聖女さまぁーッ、アーッ、ホアアーッ!!
「ちょっ、レ、レナさん! お、落ち着いて! 落ち着いて!」
突然の暴挙に、俺は慌ててレナの腕を押さえてなだめる。
にしてもビックリした。まさかいきなり破壊しようとするとは。
「はぁ、はぁ……」
なんで息切らしてるの……。
幸せムードから一転して険悪な雰囲気に。
「もうムリ、これムリ……」
「ま、まあ気持ちはわかるけどさ……一応約束なわけだし、戻らないと……」
「だいじょうぶ、もう五回ぐらい無視してるから。それに今日、ホントは危ないから出かけるなって言われたけどダッシュで出てきたから」
それアカンやん。全然大丈夫じゃない。
魔王が近くまで来てるってなったら、危険だしそりゃ止められるだろう。
「やっぱレナは戻った方がいいよ、のんびり散歩なんてしてる場合じゃない」
「なんで!? せっかくトウジとこうやって……! そもそも魔王が来てるからどうとかって、そういうの私関係ないし!」
「いや関係なくはないだろ、お前それでも王女か!」
やっぱりだ。この女、全てを忘れて散歩しようとしてやがった。
お前が言うなだけども、全く危機感がない。
「お前……」
レナが小さくそう繰り返す。
……あ、つい勢いで王女様をお前呼ばわりしてしまった。
もしやこれは無礼者! となるパターンか……?
「あ、いや、今のは……」
「なんか、今のいいかも……」
「は?」
「お前って、もう一回、言ってみて?」
「それはできませんレナハート様」
「なんでもう、いじわるぅ」
レナがぼふっと、軽く肩をこづいてくる。
だとかやってる間も、レナが手にした宝玉は激しく明滅を繰り返している。
これは相当な勢いで呼んでいるに違いない。
インターホンで言ったら、それはもうピンポンピンポン連打している状態だろう。
「別にそういうの、気にしなくていいのに。だから最初、ヒミツにしてたんだよ?」
「は、はは……まあ、それはいいとして、早く戻らないと……」
「ヤですぅ~」
「嫌ですじゃなくてさ……」
「そんなに言うなら、最後に……して?」
そう言ってレナは薄く目を閉じると、あごを持ち上げて唇を軽く突き出してきた。
父からの呼び出しを無視し、まさかの野外プレイを要求し始める娘。
人通りはあまりないとはいえ皆無ではない。
多少影になっている場所ならまだしも、こんな大通りのど真ん中でとか……。
レナを見てすぐ王女だとわかる人間は少ない。
だがもし万一誰かに見られていて、聖女様が路上で破廉恥な行為を、だとか噂が広まるのは非常によろしくないだろう。
それに正直に言うと、高確率で息子が反応してしまうので避けたいというのが本音だ。
迫り来るレナの唇にどうするか迷っていると、その時遠くからやたら通る声で名前が呼ばれた。
「レナハート、トウジ!」
ぎくっとして声のほうを振り向くと、5、6人の兵士の集団が通りの向こう側からこちらへやってきていた。
その先頭にいるのは、一人だけやたら目立つ白銀の鎧を着た……かの神聖騎士、レックハルト王子ことレックだった。
レックというのは愛称かなんか知らんが、「私のことはレックと呼んでくれ」とうるさいのでそう呼称する。
すぐ近くまで来たレックは、じろりと一度俺たちの姿を認めると、レナに食ってかかった。
「やっと見つけたぞレナハート。どうして呼び出しに応じない?」
「呼び出しなんかあったの? 知らない、これ壊れてるんじゃない」
「今そのお前の手元でけたたましく光っているものがか?」
なぜそんな二秒でバレる嘘をつくのか。
やたら強気なレナに、レックも負けじと応戦する。
「とにかく、ふざけている場合ではないのだ。この街にも、いつ魔族がやってきてもおかしくはない。レナハート、お前は取り急ぎ城に戻れ」
レックはいつになく真剣な表情だ。
前回のようにお芝居でした、なんていうことは、今度こそありえない。
「でも、だって……」とレナが渋っていると、急にレックの背後に控えていた兵士達が前に飛び出してきた。
「レナハート様、今こそ聖女のお力を!」「聖女の力、魔族に思い知らせてやりましょう! 是非とも!」「なにとぞ、なにとぞ!」
兵士達はそろってレナの前で膝をついて、声を張り上げつつ熱心に拝み始める。
傍目から見てもそれは異様な光景だった。
なんだ、いきなり大の男ががん首そろえて聖女聖女って。
何か怪しい宗教団体みたいだな。
案の定レナは困ったように視線をさまよわせながら、肩をすくめる。
「そんな、やめてみんな……。聖女って、私、そんな力なんてないし、どうせ落ちこぼれだし……」
聖女の力について、前にレナから聞いたことがある。
本来は、魔族を寄せ付けないほどの凄まじい力があるというのだが、レナはまだ本格的に力に目覚めていないらしい。
何かしらきっかけが必要らしいのだが、どうすればいいかわからず、それを気に病んでいるのだと。
だからこんな風に迫られて、困惑するのは当然なわけだ。
「聖女様、どうか、どうかお願いします! お力を! 我々をお守りください!」「レナハート様、ばんざーい! ばんざーい」「聖女さまぁーッ、アーッ、ホアアーッ!!」
そうこうしているうちにも、兵士達の勢いはどんどんヒートアップしていく。
なんかヤバイの混じってるが大丈夫か?
それを受けてさらにレナが萎縮する。
そんな光景を見ながら、ふとある疑問が俺の口をついて出た。
「あの、皆さん騎士だか兵士だかよく知りませんが、普通こういうとき、王女を守るために戦うもんなんじゃないですかね?」
お前が言うな、と即突っ込みをいただきそうだが、どうしても口を挟まずにはいられなかった。
しかし余計なことを言ったかな。何かすごい形相で睨まれているような……。
「あ、でもまあ皆さん、色々と事情ありますよね~あはは」と早くも前言撤回しようとすると、レックが隣でやたらでかい声を上げた。
「トウジの言う通りだ! お前らがそんな弱気でどうする! たとえ聖女おらずとも、国を守れぬようで何が騎士か! こたびの戦いは、聖女の加護は無いと思え!」
変な人だ、と思っていたが、決める時は決めるようだ。
騒いでいた兵士達が、一気に沈黙する。
これで一件落着か、と思いきや、代わりに今度は悲鳴のような声が上がった。
「だ、ダメだぁあっ、聖女の力がないんじゃ、この国はおしまいだぁああっ!」
「魔族と真正面からやりあうなんて、ムリに決まってる! もうやってられるか!」
そう叫ぶなり、どたどたと二人の兵士が逃げ出した。
「あっ、おい、待て!」
残った兵士達が呼び止めるが、逃げた兵士はわき目も振らず走り去っていく。
レックハルトはその様子を悠然と眺めていたが、やがてこちらを向き直り、
「……と、まあこんな感じだ。我が国の兵はいろんな意味でもろい。これまで聖女、ならびに聖姫守護騎士頼みだったのがアダになったな」
やけに達観しているようだが……二人逃げてますよ?
この落ち着きようはおそらく、こんな感じのやり取りをすでに何回かやってるのかもしれないな。
「いやでもあんた……あ、王子は、何かアテがあるんすよね?」
「いや、ないが?」
「え?」
「魔王が攻めてくるなどということは、何せ前代未聞だからな。その辺の魔族ならいざ知らず、相手が魔王とあっては聖女の力抜きではまともに太刀打ちできんだろう。さらにその魔王の娘もそれに比肩するほどの強さを誇るというのだから、私も穴があったら隠れたいぐらいだよ、はっはっは!」
えぇ……さっきあんだけ大見得切っておきながら、開き直って笑ってるよ。
やっぱこの人頭おかしいな、うん。
「まあ、全く何もない、というわけではないが……」
レックはそう言いながら俺に意味深な笑みを残すと、レナに向き直る。
「とにかくレナハート、わかるな? 兵達の士気を高めるためにも、城へ戻れ。お前がフラフラしていると困るのだ」
さすがのレナも事態の重さを感じ取ったのか、おずおずと俺の顔色をうかがってくる。
すかさず頷き返してやると、レナは別人のように落ち着いた声で言った。
「……わかりました。戻ります」




