隠しきれないビッチ臭
「いってぇ……」
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
目を開くと、そこにはマウントをとりながら大丈夫ですかを連呼する女の子が。
やや赤みがかったダークブラウンの瞳が、至近距離でこちらを覗き込んでくる。
長い銀髪に、やたら白い肌。
年は俺と、そう変わらないぐらいだろう。
胸元が若干控えめなところをのぞけば、レナとタメを張れるほどの美少女だ。
「大丈夫ですか、ごめんなさい、私……」
「と、とりあえず、下りて……」
またがりながらお尻をグリグリ押し付けてくるのはやめてください股間が大丈夫ではなくなります。
女の子は「あっ、いけない私ったら」と大げさに身振りをした後、大胆に足を開きながら立ちあがる。
ところどころ擦り切れた、やたら裾の短い衣装を着ているので、がっつりパンツが見えた。
黒か……。
「ごめんなさい、とっさに止まれなくて……」
「ああ、いや、俺もよそ見してたし……」
今度はパンツ以外よそ見せずに、ゆっくりと立ち上がる。
しかし、心なしか向こうが無理やりぶつかってきた感がなきにしもあらず。
まあ気のせいだとは思うけど……。
だいたいこんな美少女が俺にタックルかましてトライを決めるメリットなんてないだろう。
にしても何をそんなに急いでるんだか。
「あの、私……エルト村から、逃げてきて……。魔族たちがやってきて……村が占領されてしまって」
「魔族に占領……? マジか」
「それで命からがら、やっとこの街についたんですけど……痛っ」
「ど、どした?」
「今ので、ちょっと足をひねっちゃったかも……」
彼女は顔をしかめながら、足首を手で押さえる。
見れば履いているブーツは、ぼろぼろでところどころ穴が開いていた。
「う~ん、どっかで診てもらわないとダメかな」
「いえ大丈夫です、どこかでちょっと休めば……」
「休むところねぇ、ええっと、このへんだと……」
引きこもり気味な俺は、まだこの街にあまり詳しくない。
首をひねっていると痺れを切らしたように、女の子のほうがせかしてきた。
「本当、どこでもいいんです。例えばほら、お兄さんの家とかでも……、ありますよね?」
「え? ああ、あるにはあるけど少し距離が……」
「いいですいいです、そこ行きましょ行きましょ」
あれ?
なんか思ったよりグイグイ来るな。
まあどの道帰るつもりでいたし、むげに断ることもないが……。
「あぁ本当、助かります」
普通に歩いてないかこの子?
すごく痛みを我慢しているのかもしれないけど。
彼女の体は泥とか土で汚れていて、なるほど必死に逃げてきたのだろう。
こういうのを見ると、魔王が攻めてきているというのもがぜん現実味を帯びてくる。
やっぱ家は焼かれ金品は奪われ女子供は……みたいな感じなのかねえ。
この子の服もところどころ破れたりしているのを見ると、嫌な想像をかき立てられてしまう。
ここは安心させてあげる意味もこめて、軽く話を……。
「あ、えっと、君名前は?」
「え? 名前? そっか、名前……」
名前を聞かれて何をそんな考えることがあるのか。
彼女は少し間を取った後、
「私、アムといいます」
「アムさん、ね……」
「そんなアムさんだなんて、呼び捨てでいいですよトージ様」
様って……。
悪い気はしないけども、なんだかこそばゆい感じだ。
……ってあれ? ちょっと待てよ。
「……俺、名前言ったっけ?」
「え? 言いませんでしたっけ?」
「言ってないと思うけど……」
確実に言ってないはず。
もしや見破り的なスキルで見られた?
俺が警戒のまなざしを送ると、アムは一瞬目を泳がせ、
「きゃあっ」
いきなりけつまずいて盛大にコケた。
お尻を突き出すような格好になり、パンツがモロ見えになる。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
「す、すみません、やっぱり足が……きゃっ」
アムは露わになったお尻を隠そうと、めくれあがった裾を慌てて手で押さえつける。
だが微妙に隠しきれていない。
その上さっさと立ち上がればいいのに、いつまでももぞもぞ腰をくねらせている。
まるで誘ってるのかと言わんばかりの、このむっちりとしたお尻の卑猥な動き。
全く、この往来で何やってんだか。
なんていうかこれは……動画を撮れる神スキルってありませんか?
手を貸してやって、やっと立ち上がったかと思うと、アムはわざとらしく両手で頬を覆ってみせる。
「やだもう、恥ずかしい……あの、もしかして今……見ました?」
「あ……うん」
見ました? というレベルではなくガッツリ見せ付けられたのだからそう答えるしかない。
アムは「いやぁ、もう」といっそう恥ずかしがるそぶりをすると、すすっと俺の耳元に顔を寄せてくる。
「……今の、ナイショですよ?」
耳全体をくすぐるようなささやきに、思わず背筋がぞくっとする。
これはあざとい。
だがもはやそれを突き抜けてエロい。
何かうわべ取り繕っているが、この子からはどうしても隠しきれないビッチ臭が……。
そして怪しい。
大体おかしいだろ、なんで村を襲われて必死に逃げてきた村の少女Cみたいなキャラがこんなエロいんだよ。
さっきの名前のこともあるけど、俺の疑問はとにかくそこに尽きるね。
ここで普通の男なら、ラッキー何かエロそうな可愛い子と知り合いになれたと、コロっと騙されるのだろうが、俺はそう簡単にはいかないぜ。
何のつもりか知らないが、この女……。
と俺が身構えようとすると、アムがすかさず腕を絡めつつ体を密着させてくる。
「その、大変、あつかましいんですけど……やっぱり足が痛むので、こうやって少し腕を貸してもらってもいいですか……?」
「あ、ああ、いいっすよ、全然」
いやー柔らかいですよね女の子の体って。
……いや今のは違う違う、足が痛いのなら仕方ない。
それに確たる証拠もなく人を疑うのはよくないな、うん。
ここはもう少し様子を見るとするか。そうしよう。




