ただのアルバイトのメイド(性的な)
勢いよく声をかけてきたのは、黒と白のメイド服を来た女性。
メイドだ。メイドさんがいる。
予想外ではあったが、ここは城なわけだから、メイドさんの一人や二人、いても何もおかしくはない。
おかしくはないのだが……明らかにおかしいのは、なぜか見覚えのあるメイドの顔、そして妙に聞き覚えのある声。
「お待ちしてましたぁ~」
さらにメイドは甘ったるい声を発して、あざとい上目遣いでこちらを見上げてくる。
思わず俺がメイドの顔を二度見、三度見をしていると、
「げっ……」
そこでやっと相手も気づいたのか、ノリノリな笑顔から一転して顔を引きつらせ、メイドさんにあるまじき声を発した。
同時に俺の中のある疑いが一気に確信に変わった。
「エミリ……?」
「ト、トウジくん……」
やはり他人の空似などではなかった。
ベタベタなぶりっ子メイドに扮していたのは、かの転職お姉さんことエミリその人だった。
「なにやってんだあんた……」
状況がよくわからないが、とりあえず俺はドン引きしていた。
メイドと言ったがエミリが身に着けているのは、ただのメイド服ではない。
やたら胸の谷間を強調するような作りで、スカートの裾も短く、下半身にはガーターベルトを装着している。
さらにその内向きに曲げた手とわざとらしい内股は、一体何のつもりなのだろうか。
ていうか何やってんだこの人マジで。
俺の冷めた視線を一身に受けたエミリは、さっとスカートの裾を手で押さえると、顔を赤くしてまくしたてた。
「ちっ、違うの、こ、これはっ! は、話せば長くなるけど……た、ただのアルバイトよ! ヘンな誤解しないでよね!」
「アルバイトでエロメイドをしている……? 誤解のしようがないんだが、なんだってこんなとこに……?」
「だ、だから違くって……! とにかく魔族が押し寄せてきて、逃げるに逃げられなくなっちゃって……それで……。そ、そっちこそ、どうして……?」
「ま、まあいいわかった、とりあえず中に……話は中で」
でかい声で弁解が始まったので、目立つわけにもいかず一度なだめて部屋の中に入った。
俺に続いてアム、レナと、エミリは続けて同性からの冷ややかな視線を浴びる。
「エミリさん……ここで会ったが百年目……」
「な、なあにレナちゃん……そんな怖い目して……っていうかあなた、なんて格好してるの?」
「エミリさんには言われたくないですけど? 縛られてるのは、ちゃんと理由があるんです!」
「どんな理由よそれ……。そりゃ私にだって理由が……はっ、魔族!?」
エミリはアムを見て驚く。
すでに魔族より魔族らしい見た目になっているから仕方ない。
「トウジくん、もしかして、あなたたちも魔族に脅されて……」
「いや、この子はアムって言って、まあ実際魔族なんだけど、一応、今は人間で、味方というか……」
非常にややこしい。
味方というわけでもないしな。
「は~い、私、トージ様の性奴隷で~す」
「ややこしくなるからお前はしゃべるな」
先手を打って黙らせる。
アムはふん、と背を向けると、我関せずと部屋の中を物色し始めた。
さっきから若干ご機嫌斜めのようだが、変にうるさいよりマシか。
「ま、まあいいわ……とにかく聞いて。私、冒険者協会の正規職員でもないし……ギルドの低賃金だけじゃやってけないのよ。それである日、別の仕事を探してたら、通りがかりのおじさんが私の胸をガン見しながら『素晴らしい!』とかって始まって……。ただの変態かと思ったら、それがエデンのかなり偉い人だったみたくて……それ以来、その人のコネで、ちょくちょくここで働いてて……」
そのおじさんって、まさかおっぱいジジイじゃねえだろうな……。
まさかな……。
「それで城のメイド……? その性的な服で? 媚び媚びの態度で?」
「な、なによその言い方は! こ、これは、服のサイズがないとかって言われて……。それに、言われたとおりやればやるほどランクが上がって給金がアップするのよ! ここのメイドは、そう、いわば実力主義なのよ」
それなんか騙されてるぞ絶対。
どういうベクトルの評価方式なんだ。
まあ、なかなかセンスはいいようだが、そういうのは良くないと思うんだ実際。
まったく、どこのどいつの指示なんだか。
エミリが恥ずかしそうに手で隠している胸元をガン見していると、急にしびれを切らしたレナが間に入ってきた。
俺とエミリのやりとりを、一言一句聞き漏らすまいとすぐ横で聞き耳を立てていたようだが……。
「あの、エミリさん。ごめんなさい、私、ずっと黙ってたんですけど……」
なにやら神妙な面持ちだ。
一体何を言い出す気だ?
「な、なあに? レナちゃん」
「私実は、この国の王女で、聖女なんです。それで彼……トウジは私のプリンセスナイトなんです」
「は?」
いきなりの王女宣言。
もうお前なぞ眼中にないと言わんばかりの言い草だ。
これは容赦ないね、もうガンガン王女オーラ全面に出し始めたよ。
今までかたくなに黙っていたのは一体何だったんだ。
レナの発言に、唖然とした表情で固まるエミリ。
さっそくひれ伏して土下座タイムが始まるのかと思いきや、エミリはいきなり吹き出した。
「ぶふーっ、王女? プリンセスナイト? アハハハッ、またまたぁ~、冗談きついわね~レナちゃん」
「えっ、じ、冗談?」
「もう~やめてよ~。そりゃ私、ここの生まれじゃないし、そこまで詳しくはないけど……聖女って、アレでしょ? エデンでやたら神聖化されてるっていう。私もこうやってちょくちょくお城に出入りしてるけど、まだ顔も見たことないのよ? その聖女サマが、どうして不用心に外をウロウロしてんのよ。怪しい無職の男とギルドに来たり夜に酒場にいたり」
まあ、すでにかなーり無礼を働いているから、認めたくないのはわかる。
わかるが……いや、違うな、コイツマジで全然信じてない。
ていうか怪しい無職の男って俺かい。
「そ、それは私が、ワガママを言って……」
「いや~ないない、ないわ~。いくら冗談でも限度ってもんがあるわよ~? そもそもあなたたち、冒険者登録したばっかりじゃないの。……この前も転職させてくれとかって、ややこしいこと言って来ておいて……な~にがプリンセスナイトよ、無職童貞のくせに」
あ~そう来る、そう来ちゃうか~。
どうやら童貞というワードがこの俺の怒りを全力で買ってしまったようだな……。
こうなったら冒険者カードのステータスを見せて一発で黙らせてやる。(ただし童貞の疑いが晴れるとは言ってない)
プリンセス童貞ナイト様の足元にひれ伏すがいい。
俺がこの印籠が目に入らぬか、の勢いでカードを取り出そうとすると、ガチャリ、と部屋のドアが開く音がした。
やべ、しっかり扉ロックしておくんだった、と入り口の方を振り向くと、エミリが素早く近寄って相手を出迎えた。




