聖女としての役割(薄い本のタイトル的な意味で)
「ふぁ……」
妙に色っぽい吐息がレナの口から漏れる。
気がつくと俺はレナをナデナデしていた。
「……よーしいいぞいいぞ~、お次は乳を揉みしだいて股間に手を這わせて……」
などと背後からアムのささやきが聞こえてくる。
だが残念ながら、今現在俺が撫でているのはあくまでレナの頭である。
俺は一度手の動きを中断し、よからぬ単語を口走るアムを振り返った。
「……おい、俺に何をした?」
「おや? 解けてしもうたか。うーむ、やはり今の姿ではこのぐらいが限界か。本来ならフィニッシュまで持っていけるところが……」
「なんのフィニッシュだよ」
「ん? それはもちろん……」
「いやいい、それは言わなくていい」
俺がコイツのセリフを自主規制しなければならなくなる。
そういえば前も似たようなことをやられたな。
これがサキュバスの力だかなんだか知らないが、やはりうかつにアムの目を見るのは危険だ。
「ちょっと! またそうやって二人で!」
すかさずレナが俺たちの間に入ってくる。
語気に力があるところを見ると、変な落ち込みモードからは解放されたみたいだ。
「あらぁ? 胸しかとりえのない王女様が何かご用ですかぁ?」
「なっ、……いいよ、トウジにナデナデしてもらったもんね!」
「私だったら、もっと色んな所をナデナデしてもらいますけどねぇ~」
「い、いろんなとこ……って?」
そこで俺に振るのやめてくれませんかね。
このビッチ女と張り合っていたらロクなことにならん。
俺は適当にごまかして受け流すと、少し落ち着いたレナにこれまでのいきさつを簡単に話した。
アムが魔族に裏切られてうんぬん、元に戻れなくなったということも。
それで一応、この状況を納得はしてもらえたようだ。
頭を撫でたのが功を奏したのか、とにかく助かった。
俺がほっと胸をなでおろしていると、そこでレナが急に何か思い出したように、食い気味に詰め寄ってきた。
「そんなことより大変なの! 魔族がお城に乗り込んできて、みんな捕まっちゃって!」
「やっぱブタちゃんの言ってたことは本当なのか……。え、でレナはどうやってここまで来たの?」
「トウジが心配だったから、邪魔なのはみんなどかして……」
どかして(聖女フィンガーで気絶させて)ということかしら?
そのパワーがあれば色々解決できたんじゃないですかねぇ……。
「とにかく、なんとかしないと……」
「ち、チョイ待ち! 今さっき、そんなことより、で軽く流されたが、このまま魔族に戻れなかったら、わらわはもう人間として暮らすしかなくなるんじゃぞ! このままだとここは魔族に支配されそうじゃし……本来わらわは、魔族を統べる側のはずなのに! どうしてくれるんじゃ、ちゃんとセキニンを取れ!」
「知らんがな。なんで俺が責任持たなけりゃならないんだよ」
「え、えぇ~? だって私、トージ様の性奴隷ですよぉ?」
「そんなもんを作った覚えはない」
どんな思考回路してたらとっさにそんなワードが出てくるのか。
わくわくしそうな単語だがアムに言われても全然ときめかない。
「ちっ、ノリが悪い……これだから童貞は……」
「おいさっきからそれやめろ、地味に傷ついてるんだぞ」
「ならば既成事実を作るのみ!」
「うわ、やめろっ」
アムがタックル気味に抱きついてきて、アグレッシブに唇を突き出してくる。
だがすぐさまその顔を、横から伸びてきたレナの手ががしっと抑えた。
「きゃっ、やめてください! なにするんですかぁ王女様! 私、誰がどこからどう見ても人間ですよぉ~? 一般市民にボウリョクを振るう気ですか聖女様が~?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
レナは悔しそうに歯噛みする。聖女フィンガーは不発に終わった。
今のアムは正真正銘の人間属性らしく、レナの体に触れてもなんともないようだ。
「うひゃひゃ、この姿なら聖女の力恐るるに足らず。こりゃこのままニンゲンになるのもアリかもしれんのぅ」
「やっぱりこのままだとかわいそうだから、早く魔族に戻してあげないとね」
「えっ? あ、それは……」
「魔族に戻ったら、残念だけど今は敵対してるから……全力で潰さないと。トウジ、聖剣は?」
この決断の早さ。
アムが「このひとでなしィィ!」とか騒ぎ出したが、いちいち付き合ってやる義理はない。
「いやそれが、聖剣が見当たらないんだよ。レナが城に持ち帰ったんじゃないのか?」
「え? 私が……?」
「前に使ったとき、持ってったよね? たしか」
「あ、そっか。あの時、あのままお城に持って帰ってそれで……あれぇ?」
また失くしやがったぞこの王女。
アムをどうするにせよ、これから聖剣抜きでは色々と厳しい。
「あっ、そうだ。いい方法があるよ! トウジがプリンセスナイトになれば、聖剣を呼び出せるよ!」
「は?」
「聖剣召喚スキルがあるから!」
聖剣召喚とかそんなスキル存在するのか。
レナは隙あらばプリンセスナイトを勧めてくるが、こうなると怪しい宗教の勧誘に通じるものがあるな。
待てよ、ならナイトにならなくてもストアで探せば……。
俺は「聖剣召喚」でストアを検索する。
うーん、見つからない。
こういう時に使えねえ……。
「なになに? どうしたのどうしたの?」
「い、いやぁ、プリンセスナイトは、ちょっとなぁ……」
しんどそうなのは嫌です。
のちのち、面倒になりそうだし……。
「……そっか。結局トウジは、私のナイトには、なりたくないんだよね……。私のことが、嫌なんだよね……」
「い、いやっ、そ、それは……」
弱ったな、ここはいい加減腹をくくらねばならんか。
どの道このままでは、ナイトになって色々めんどくさいのは嫌だとか言っている次元ではなくなる。
そうだ、一時的にナイトになる、的なことはできないのかな?
うまくごまかせる神スキルがあればいいんだけど……。
「うぉおーっ、いたぞぉーっ!!」
俺がストア内を検索していると、遠くから野太い叫び声が上がった。
何事かとそちらを見やると、バタバタと走り寄ってくる人影が数人。
またも来客のようだ。
魔族かと思って身構えるが、息を切らしてやってきたのはエデンの兵士たちだった。
兵士たちは脇目も振らずレナに近づいて取り囲む。
その中で、やや派手な装いで腕に勲章を付けた壮年の兵士が、先立って声を荒げた。
「レナハート様、探しましたぞ! やはりここにいたか……!」
予想外に厳しい口調。
なにやら余裕がなさそうだ。
その迫力に気圧されて、レナがぺこぺこと頭を下げる。
「あ、あの……ごめんなさい、勝手に……」
「まったく……ご自分の立場を、本当にわきまえているのですか? とにかく、時は一刻を争うのです。今すぐ城に戻って、今度こそ、聖女としての役割を果たしてもらいます」
「あっ、でも私……聖女としての力なんて全然……」
「聖女としての力、にはもはや期待していません。魔族側が降伏の条件として、聖女と聖剣を要求しています。……ここまで言えば、わかりますよね?」
「そ、それって……」
レナを取り囲む兵士たちの輪が、じりじりと小さくなる。
今にもレナを捕まえて、無理やりにでも連行しそうな勢いだ。
急に雲行きが怪しくなってきた。
だからそういうのは薄い本でやれと。
俺はスキルストアのウィンドウを閉じると、肩を怒らせるリーダーらしき兵士に横から話しかけた。




