……そ、それだけなんですぅぅうっっ!! ほ、本当なんですぅっ、信じてくださいぃぃっっ!!」
あまりにもバカバカしい理由だが、妙に真に迫っている。
悲しいことに、すごくガチっぽい。
「お前、そんなことばっかしてるから信用なくして裏切られるんだろうが……」
「い、今まさに、身に染みておりますぅぅ!」
「とりあえずそれが嘘じゃないと、今証明してみろ」
「は、はいぃぃっ! ま、魔族たちよ~さ、さっきのは冗談じゃ~、暴れるな~みんな引け引け~! ……あら?」
いつの間にか、辺りに魔族の姿がほとんど見当たらなくなっていた。
みんなフラフラになりながらも、言われるまでもなくアムを放置して逃げたようだ。
「ぬ、ぬぅ~、どいつもこいつも薄情な~!!」
「ねえアムちゃん、じゃあダークナイトうんぬんと、トウジは返さない、っていうのも、冗談なんだよね?」
「え? あ、それは……」
「冗談だよね?」
「はい冗談ですぅ!」
はい喜んで~みたいなノリで冗談認定させられている。
「じゃあ、金輪際トウジにはちょっかい出さないって、誓う?」
「誓います誓いますゥゥゥゥッ!!」
「う~ん、どうしよっかなぁ……」
すごい勢いで誓っているのにまだまだ悩むレナ。
非常に手強い。
「ねえ、トウジはどう思う?」
「あ、ああ、えっと、俺グロ画像耐性ないんで……」
いくらクズだとはいえ、ホラー映画のスプラッター描写みたいになるのはカンベン。
「そうだよね……。なんだかんだでこれで三回目だし……思い切ってやっちゃおっか!」
レナはニコっと笑顔を向けてきた。
いや、やれなんて一言も言ってないんですけど?
今日の晩御飯奮発しようみたいな感じで言われても。
「そそんなぁぁッ!! ぐずっ、怖いよぅ、怖いよぉ……。……ち、違うよぉ、それやったのアムリルじゃないのにぃ、アムリル悪くないのにぃ……どうしてみんな無視するのぉ……なんでぇ……」
舌足らずな声で、いきなり意味不明な供述を始めるアム。
あまりの恐怖で、何か過去のトラウマが発動してしまったか。
「あーあ、なんかアムちゃん変になっちゃった」
「いやそれはあんたのせいでしょ……。自分で壊しておいてその発言はちょっと……」
「ア、アムリル様、お気を確かに!」
虚ろな目で泣きべそをかき始めたアムに、意識を取り戻したマシューが駆け寄る。
なんとこれだけやられてもマシューはアムを放って逃げていなかった……いや単に気絶していただけかもしれないが。
マシューは鼻センをしているので、一応まだ警戒すべきではある。
「どうするんだ? まだやる気か?」
「め、め、めっそうもない、今のを目の当たりにしたら……とてもとても……」
ですよねー。
「そもそも私は、エデンの制圧ではなくアムリル様や王の目を覚まさせられればそれでよかったのです。これ以上、無駄な被害を出さないためにも……急ぎエデンに入り込んだ魔族はみな引き上げさせます。こたびの件、王にも逐一報告いたしまして、後に正式に謝罪に参ります。エデンとは、今後良い関係を築けるよう、精一杯とりなすつもりですので、何卒、ご容赦を……」
「そっか。魔王によろしく」
そうそう、そういう言葉を聞きたかったわけだ。
アムリルの謝罪よりはるかに信頼性がある。
マシューは俺たちに向かって深々と一礼すると、ブツブツとうわ言を繰り返すアムを抱えて、窓からバっと飛び降りた。
それと同時に、広間からざわつく声が聞こえてくる。どうやら人質がセバスや兵士達の手によって開放されつつあるようだ。
その様子を見て、レナがほっと息をつく。
「はぁ……なんかどっと疲れが……。トウジのおかげでなんとかなったけど……やっぱり私ダメだね。けっきょく、全然役に立たなくて……」
いえ最終的に全部やってくれましたけど?
実は最初から俺とかいらなかったんじゃないかっていう疑問は残る。
「そんなことないよ、なんとかなったのも、みんなレナのおかげさ! レナハート様様だ! 聖女万歳! エデン万歳! さあて、俺も帰ってゆっくり休もうかな!」
「待って? それでさっきの話の続き、プリンセスナイトの件なんだけど……」
またもノリと勢いでごまかすことに失敗。
……いいよなぁ、逃げられる人は。
俺も一緒に飛び降りようかな。




