光速バックレ
レナは未だに縛られたまま、隅の方でもがくようにして床に這いつくばっていた。
さすがの魔族たちもレナには手が出せないらしいが、レナはレナで手も足も出ない。
だが、アムが伸ばした腕になにやら力を込めると、レナの体はゴロゴロゴロと床を横転してこちらに引き寄せられてくる。
やがて俺のすぐ足元で、すっかり目を回したレナがぐったりと仰向けになる。
「うぅっ、きもちわるい……」
「くっくっく、無様じゃの~。縛られた時から、わらわの計画は始まっていたとも知らずに」
嘘を言うな嘘を。
さっき縄が解けなくてマジで焦ってたくせに。
「そんな……ひどい。アムちゃん、ずっと私達を騙してたの……?」
「ひゃーっはっは! なんとでも言うがよい、騙される方が悪いのじゃ!」
「この裏切り者! 淫乱女! ド貧乳! 腐れ○○○! ○○○○!!」
皆様をあまり幻滅させないよう、伏せさせてもらう。
聖女様がそんな汚い言葉で人を罵ってはいけません。
「ぐっ……、そこまで言うか? ええいトージよ、さっさとこの女を黙らせるんじゃ!」
これだけ言われるとさすがのアムもちょっと効いてる。
なんとでも言えとか言うから。
俺の体はアムの命令を受けて勝手に動き出し、レナのすぐそばに膝をついた。
さっきから体の自由がきかない。
アムはどうやら口で口を塞がせて黙らせる気らしい。
顔がレナの口元にぐぐっと接近する。
「レ、レナ、俺アムに操られてて、勝手に体が……」
「どきどき……」
「いやどきどきじゃなくて」
「だめっ、こんなところでそんな……、どうしちゃったのトウジ……?」
「顔が笑ってる」
何かとても楽しそうなんだが……。
これでは全くアムの意図に反する。
「なにをイチャイチャしとるんじゃい! 違うわ! もっと乱暴にいけ!」
その言葉にまた勝手に反応した俺の手が、レナの胸をわしづかみにする。
さらに覆いかぶさるようにして、ぐっと強めに唇をレナの唇に押し付けた。
だが予想通りというか、やはり拒まれることはなかった。
荒々しく吸い始める唇を、レナは徐々に受け入れていく。
「だからなんか違う! もっと嫌がらんかーい!!」
アムの声でぱっと唇同士が離れると、レナがうっとりとした表情で口を開いた。
「はぁ、乱暴なのもいいかも……」
「あの、そういう状況じゃないんですが」
「なんかいつもと雰囲気が違くてかっこいい……」
顔面にも痛々しいタトゥーが入っているのだろうか。
なんかレナってちょっと悪そうなDQNとかにコロっと騙されそうなタイプだな。
「トウジがゴーレムをやっつけるところ見てたよ。超かっこよかった。さすが私のナイト……」
すでに私のナイトじゃないんだよなあ……。
どうしよう、まだ気づいてないのか。
「えっと、いや、その……それが大変、申し上げにくいんですが……俺、プリンセスナイトじゃなくなってしまって」
「……は?」
おそるおそるの発言に、それまで終始笑顔だったレナの顔が一瞬にしてひきつった。
「なに? それはどういうこと?」
「いや俺もよくわからないんだけど、無理やり転職させられた? みたいで……」
「何言ってるの? そんなわけないでしょ? ふざけないで?」
「い、いや俺がふざけてるわけじゃなくて……」
「ふひゃーっはっは! 愉快じゃのう! プリンセスナイトは、今や完全なるわらわの下僕じゃ! 悔しいのう悔しいのう!」
とアムがバカ笑いをした瞬間、いきなりブチブチブチっとレナを縛る縄が切れた。
どういう原理かはわからん。全くわからんがバラバラになった。
「え?」
揃って目が点になる俺とアム。
固まる俺たちを尻目に、レナがすっく、と立ち上がった。
途端、その周辺にゴゴゴゴ……と魔族よりも魔族よりの不吉なオーラが集まりだす。
「やっぱり本当は、わたしのナイトになりたくなかったんだね。そうなんだ……」
「ち、違う違う! そういうわけじゃなくて……」
「だってトウジ、アムちゃんと話す時、私のときより楽しそうだったし……」
「いやいや、それは何かの勘違いだよ!」
奴との会話を楽しんだことなど一秒もない。
「おっぱい最高って言ったのに……」
……そこそんな重要?
頭をうなだれたまま、レナがざっ、と一歩前に踏み出す。
すごい危機感を感じる。今まで味わったことのない恐ろしい危機感を。
死……なんだろう近づいてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。
レナの迫力に押されて動けなくなっていると、アムが後ろから無理やり俺の腕を引いた。
「ふん、何を言おうとこやつは返さんぞ! ダークプリンセスナイトは一人しか選べんのじゃからな! それにすでにトージはすっかりわらわに骨抜きになっておる! 今しかと見せ付けてやろう!」
とか言いつつもしっかり命令を小声で下すアム。
するとあろうことか、今度はアムの唇に向かって体が吸い寄せられていく。
「取られるぐらいだったら……いっそのこと……」
……レナさん今なんて?
これって後ろから刺されるパターン?
さらにレナの体に、得体の知れないパワーが集まっていく。
すると突然、周りから魔族たちの苦しむ声が聞こえてきた。
「急に、か、体が……?」
「ううぅっ!? く、苦しい……?」
なにやら胸を抑えながら、一人また一人と魔族たちが倒れていく。
異変に気づいたセバスが、先ほどマシューが乗っかっていたオブジェを見上げて、驚きの声を上げる。
「こ、これは、聖加護センサーが反応しておる! ……レベル7、8、9……まだ上がっていく? これは城を……いや国全体を包み込むレベル……!?」
何か大変なことが起きているらしい。
それはレナが原因だというのは言うまでもないが……。
「体が徐々に重く……? これが聖女の真の力じゃと……? ふん、だが二人の力をもってすれば、聖女などおそるるに足らん! あのゴーレムを軽くひねった力、見せてやるのじゃ!」
いや無理無理。
なにか近寄ったら即蒸発しそうなバリアー張ってるんだが。
ゴーレムなんかより絶対強い。怖い。
「何をビビっておる、いいようにやられてたまるか! 聖女がなんぼのもんじゃい、わらわも本気出しちゃるぞ!! フルパワーじゃ!!」
アムの周辺にも、黒いオーラが集まり出し、ズンズンズンと縦揺れが始まる。
こっちもこっちでシャレにならないパワーだ。
今まさに二人の頂上決戦が始まろうとする。
まずい、この二人がガチでやりあったら、城ごと色々と吹き飛びそうな予感。
正直この場にいたくないです。全力で帰りたい。
だがその時、アムが自分の力を高めるのに集中しているせいか、俺の体が自由になった。
今なら好きに動ける。
……アレを使うなら今しかない!
というのは、レナのプリンセスナイトになる前にこっそり探し当てた、この神スキルだ。
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スキル名 光速バックレ
作成者 神級バックラー
概要
せっかく採用されても、
なぜかふとやめたくなる。
もはやそこに理由はない。
これぞまさに真のバックラーの鏡。
8900GP
アクティブスキル
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スキルはすでに落としてある。
ウィンドウを開き、すぐさま発動。
その途端、腕の模様がふっと消えた。
さらに魔法の使い方も綺麗さっぱり忘れた。
……あ、マジで効いた。
僕、また無職になりました。
短い間ですがお世話になりました。
「くっくっく、溜まったぞ。城ごと吹き飛ばすほどの強力な魔法力が。さあトウジよ、わらわの盾となって突っ込んで、ヤツの注意を引け!」
やっぱり人をおとりに使う気だったか。
だがダークナイトでなくなった無職の俺には、何を言われようがクソガキが騒いでいるようにしか聞こえない。
そこで俺はわざとらしく耳を寄せて、アムのすぐそばまで近づく。
「えっと、今なんて?」
「む? なんじゃ、聞こえなかったのか? まっすぐに突っ込んで……」
とアムが言いかけた途中で、俺はおもむろに手を伸ばし、アムの鼻センを勢いよく引っこ抜いた。




