もぅマヂ無理……。
「うわっはっはっは!」
エデンティラ王宮、王の間。
その玉座では、広間に響き渡るほどの大音量で高笑いするレオン王の姿があった。
「魔王の奴め、結局尻尾を巻いて逃げていきおったか!」
レオンの手元には、つい先ほど届いた魔王からの書状が広げられている。
それは衛兵が魔族の使者から預かったものを、セバスが受け取り直接持参したものだ。
すっかりご満悦の王とは裏腹に、セバスは傍らで書状を覗き込みながら、訝しげに眉をひそめる。
「しかし不可解だと思いませぬか? 特にこの部分、『もぅマヂ無理……。お尻……お尻イタイ……。ほんと、お願い、お願いだから……やめさせて……。あの人たち、トイレの中まで入ってくるし……それはダメでしょ、反則でしょ……。キックの人毎回奇声上げてくるし怖い……バットの人はうれしそうに笑ってるし……。』」
「それは俺が言った通りだろう、きっと誰かが何とかすると!」
「いやこれ、本当に誰なんでしょうかねぇ……何か怖いんですが」
「それはもちろん、エデンを守るため、ひいてはこの俺を守るため、立ち上がった勇士に違いない! 実にあっぱれだ! もし名乗り出てきたら、褒美をやろう!」
バシバシ、と景気よく膝をたたくレオン。
また調子のいいことを……とセバスはその様子を横目で見やりながら、書状の精読を始める。
「それにまだ腑に落ちないのは、この書状によると、なにやら魔王は娘の言いなりになっていただけだと言う話。可愛い娘がひどい目にあわされたのだから、もちろん激怒しているよな? 報復するよな? と。あんまりその気はなかったけど、仕方なくエデン侵攻に踏み切ったと。それでその魔王の娘が、今度はエデンの町で何か世にも恐ろしいものを見たらしく、エデンにちょっかいを出すのはもうやめよう、と意見を変えたとのことですが……一体何を見たのでしょうかね?」
「さあな。魔王の娘が怖がるというぐらいだから、よほどの……まあ物の怪の類でも見たのだろう。何かそういう話がなかったか? 悪鬼か何かが夜な夜な現れるとか何とか……。それにしても、娘の言いなりになっていただとか、本当に情けない魔王だ。がっはっはっは!」
「……自分だっておねだりされたら逆らえないくせに……」
「なんにせよこれでエデンの平和は守られたな! はっはっは! 持ってる、やっぱ俺持ってるわ~」
レオンのバカ笑いを、セバスはげんなりした顔で聞き流す。
するとその時、カツカツと靴の音を響かせながら、王妃ルナハートが近づいてきた。
「もう少し、静かにできないものですかねえ……。この度はなんとかなったとはいえ……まだまだ気は抜けませんよ。依然として、この国には聖女の加護がないのですから」
「とは言うもののルナハートよ。今となっては聖女にこだわる必要もないのではないかと俺は思う。現にこうして、魔王を追い払っているわけだから……」
「あなたにとっては、そうかもしれませんわね。最近、すっかりお熱らしいじゃないですか。どなたでしたっけ? あの側室の……」
「レオン様、いくらぽっと出の男にレナハート様を取られそうだからってそれはなりませんぞ。エデンはあくまで聖女を中心とした体制を保つべきであって……」
「ええいそんなことはわかっとるわかっとる! だが一体、どうすれば聖女の力に目覚めるというのか。説明してみよルナハート」
「それは、口で言い表すには非常に難しいのです。必要なのは強い感情の力……言うなればそれは、愛の力とでも言いましょうか」
「何を言うかと思えば愛て。これだから女は」
「……何か?」
「いえ」
ルナハートに睨まれ、姿勢を正すレオン。
じりじりと視線で威圧しながら、ルナハートは続ける。
「何がきっかけになるかは、個人差があります。聖女のユニークスキル『聖女』の力は、まだまだ未解明、未知数なんですよ」
「まったく、聖女の聖女ってややこしいな。なにかこうわかりやすく、数字で表せないのか?」
「スキルレベルはあるにはありますが、スキルポイントで強化することはできません。その時々によって、変動するのです。本来、そういう数値化できるようなものではないのですが、あえて言うなら、今のレナハートはおそらくレベル2……自らを闇属性、魔物、魔族から守る力を持つ程度でしょう。とはいえこれからどのレベルの聖女にまで成長するか、まだわかりません」
「あの胸がまだ成長するとなると、まさに胸わくですな」
「おい、いい加減隠居させるぞジジイ」
レオンがセバスの首を締め付けそうな勢いで睨みつけるのを、ルナハートがなだめる。
「まあまあ、いいじゃないですか。セバスが今はなき私の母のプリンセスナイトとして、この国に残した功績は素晴らしいものです。またの名をおっぱいストーカーナイトとか呼ばれてましたね」
「ふっ、よしてください、昔の話です」
「なんかかっこつけてますけど、褒めてませんよ? 普通に貶してます。それにしてもプリンセスナイトのほうは本当に、不在の時期が長いですからね……」
「ああ……グレンのことですか。あれは優秀な男でしたが、とにかく運がなさすぎた。なんというか、生来の欝キャラなんでしょう。大体、ルナハート様がレオン様のほうがつよーいをやって、あの男をプリンセスナイト自主退任に追い込んだんでしょうに」
「あ、あら? そんなことあったかしら、よく覚えてないわ、ほほほ。ねえあなた」
「ん? ああ、そういえばそんな名前の奴もいたかな。どこかの田舎に引っ込んだんだったか? グレンだけに、グレたってな。がっはっは」
「うふふ、いやだもう」
そろって笑い出す二人。
それを見たセバスは、やっぱこいつらダメだわ、と盛大にため息をついた。
◆ ◇
アムリルを追い払ったその翌日。
突然、魔王が逃げ帰った、という知らせが街に広がった。
あれだけヤバイヤバイと前フリをされていたのに、あっけなく平和が戻った。
凄まじいスカシを食らった俺が、再び神ゲー三昧の日々に戻りつつあった、その矢先。
それはさらにその翌日のことだった。
朝起きて、顔を洗って、外の空気を入れようと何気なく窓を開けたら、
「ブヒヒ?」
謎のブタ男と、目が合った。
俺は反射的に、ピシャッと窓を閉めた。




