ブヒィブヒィ! (ブヒィブヒィ!)
イズナの突然の痴女行為に、俺もブタも思わず下半身に目が……。
「って何やってる!」
俺はイズナの首根っこをひっつかんで中に引き入れると、再びドアを閉める。
するとイズナは、我に返ったようにはっと目を見開いて、ぐいっと下着を持ち上げる。
「な、な、なんだおまえ! ノゾキか、チカンか、ヘンタイか!」
「変態はお前だろ! いきなり家の前でなにをしようとした!」
「家の前……? なにを言うか、あたしはきちんとトイレに……」
言いかけて、イズナの赤く染まった頬が、さっと青ざめていく。
この顔……どうやら寝ぼけてトイレと勘違いしたらしい。
しかし便器もないのに用を足そうとするとは、これいかに。
これはもしや……。
「お前、まさか常習犯じゃねえだろうな……」
「な、なんのことか……?」
雨も降っていないのに、なぜか玄関前の地面が湿っていた、などということが……あったようななかったような。
それにしても危険なことをする奴だ。
服が裾の長いワンピースタイプでなかったら、色々と丸見えになっていたところだ。
目を泳がせながらネコ耳をパタパタさせるイズナに、俺が疑いのまなざしを向けていると、今度は窓のほうからブタの声が聞こえてきた。
「ブヒヒィ! (いるぞ、さっきのかわい子ちゃんだ!)」
「ブヒブヒィッ!! (うぉお~! ネコ耳っ子萌え~!!)」
「ブッヒィィィ! (ブッヒィィィ!)
振り返れば三匹のブタが窓のほうに回りこみ、我先にと家の中を覗き込んでいた。
なにやら異様な盛り上がりを見せている。
ブヒブヒうるせえ。スキル機能してねえぞ。
おそらくブヒブヒとしか聞こえていないであろうイズナは、窓のほうを指さして目をぱちくりさせる。
「な、なんだあのブタ男は」
「あれは魔族だ、ブヒオークだ。なんか知らんが押しかけてくる」
「魔族? 魔族こわい魔族こわい!! 追い払って!」
急に騒ぎ始めたイズナは、さっと俺の背後に隠れて盾にする。
かと思えば、そのまま俺の背中をドアに向かって押し始めた。
「ちょ、押すな、なにすんだよ!」
「外に行って、追い払ってきて!」
「やめろ俺をいけにえにするな! あんなブヒブヒ言うブタ人間誰だって怖えよ!」
と言っている間も、俺の体はぐいぐいと入り口のほうへ追いやられていく。
例によってイズナのパワーに逆らえない俺は、器用に片手でドアを開けたイズナによって、結局外に押し出されてしまった。
一歩外に出たとたん、どたどたと回りこんできた三匹のブヒオーク達に囲まれる。
「ブヒ! (オイお前!)」
その中の一匹が、すぐさま俺の顔の前に巨大なフォークのような武器を突きつけてきた。
返答次第ではぶっ刺すぞみたいな雰囲気だ。
「な、なんすか」
「ブヒブヒ、ブヒ? ブヒヒ(さっきしゃべったのはお前か? 話せる奴を出せ)」
めんどくせえな……。
話す時はスキルのオンオフを切りかえないとダメか。
「ブヒブブヒ? (さっきのは俺だけど?)」
「ブヒィ、ブヒヒブヒ……。(ほう、発音も完璧だ。人間の割に話がわかる野郎じゃないか)」
ブタ男の口元がかすかに緩む。
何か気に入られたらしい。まあ言葉通り、話がわかるからな。
だがなぜか向こうがやたら上からなのが腹立つ。
「いきなりなんの用だクソ豚野郎」
「……ブヒ? ブヒヒ。(なんだ? わかるように話せ)」
「ブヒブヒブヒ? (どういったご用件でしょうか)」
「ブヒブヒブヒィ、ブヒ。(ちょっとあの子と話をさせろ、お前通訳しろ)」
ブタ野郎は俺の後ろでおびえているイズナに向かって、キリっと顔を作ってみせる。
ヤダかっこいい……わけがない。
「イズナ、お前ってブタから人気あるんだな」
「な、なんだと?」
「この方々が、お前と話したいんだってさ」
「絶対ヤダ。オーク嫌い。くさい」
一刀両断。
うーん、これを翻訳するのは楽な仕事だが、直訳するのは少しばかり忍びないぜ。
「ブヒ、ブヒ? (どうだ? どうだ?)」
「くせーんだよブタ野郎とっとと消えろ、だそうです」
「ブヒ? ブヒブヒ(なんだ? ちゃんと通訳しろ)」
だって素直に訳したら俺がぶっ刺されそうじゃん……。
なにもバカ正直にやる必要はないな。
「ブ……ブヒヒブヒ。(ええと……、その武器が怖いのだそうです)」
そう告げるや否や、ブヒオーク達はぽいっと武器を投げ捨てた。
「ブヒブヒ! (怖くないよ!)」
「……怖くない、だそうだが?」
「魔法ヤダ。魔法怖い」
またも振り返って通訳。
「ブヒブヒブヒ(あと魔法が怖いんだそうです)」
「ブヒ! ブヒヒ!(大丈夫、魔法とか全然使えないから!)」
……それはそれで魔族としてはどうなんだ?
イズナに伝える。
「魔法は使えないらしい」
「そういうモンダイじゃない。魔族自体がもうダメ」
なんなんだよ、結局ダメじゃねえか。
いい加減この茶番も飽きた。
とはいえ俺がこいつらに真っ向から挑んだら間違いなくボコられる。
こんなとこでこれ以上余計なGPは使いたくないし……。
そうだ、ここは。
俺はネコじゃらしのスキルを発動した。
「よく見ろイズナ。実はあれは魔族じゃない、ただのブタだ。ブタだぞ~」
「ぶ、ぶた……?」
「魔族じゃないぞ~ブタだぞ~丸焼きにしたらうまいぞ~」
「丸焼き……。じゅるり……」
ゆらゆらと揺れるネコじゃらしの先を、イズナの目が追い始める。
コイツの純粋な物理戦闘能力はマジで高い。
一度魔物を狩っているのを見たことがあるが、凄まじい手際だった。
基本はぼーっと日なたで眠っているか、隠れてシッポをいじっているかぐらいの印象しかないが、何か定期的に魔物を狩らないと気がすまなくなるらしい。
それがネコの本能なのか知らんが、とにかく魔法がからまなければ、いけるんじゃないかと。
やがてイズナの瞳孔がすっかり開ききったかと思うと、いきなりふところに手を入れて切り落とし丸を取り出した。
そしてキラっと刃を抜き放つと、イズナは俺を押しのけて家の中から飛び出した。
「ブヒブヒィ! (おほ~待ってました!)」
「ブヒィブヒィ! (ブヒィブヒィ!)」
エサを与えられたように歓喜の鳴き声を上げるブタ男達。
だがそれはすぐに……。
「ブヒィィィッ!? (ひぎゃぁぁああッ!?)」」
「ブヒッ!? ブブヒィ! (オ、オイ大丈夫……あっ、や、やめっ!)」
非常に聞き苦しい悲鳴へと変わった。
ブヒオーク達はすぐに身の危険を察知したのか、ばたばたと地面を踏み散らしながらこぞって逃げ出していく。
それをイズナが刃物を振り回しながら追いかけ回し、連中はあっという間に視界から消えた。
それからしばらく待ったが、イズナは戻ってこなかった。
よくわからない狩りの本能を呼び起こしてしまったようだ。
うーん、まあ、イズナなら大丈夫だろ。
……あれ? でも結局あのブタ男達は、なんだったんだ?
まあいいか、と踵を返して家の中に戻ろうとすると、建物の横手の方から人の気配がした。
振り向くと現れた人影が、たたたっと、小走りに近寄ってくる。
遠目からでも危険な匂いがして、俺は思わず身構える。
その人物は、明らかにサイズの合っていないパツンパツンの黒い服を着ていた。
どこかで見たような長い銀色の髪を揺らしながら、俺のすぐ傍までやってくるなり、上目遣いに笑いかけてくる。
「うふふ、また来ちゃいましたぁ」
予感は的中した。
その相手はやはり痴女……いや、再び人間の姿になったアムリルことアムだった。




