聖女フィンガー
「ブヒ~ッ! ブヒィィィ~!!」
数秒後、そこには悲鳴を上げながら、あっという間に炎に包まれるブタさんの姿が……。
なかった。
その代わり、
『有効期限切れ スキル発動不可』
だとかなんとか、ウィンドウが開いて表示が出た。
そういえばあれ、期間限定とかなんとか書いてあったかもしれん。
全くこれだからカグツチ(笑)は……。
とにかくスキルは不発に終わった。
ではなぜブタ男がブヒブヒ言い出したかというと。
「トウジ~! だいじょうぶ~!?」
ちょうどその時、手を振りながらこちらに走ってくる人影があった。
レナだ。
「ブヒ、ブヒィ~!」
それでブタちゃんはやってきたレナを見て、いきなりブヒブヒ言い出した。
なんとか人間の言葉をしゃべっていたのに、テンション上がって素が出ちゃったみたいだ。
「あ~いいブヒ……ドストライクブヒ。この子をワガハイの奴隷に……いやお嫁さんにするブヒィ~」
などと一人で盛り上がっているが、そういうのは薄い本でやってくれ。
当のレナは、ブタなぞ眼中にない勢いでまっすぐ俺のほうへ駆け寄ってくる。
「あれ? トウジ、その人……」
その視線の先は、先ほどから俺の腕に絡み付いて離れないアムへと向かう。
この女、明らかに俺を盾にしようとしてやがるのだが、見ようによってはイチャついているように見えなくもない。
「帰ったはず……なのに……、どうして……?」
でも普通はそんな見かたにはならないはずなんだが。
ブタ男にイチャイチャを見せ付けるとか、シチュエーションが意味不明だから。
「そっか。そういうこと……だったんだね」
だけど相手がこのレナハート様となると話は変わってくる。
どうやら、大変な誤解をなさっているようで……。
「そういうことだったら、ちゃんと……言ってくれればよかったのに……」
「ま、待てレナ落ち着け。絶対に何か勘違いをしているぞ……」
レナの瞳に暗い影が落ちる。
俺とアムは実は裏で通じていて、レナに隠れてコソコソ会っていた、だとかそういうわけのわからん被害妄想を繰り広げているに違いない。
まずい、ここはアムの口からもはっきり違う、と言わせなければ。
「ほら、お前もなんとか言え」
「私? 私は脇の下が感じますぅ」
「誰が性感帯言えって言った? 他に言うことがあるだろ」
「そんなに言葉責めされたいんですかぁ? もう、トージ様ったらぁ」
「もういい黙ってくれ」
違う違う、こんな低俗な下ネタ漫才をやろうとしたわけじゃない。
ふざけている状況じゃないというのに……身の危険を察知しているのは俺だけか。
今のやり取りをどうとったのか、レナを包む空気がさらにズシリと重くなった。
「仲よさそうだね……」
今のが仲良しに見えてしまうのは、相当ヤバイ段階に入っている。
そんな中、全く空気を読まずに大ブタ野郎が間に割り込んできた。
「ちょっと待つブヒ。さっきからこのオージー様を完全に無視するなんざ、可愛い顔してなかなかいい度胸しているブヒ」
「邪魔」
「ブヒ?」
レナがゆらり、と右腕を持ち上げた。
そして立ちはだかったオージーの顔に手を伸ばし、そのままむんず、と顔面を掴んだ。
その瞬間。
「あ、あぎゃああああああブヒィィッっ!!?」
バチバチバチっと音を立てながら、ブタ野郎の顔面が激しく光る。
厳密には、ブタの顔に押し当てられたレナの手のひらが。
聖女フィンガーを受けたオージーは、奇声を上げながらブルブルと手足をばたつかせた後、どうっと地面に倒れこんだ。
顔面からぷしゅ~っと煙を上げながら、ときおりビクッ、ビクッと小刻みに痙攣を繰り返している。
それきり気を失ったようだ。
「え……?」
その一部始終を目撃したアムは絶句し、すっかり青ざめている。
ついでに俺も青ざめている。
「それで、話の続きなんだけど……」
レナが、ざっと一歩、踏みだす。
やっと自分のおかれた状況に気づいたアムが、ガクガクと体を震わせながら、
「ま、まま待て、お、おお、落ち、落ち着いて……」
お前が落ち着け。
仕方ない、ここは俺が冷静に対処を……。
「ち、ちち、違うんだ、レナ、こ、これは……」
なんかごめん。
でもこうなるよね。
だって怖いんだもん。
「しょうがないよね……。だって私、何もいいところないもん。ドジだし、ワガママだし、世間知らずだし……聖女としても、全然ダメだし……」
レナは自虐モードに入ってしまった。
これはいつぞやの、狭いところで体育座りしていた時にテンションに似ている。
そんなことないよ、と否定してあげたいが、自己分析がよくできていて付け入る隙がない。
「でも一応、王女だけど……。この国の王の娘なんだけど……」
ちょくちょく出してくる王女キャラは一体……。
アレだけひた隠しにしていたくせに。
まあいい、こっちも乗っからせてもらって、ご機嫌を取ろう。
「いや~王女はいいよなぁ~、時代は王女だよな、うんうん。やっぱりどこぞのビッチ女とは違う……」
「ふむ? まぁ、言ってみればわらわも一応、魔王の娘……つまり王女、なわけじゃが」
「バカ、余計な事を言うな!」
まずい、これではレナのアイデンティティ……唯一のアドバンテージを奪ってしまう。
それどころか魔王の娘のほうがハクがついている気もする。
「そうだよね、王女なんて、そのへんにいくらでもいるもんね……」
「いくらでもはいないと思うけども……」
「私が勝ってる部分なんて、一つもないよね……」
「い、いやいや、そんなことないって」
「じゃあ、どこ?」
どこ? って言われるとなぁ……。
方向感覚がない、飯がまずい、酒癖が悪い、無知なくせに変に知ったかをする……。
おや? いいところを考えていたはずなのに、気づけばディスっている。
「やっぱり、ないんだよね……そうだよね……」
ヤバイ、何か言わないと。
時間がかかっている時点ですでにかなりマイナスだ。
ええと、レナが目に見えて勝っている部分……。
「そ、それは……お、おっぱいとか?」
これだけは確実に勝っていると言える。
コールドゲームレベルで。
しかしテンパっていたとはいえ、出てきたのがよりにもよってこれだけとは。
これじゃあお前が勝ってるところなんておっぱいだけだよ、と言っているようにも取れる。
レナは俺の言葉に一瞬ピクっと反応したが、またすぐに目を伏せた。
「……他には?」
もっと欲しているらしい。
ていうか今ので怒らないのか。
よし、おっぱいで一勝、とでも思っているのか。
「……おぬしら、それでいいのか?」
案の定アムにすら心配されるというね。
ならば俺はむしろアムの弱みを探そうとすると、アムは呆れた顔で口を開いた。
「なんじゃ、ひねくれたおなごの機嫌を治すぐらい簡単じゃろ、さっさとしろ」
「簡単って、何をどうしろって……」
「そりゃあ、無理やり抱きしめて唇を吸って濡れてきたところを押し倒して……」
「魔族と違って人間の世界ではそれをやると犯罪なんだが?」
「ふん、ビビりおって、これだから童貞は。ええい、まどろっこしい。ならばわらわの目を見ろ」
どど童貞ちゃうわ、と反論する間もなく、無理やり両頬を手で抑えられて、ぐりっとアムの目の前に首を持っていかれる。
そして妖しく光る赤い目と目が合うなり、徐々に意識がぼやけ出し、体の自由がきかなくなる。
「さあトージよ、わらわの言うとおりに動くのだ。おなごを手懐ける手本を見せてやろう」
その声に導かれるように、俺の体は勝手にふらふらと動き出し、レナへと近づいていった。




