ブリンセスナイト
「ちょっと待ってくれよ。大体、もう降伏するって決まったのか?」
「うん、なんだ貴様……? 何も知らない部外者は黙っていてもらおうか」
兵士はちらっとこちらを見ただけで、相手にもされない。
「数ではまだ我々が勝るが、魔族は個々の戦闘能力は高く、まともにやりあったら勝ち目はない。無駄な被害を出さないためにも、それが最良の手なのだ」
「キース兵士長の言うとおりだ! そもそも、聖女がしっかり役目を果たしていれば、本来こんなことにはなっていないんだ!」
「そうだそうだ! 不始末は責任を取って自分で片付けるべきだ!」
外野の兵士たちもわいのわいの騒ぎ出した。
こいつらの感じからすると、こんな流れになりそうな予感はしていたが、案の定だ。
「いや~なかなかにクズじゃの~こやつら」
「ああ、お前に言われたら相当だろうな」
「一言多いの~トージ様は」
本当に、アムに言われるようになったらおしまいだな。
ここの兵は聖女に頼りきりでもろいだの、レックが言っていたときからすでにその片鱗はあったがここまでとは。
「わ、私のせいで……? 私が……」
目に見えてレナの表情が陰る。
それでも容赦なく兵士たちの野次が飛んでくる。
どさくさに紛れて、もはや罵声に近い言葉を浴びせてくる奴もいる。
さすがにこれは……と俺がゴブリン殺しのおっさんでも呼んで黙らせてやろうかと思ったその時、先程のキース兵士長とやらが急に声を張り上げた。
「静まれ、静まれ! だがまだ望みがないわけではないぞ! もしレナハート様が、この場でこの私をプリンセスナイトに任命し、魔族と戦う力を与えてくれるなら話は別だ! 私が、魔族を追い払ってみせる!」
若干芝居がかった口調で、キースはそうまくしたてる。
ここでプリンセスナイトだとかってワードが出てくるとは思わなかった。
おおっ! と盛り上がる兵士たちを尻目に、アムがこっそり耳打ちしてくる。
「よいのかよいのか? 何か勝手なことを言っておるぞ?」
「いやまあ……」
なんやわからんがすごい自信だ。
まあ本当にそれで解決できるなら、素人の俺が余計な口を出すべきではないのかもしれない。
レナが本当にそれで良ければの話だが……。
「さあレナハート様! これ以上迷っている時間はありませんぞ! さあ! さあ!」
キースがここぞとばかりにレナに詰め寄りだした。
それに同調するように、周りの兵士たちもレナを急かすように囃し立てていく。
レナはしばらく困惑したように視線を泳がせていたが、やがて行き場をなくしたようにうつむき、小さくうなづいた。
「……わかりました。今すぐに、プリンセスナイトへの転職を行います」
「おお、決断されましたか! 素晴らしい英断です! それでは転職の儀を!」
すっと、キースがレナに向かって手を差し出す。
レナはその手の甲に両手を重ねるようにして添えると、目を閉じて集中し始めた。
すると、添えた手の周辺がぱあっと明るくなり、そこから伝わるようにキースの全身が光に包まれる。
しばらくして光が収まると、キースは目を見開いて、自らの身体を見下ろす。
「おお……これがプリンセスナイト……! さあ、我が姫よ、我に力を! 聖剣よ! 我がもとにいでよ!」
キースは高らかにそう叫ぶと、右腕を高く持ち上げ空に掲げた。
うわぁ、ノリノリだな。
それはいいとしても、何も起こる気配がないのは大丈夫か?
「さあ、いでよ! いでよ! 聖剣召喚! 召喚!」
連呼しているがやはり何も起こらない。
兵士たち含め、あたりにおかしな沈黙が流れ始める。
それでもひたすら叫び続けているキース。
正直かなり滑稽な絵面だったが、何やらここで笑ってはいけないという空気ができつつあったので、なんとかこらえる。
だがそんな中、空気を読まずにアムが盛大に吹き出した。
「ぶふぅっ、くすくす、何も起こりませんねぇ~」
「なっ、バカな……なぜだ! 俺は、プリンセスナイトになったはずなのに……」
笑われて顔を赤くしたキースが、あわてて懐からカードを取り出して、ステータスを確認する。
「ぬぅっ、確かに……プリンセスナイトになっているのに……どういうことだ!?」
兵士たちがこぞってキースの冒険者カードに殺到していく。
なら俺も、と便乗して間からカードを覗き込んだ。
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キース・エスパルーダ
冒険者ランク C
ジョブ ブリンセスナイト
レベル 1
HP 950/950
MP 110/110
筋力 91
体力 87
敏捷 82
知力 88
運 36
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「基礎ステータスもスペルナイトだった時より弱体化しているだと!? 聖女の力で、補正強化されるのではなかったのか!?」
キースは兵士たちともども、何事かとそろって首を傾げだす。
みんな気づいていないようだが、俺はすぐにその違和感に気づいた。
「あ、それ……」
「なんだ!? 部外者は黙っていろ!」
「いやそれ、よく見たら、プリンセス、じゃなくてブリンセスナイトになってますよ」
「な、何ッ!?」
「なんか汚そうなナイトっすね」
どんなスキルを使えるんだろう。
使えない神スキルばりのクソスキルかな。
キースは食い入るようにカードの文字を見つめていたが、やがてわなわなと身を震わせだした。
「なんだこれは……!? プリンセスナイトではない……? そうか、わかったぞ!! レナハート王女は、正当な聖女の力を受け継いでいない! おそらく本物の聖女と入れ替わって……。なるほど合点がいった、それで今回のような事態に……。それにしてもなんということだ! 聖女を騙るなど、許されることではないぞ!」
キースの物言いに、場にかつてない緊張感が走る。
兵士たちの間にどよめきが起こるが、そんな疑いをかけられて最も混乱しているのは、当のレナ本人だ。
「ち、違う……その、わ、わからないです……私……そんな……」
「この期に及んで言い逃れはできませんぞ! さあ、本当のことを!」
にもかかわらず一方的にいきり立っているもんだから見苦しい。
すぐさま止めに入る。
「待った待った。勝手に決めつけるのはどうかと思うんだが」
「なんだ、さっきから貴様、しつこいぞ! 一体なんのつもりで……さてはお前も、偽物の片棒を担いだ共犯者か!」
言うに事欠いて偽物て。
そんな言いがかりをつけて、あとでどうなるか知らんよ。
マジでここの王はイカれてるからな。
「この娘がニセモノなわけがあるまい、わらわもこの目で、しかと見ておる」
「黙れ小娘が、何を知ったふうな口を!」
今は分が悪いと思ったのか、アムはさっと俺の背後に体をひっこめる。
「むっか~。あとで全裸火だるま町内巡りの刑にあわせちゃる」
本当に後でどうなるかわからんな……。
「そうまで言うならば、今ここで本物の聖女だという証拠を、見せてもらおう!」
「う~ん、あそこに転がってるブタちゃんでは証明にならないかな」
哀れな目にあって地面に横たわっている三魔族オージーを指差す。
ぐったりしているけど多分かろうじて生きている……と思う。
「なっ、なんだあれは、魔族か!?」
「う、うわわっ魔族!?」
兵士たちが騒ぎ始めた。
気づくの遅いぞ。
オージーは微動だにせず、見事に風景に一体化している感はあったが。
「あれをやったのは彼女なんですが」
「ふ、ふん、あんな三下魔族の一体や二体、どうってことはあるまい。それが聖女だという証明になるわけがない」
そう言うけど、あんた現場見てないから。
本来結構お強い方だったようなんだがね。
「それでは説明してもらおうか! なぜ私をプリンセスナイトにすることができなかったのかを!」
「そりゃあんたみたいなモブキャラを、プリンセスナイトにはしたくないんだって」
「もぶ……? なんだと、何を言っている? とにかくそれが決定的な理由だ。この私自身が、動かぬ証拠だ」
ブリンセスナイト様にドヤァされてしまった。
謎のジョブにされてしまって激おこなのはわかるが、この調子じゃいくら口で説明しても無駄だろう。
ああだこうだ言い争うのも、もういい加減面倒になった。
「……わかった。俺が、プリンセスナイトになる。それで証明してみせる」
「えっ?」
俺の言葉に、今にも消え入りそうにうなだれていたレナが、はっと顔を上げた。




