怒りのレナハート様モード
その声ではっと我に返った俺は、あわててアムの体を押しのける。
意図せず胸元に触れてしまい「やぁん」とアムの口からエロい声が漏れたが、さっと両手を挙げて僕はやってませんのポーズをとる。
その直後、どたどたと犯行現場に駆け込んできたレナが、俺たちの姿を見て固まる。
「……あれ?」
時が止まった。
レナは目を見開いたまま、身じろぎ一つせず立ちつくす。
そうなるのも無理はない。
今の状況、第三者が見れば間違いなく異様な光景だろう。
半裸の女が二人。
一人は胸元を押さえて身をよじり、もう片方は息も絶え絶え床に横たわっている。
ご存知のように俺は全くの無実である。
だが、見ようによっては俺が派手に3Pしていたように見えなくもない。
まあ、あくまで最悪の可能性の話だ。
なんやかんや言っても、俺とレナの間にはそれなりの信頼関係がある。
なのでレナがそんな穿った見方をしてしまう、なんてことはないだろう。
大丈夫、きっと大丈夫。
俺の体感で十分近くの長い沈黙があった後、レナはヘブン状態のイズナに視線を落とした。
「もう、イズナったら。こんなところで寝てたら風邪引くよ?」
そう言いながらレナは、イズナが取り落とした切り落とし丸を拾い上げた。
……え?
どうするんですかそれ?
もしかして……去勢ですか?
「お、落ち着け、違うんだレナ、これは……」
「あのね、お城でみんな、聖剣を探してて……そういえばトウジが持ってたなぁって思って、急いで来たの」
「ま、待て、これには色々と経緯があって……話せばわかる、話せば」
「それに、ここもそろそろ危険だから、トウジも一緒に王宮に避難したほうがいいと思うんだけど」
レナはぐっと切り落とし丸を握りしめて近づいてくる。
会話と行動が全くかみ合っていない。
そろそろどころか、今現在すでにとてつもない危険を感じているんだが?
それに見えているはずなのにアムを完全に無視している。
レナはそれでいいのかもしれないが、アムのほうはそういうわけにはいかない。
「どうも、こんにちはぁ」
平然とあいさつしていくスタイル。
こっちはこっちで手ごわい。
声を発したとあっては無視するわけにもいかなくなったのか、レナは威圧感たっぷりにぼそっと尋ねてきた。
「……誰?」
「え、えっと、彼女はアムって言う子なんだけど、偶然、街で会って……」
「……何?」
何? っていう疑問詞を使われると返答に困るんだけど……。
「そ、それは……そう、近くの村から逃げてきたらしくって……」
「それがなんでそんな格好してるの?」
「ちょっと体が汚れてて……お湯を使わせて欲しいって言うから」
そんな疑いの眼差しで見つめられても、それ以上の情報は出しようがない。
本人に聞いたほうが早いと思ったのか、ついにレナは正面からアムに向き直った。
「ええと、そこのあなた? お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
「私、アムです」
なんだこれ、いきなりキャラが違う。
はっ、まさかこれは王女……レナハート様モード?
「アムさんというのですね。近くの村というと、エルトの村人でしょうか。ところで私はこの国の王女レナハートです。私の父はこの国の王です」
「はあ……」
「ここは王女である私と、彼が、特別に王から与えられた住まいなのです。あなたのような部外者が来ていい場所ではありません。即刻退去しなさい」
どんだけ王とか王女とか強調すんだよ。
あれだけ隠していたのにいきなり公権力使いだしちゃったよ。
ガチだ、ガチで潰しにかかってるわこれ。
いきなり権力右ストレートをかまされて、「ははぁ~王女様」となるのかと思いきや、アムは不敵に笑ってみせた。
なんだこの王女にも負けてない余裕の態度は。
「ええと、私、魔族に村を追われて、命からがら逃げてきて、どこにも行くアテがないのですが……。それでも出て行けと?」
「え? ええと、そ、それは……」
「女の体一つで放り出されては、どんな危険があるかもわかりません。どこぞで野たれ死ねということでしょうか? なるほどエデンの王女とは、国の民をないがしろにする非道な人物なのですね」
「う、うぅ……」
ダメだ、最初の勢いだけだった。
レナハート様やっぱおつむがちょっとばかし弱い。
早くもごめんなさいしそうな勢いだ。
レナが助けを求めるようにこちらに視線を送ってくる。
この完全論破された状況を俺にどうしろと?
「それに私はトージ様の許しを得てここにいるのですけど? 色々と親切に、優しくしていただいて……どこぞの誰とは大違いです」
それを聞いたレナの頬があからさまにひきつる。
「ふぅーん、何をどう優しくしたのかなぁ~……?」
「い、いやっ、そんなことより今は、そう、それよりも聖剣だよねそうそう、聖剣……」
全力で聖剣に話をそらそう。
いやぁこういうとき聖剣は便利だよなぁ。
「えぇーっ、聖剣なんてあるんですかぁ? すっごおぃ、私も見たいですぅ」
苦し紛れだったがアムもなぜか異様な食いつきを見せてくるし。
聖剣(意味深)というわけではなければいいが……。
「あれ、どこに置いたんだっけなぁ……邪魔だったから移動したんだけど……」
レナのギラギラした視線に内心ビクビクしながら、必死に記憶を辿る。
そうだ、このソファの下にエロ本よろしく隠しておいたんだった。
まさに灯台もと暗しというやつか。
俺はソファーから下りて身をかがめ、床との隙間に手を差し入れて聖剣を引っ張り出す。
「あっ、聖剣……ち、ちょっと見せてください!」
「ダメ! 私に貸して!」
取り出したとたん、アムがいきなり手を伸ばしてきたが、今度は負けるかと言わんばかりにレナが横からかっぱらう。
「なにするんですか、ちょっとぐらい触らせてくれてもいいじゃないですか!」
「ダメです、これは触らせません!」
「わぁ~、外道な上にケチなんですねぇ王女様ってぇ~。信じられな~い。みんなに言いふらそ~」
「ふ、ふん、ケチでけっこう、なんとでもどうぞ」
「まったくこんなお堅い調子じゃ、アッチのほうもガードが堅いんでしょうね。トージ様も相当、欲求不満がたまっている様子ですし」
「ぐぅう、な、なにを、この……」
必死にこらえているようだが、レナの煽り耐性はやはり低い。
顔が見たこともない、清楚な王女様にあるまじき表情に変わっていく。
それに何かズゴゴゴ……と聞こえるはずのない威圧音がするような……。
このままだとヤバイ。
後の収拾をつける俺の負担が。
「ちょっと、二人とも……」
アムがさらにレナを煽っていくところに俺が割って入ろうとすると、いきなりレナの持つ聖剣が光り出した。
かなり激しい。
俺が使った時とは違う輝き方だ。
「ああっ!?」
とその時、声を上げたのはレナだったかアムだったか。
レナが聖剣をかざしたその先、アムの体からは、どういうわけかジジジ……と煙がくすぶり出していた。




