聞き覚えのあるあえぎ声
「お帰りなさいませご主人様~!」
エミリの精一杯作った声が響く。またなんか始まったぞ。
だがお帰りになったご主人様とは、どこぞで見たブタ……ブヒオークだった。
今度のは、なぜか中世の貴族のようなかっちりした格好をしている。
ブヒオークは一度部屋の中を覗き込むようにすると、エミリを見て満足そうにうなづいた。
「ブヒ、ブヒ。ブヒブヒ? (うむ、ご苦労。おや客人かな?)」
今度のブタちゃんは少しキャラが違う。どこか品がある。
と思ったが口調だけだった。
鼻を伸ばしながら、エミリの胸元をチラチラ見ている。
本人は気づかれていないと思っているのかもしれないが、傍から見るとバレバレだ。
ブヒオークは胸をこっそり堪能した後、懐から銀貨を数枚取り出した。
「ブヒブヒブブヒ。(少ないがとっておきなさい)」
「ありがとうございまぁす」
エミリは銀貨をひったくるようにして、自分の懐に入れた。
金取るの速え。
しかしどういう状況だコレは。
さっきエミリは魔族に脅されてとか言ってたが、ついにブタのメイドに成り下がったか。
いまいちわからんが、騒がれると面倒だしブタちゃんをとりあえず黙らせておくか。
剣を構えるが、ブタは完全に俺のことは眼中にないようで、ひたすらエミリの体に擦り寄っていく。
「ブヒブヒ……(ほほう、このへんの肉付きが結構……)」
「ちょっと、お触りは禁止よ! 汚い手で触るんじゃないわよ!」
「ブ、ブヒッ、ブヒィ!(ひ、ひぃっ、ごめんなさい!)」
エミリは壁に立てかけてあったホウキを手にとって、ブタちゃんをバシバシとシバき始めた。
いまいちパワーバランスがわからん。
完全にブタの言いなりというわけでもないらしい。
「だからなにやってんのあんた……」
「ブヒオーク様はコレ持ってんのよ。もうエデンはムリっぽいし、最後に荒稼ぎして、他の国にとんずらするわ」
エミリは悪い笑みを浮かべて、指で輪っかを作ってみせる。
う~んなんというか、たくましい。
ボコられたブヒオークは、エミリは危険だと悟ったのか、今度はレナのほうに興味を示した。
意外に打たれ強いようで、てくてくとレナのほうへ近寄っていく。
そして、なにやら真剣な眼差しでじーっとレナの胸を見つめ出した。
かと思えば、エミリの胸元に視線を戻したりを繰り返す。
ブヒオークはしばらくそうやって、二人のおっぱいを見比べるように吟味していたが、
「ブヒ! (勝ち!)」
高らかに宣言し、エミリの手を持ち上げた。
審査方式は不明だが、とりあえず大きさという点に関しては、エミリに軍配が上がるだろう。
「……は?」
だがすぐにレナの顔が引きつる。
は? (威圧)をリアルで見た。
レナにしてみたら、数少ないアドバンテージとも言えるおっぱいで負けてしまったわけだから、ただ事ではないわけだ。
一瞬にしてレナの周辺の空気が変わり、なにやら不吉なオーラが流れて……。
「ブヒ? ……ブブヒ……。(あれ、息が……? 胸が……苦しい……)」
ブタちゃんが急に胸を押さえ始めた。
なにやら非常に呼吸が苦しそうだ。
スヒュー、スヒューと鼻息が細くなっていく。
やがてブヒオークはがくっと膝をつき、そのままごろりと床の上に横になった。
それきり動かなくなったので顔を覗き込むと、白目をむいてビクンビクンしている。
……えっなにこれ怖い。
呪いなの? 縛られたまま、手を使わずに呪い殺したの?
レナは無残に転がったブタをちらっと見下ろした後、にこっとこちらに笑いかけてきた。
「も~ブヒブヒばっかりで、何言ってるかわかんなかったね」
いや今わかってただろ絶対……。
すべてなかったことにしようとしてるぞ。
エミリが不思議そうな顔でしゃがみこんで、倒れたブタちゃんの頭を指でつつく。
「あら? どうしちゃったのかしら、気絶してる……。ちょっと叩きすぎたかな? まあいいわ、セクハラは自業自得よね」
こっちもなかなかあっさりしている。
レナがうらめしそうにエミリの胸元を睨んでいるが、気がついていないらしい。
エミリは見せつけるようにおっぱいを揺らしながら、すっくと立ち上がった。
「さて、もうお仲間も呼べないみたいだし……いい加減出ていきたいんだけど、お城の入り口で、不気味なおじいちゃんがにらみをきかせてて出られないのよね」
「あ、ああ、それならたぶん、今なら大丈夫だと思う」
「あらそうなの? じゃあ私もう行くわ。エデンは魔族に占領されてダメみたいだし……。あなたたちもふざけてないで、さっさと逃げたほうがいいわよ」
それだけ言って、エミリはさっそうと部屋から出ていった。
うーん、何か色々と、手強い女だ……。
その後ろ姿を見送ったレナが、小さく舌打ちする。
「ちっ、勝ち逃げされたか……」
「ん? なんて?」
「えっ? ううん、なんでもない」
また一瞬嫌なオーラを感じたが……気のせいと思いたい。
さて、とりあえずスキルのクールタイムも終わったことだし、作戦の続きといくか。
今度こそ隠れたままボスのところまで行って、聖剣の不意打ちでなんとか仕留めたい。
しかし、さっきのような力をレナが任意に使えれば、もっとラクに事が運ぶのではないかとも思うが……。
ちら、とレナの様子をうかがうが、私が何かした? みたいな笑顔が返ってくるのがちょっと怖い。
「おい、行くぞアム」
俺はさっきからひたすらこっちをガン無視で、壁にへばりついているアムに声をかける。
耳を壁につけるようにして、聞き耳を立てているようだが、何してんだコイツ。
「おい、なにやってんだ?」
「……シッ。隣の部屋からあえぎ声がするのじゃ」
「はあ?」
……やたら静かだと思ったらをしてやがるか。
ちょっと気になったが、一緒になってそんなアホな事はしてられない。
「いいから行くぞ」
「うむ、行くしかないようじゃの」
そう言うなりアムは俺を押しのけて部屋を出て行く。
もちろん 俺が言った行くぞ、とは隣の部屋に突貫するという意味ではない。
「お、おい待て!」
いきなり飛び出したアムを追って部屋を出る。
さすがにこんな予想外の行動を取られるとは思っていなかったので少し焦る。
もうアムを放置して行くという手もあるが、それだと作戦通りには行かないし。
隣の部屋の前に立つアムに追いつくと、アムはドアノブをガチャガチャやり始めた。
「鍵が閉まっとる、くそ」
開かないと見るや、アムはドンドンと扉をたたき始める。
「こらぁ、昼間っからなにやっとる~!」
「バ、バカやめろ、大体あえぎ声がなんだって言うんだよ!」
「ただのあえぎ声ではない。聞き覚えのあるあえぎ声じゃったのでな」
聞き覚えのあるあえぎ声ってなんだよ。
どういうことだよ、やべえだろ色々と。
俺がアムの首根っこを無理やりひっつかんで戻ろうとすると、ギィ、とゆっくり扉が開いた。




