魔族だったらバラバラにしてもいいよね!
「え? えっ?」
アムが自分の体を見下ろしながら、驚きに目をぱちぱちとまたたかせる。
不気味なことに、その体はするすると縮みだしたかと思うと、頭からはにょきにょきと二つの角が生え始めた。
体に巻いたタオルがずり落ちそうになるところを、アムがはしっと掴むと、なんと背中にも小さな黒い翼がくっついているのが見えた。
顔も丸みを帯びて小さくなり、まるでそのまま時間が逆戻りして子供に戻ったかのような……。
「あっ! あの時の魔族!」
俺とレナはそろって声を上げていた。
すっかり小さくなったアムの姿は、聖剣を探しに行った森で遭遇した、アムリルという魔族にそっくりだった。
というか本人そのものだった。
アムリルは落ちかけたタオルを体に巻きなおすと、忌々しそうに聖剣を見上げる。
「うむむ……。まさか、ニンゲンニナールの効果が解けてしまうとは……その聖剣……」
アムリルは鼻をつまみながら、ばっと後ろに飛びのいて距離を取った。
「あいかわらずクサい!!」
そして眉をひそめながら嫌そうな顔をする。
なんだかよくわからないが、おそらく魔法か何かの効果で人間に化けていたということか?
その一方で聖剣の光が鈍くなった。
今のは勇者の剣とかによくある、魔法効果を打ち消す力みたいなのが発動したのだろうか?
そういえば鑑定した時の???はこの力のことだったのかもしれない。
「にしてもおぬしら、リアクションがイマイチ薄い! もっと驚け驚け! すっかり騙されおってからに!」
怪しい怪しいと思っていたので、ぶっちゃけそこまで驚きはなかった。
まあ、あの時の魔族だとは思わなかったが……ていうかアムで、アムリルって、名前そのまんまじゃねーかよ。
「ていうか、なんでお前……」
「ふふん、貴様、前回は勝った気でいたようじゃが……負けてもタダでは逃げんのがこのアムリル! ほれ、この前渡した指輪……あの指輪を持っている限り、どこに隠れようと居場所が丸わかりなのじゃ!」
「なに?」
びしっと人の顔を指さしてドヤ顔を決めてくるアムリル。
と言われても、今となってはあまり関係ないような?
「だいいち、別に隠れてないしなぁ……」
「こっそりお前が一人になる時をうかがっていたのじゃ。くっく、まんまと色仕掛けにハメられおって」
「いや、警戒心バリバリだったんだがそれは」
「ぬぅっ……そ、それだけではない、なんとその指輪には、徐々に淫乱になるという隠れ効果もある! ざまぁ~、ひゃひゃひゃ!」
「なんだって? なんてこった! クソっ、のぞむところじゃねえか!」
「む? なんじゃと?」
「あ、いや間違えた。レナ、ダメだその指輪、今すぐ外すんだ!」
なんだよそういうことだったのかよがっかりだ。
レナが性の喜びに目覚めたとかじゃねえのかよ。
「ヤダ。トウジにもらったんだから」
「そうか、嫌ならしょうがないな」
淫乱になってしまうのも仕方ないな。うん。
……なんてやってる場合じゃない。
「今の話、聞いただろ? 後で別のちゃんとしたのを買ってあげるから!」
「えっ、ホント? やった!」
レナはぱっと瞳を輝かせると、あっさり指輪を引き抜いて、そのまま床に投げ捨てた。
その扱い、それはそれでどうなんですかねぇ……。
「あっ、な、なんてことを!」
アムリルが慌てて指輪に飛びつくように拾い上げて、ふーふーと息を吹いて埃を払う。
妙に情けない姿だ。
コイツも相変らずしまらないな……。
「それにしても、結局自分から全部バラすとか、お前バカだろ」
「バカはお前じゃ、言わんかったら、してやったり感を出せんじゃろうが! それに、これはどの道返してもらおうと思っていたところじゃ!」
うーん、バカの思考は本当に読めないから困る。
人間に化けている時はもっとまともだった気がするんだが、魔族に戻ると知能が下がるのか?
アムリルが自分の指に指輪をはめ直していると、突然横からレナが嬉しそうな声を張り上げた。
「はぁ、なんだよかったぁ、魔族だったんだ。エデンの民でもなんでもないし、相手が魔族だったらバラバラにしてもいいよね!」
と、ウキウキな笑顔でじゃきっと剣を構えなおすレナ。
目が笑ってない、と言いたいところだが目も笑ってるよ逆に怖いよ。
俺は殺る気マンマンなレナをあわてて押しとどめる。
「ちょ、ちょっと待った、いやいやいや、いきなりそういう猟奇的な発言はやめてください。ここでそういうのは……」
「え? どうして? あ、そっか、ここだと汚れちゃうからね」
何で汚れるんですかねぇ……。
借り物の家が訳あり物件になってしまう。
「でもだいじょうぶ、バレないように後でキレイにすれば」
そう完全犯罪を提案すると、レナは俺が止めるのも聞かずに、一歩二歩、じりじりアムリルとの間合いを詰めていく。
アムリルはその狂気交じりの聖女オーラに気おされて後ずさりかけたが、ぐっと踏ん張って巻き返しを図った。
「ま、待て待て! わらわは、かの魔王アズナギアの可愛い可愛い一人娘じゃぞ! わらわの身に何かあったら魔王が黙っとらんぞ! これから先、何がどうなるかわからんぞぉ~!」
「へえ~じゃあ、これから戦争だね。でもどの道あなたは、後のことを気にする必要はないよね」
「あ、あひぃっ、ご、ごめんなさい調子に乗りましたすみませんすみませんやめてください!!」
レナハート様の圧力外交。
お父様、どうですかこの素晴らしい手腕は。
ていうかこいつ、まさかの魔王の娘なのかよ……。
どうりであの時も偉そうだったわけだ。
まあ口からでまかせを言っている可能性もあるが……割とマジっぽいんだよなぁ。
そうだとするとちょっと面倒だな……。
ここに来てやっと自分の絶対的窮地に気づいたのか、目に見えてアムが取り乱しだす。
「ち、ち、違うんですぅ! これは何かのマチガイで……そんな、決してトージ様をたぶらかして邪魔な聖剣をかすめとろうなどとは……」
素直に自分から告白していくスタイル。
よほどにおいがキツイのか、アムリルはすでにヒザがガクガクになって立っているのがやっとの様子。
俺でさえ得体の知れないレナの迫力に押され気味なのに、これは相当テンパっている模様。
「……ぐ、ぐぅう、聖剣さえなければ、魔法さえ使えればこんな小娘ェ……」
「言い残すことはそれだけ?」
「ひ、ひぃぃっ、ど、どうか命だけはぁっ! お、お助けをぉおっ!!」
とうとうアムリルはがばっと床に両手をついた。
頭の高さから折り曲げる腰の角度まで、まったく非の打ち所がない。
思わず見とれてしまうほど、相変らず土下座スキルが高い。
こんな見事な土下座をされてはさすがにかなわないと思ったのか、レナは一度剣を下ろした。
そして改めて大上段に振りかぶると、
「って待て待て!」
容赦なくアムリルの首を斬り落とそうとするレナを、あわてて押しとどめる。
今土下座している人の頭を介錯する気満点だったよこのお人。
「なに? トウジも一緒にやる?」
「そんなケーキ入刀じゃないんだからさ……。いや、こうやって謝ってることだしさ、今回は……いや今回こそは、ってことにして」
相手が魔王の娘となると、ここで万一殺しでもしたら、後々ヤバイことになるに違いない。
本当に戦争だなんだって始まるのは冗談じゃないぞ。
なにやら許す流れになってきているのを敏感に嗅ぎ取ったのか、アムリルが勢いよく割って入ってくる。
「あっ、ありがとうごじゃます! ありがとうございますぅ……! いやぁ、寛大なお心で……さすがトージさまさまでございます。そこで、お詫びの印と言ってはなんですが、ぜひこのペンダントを……」
「わーキレイ。くれるんだ」
「いらんいらん! どうせまた変な効果がついてるんだろ!」
アムリルは「ちっ」という顔をしてふところにしまった。
またこんな手に引っかかるバカだと思われているところがムカつく。
「もういいよ、許してやるから、その代わり魔王にこのまま引き下がるように言ってくれ」
「はい承知いたしました。それはもう仰せのままに……」
アムリルは「それでは失礼いたします」と営業マンばりにぺこぺこ頭を下げながら、出口に向かって下がっていく。
その途中、床に横たわったままのイズナにけつまずいて転んだが、起き上がるなり「いつまで寝とるんじゃぼけ!」とゲシっとイズナにケリを入れて出て行った。
う~ん、この弱者には容赦のない安定のクズっぷり。
本当にこれで魔王が引き下がってくれればいいんだが、望みは薄いかもな……。
「はぁ、やっぱり甘かったかなぁ……。……魔王にケツバット……魔王にタイキック……」
「なあに? それ」
「ああこれ、スキル発動してるんだよ。音声認識でね」
「ふ~ん?」
レナはよくわかってなさそうだ。
俺自身、このスキルの効果がどうなのか不明だけど。
まあ気休め程度にね。
なにはともあれ、ひとまずアムの件はこれで一件落着……か?
俺がそうほっと息をなでおろしたところに、レナがおもむろに口を開いた。
「それで私が来るまで、あの魔族に騙されてなにをやってたの?」
「……え?」
……うーん、やっぱりこれからが本番か。




