神イケボからの先っちょだけ
「お願いします、エミリの姉貴!(イケボ)」
ギルドへとやってきた俺は、適職診断の窓口でエミリに頭を下げていた。
いきなりご指名したものだから、向こうはかなり困惑気味だが、ここまできたらひたすら押すしかない。
ちなみに現在、「先っちょだけ! 先っちょだけだから!」というスキルを発動中である。
意味不明な名前のスキルだが、これを使うことにより、交渉の成功率が若干上がる。
さらに神イケボとのあわせ技。完璧な布陣。
「ちびっこ女にコケにされるのはもう耐えられないんです。僕を男にしてください!」
「だから、さっきからいきなり何言ってんのよ、そんな……」
「ダメなのは重々承知の上ですが……なんかこう、特別に……」
転職させてくれないかな。
俺のステータスが多少足らなくても、転職させる側がちょっと頑張れば案外いけるんじゃないかと思うわけだ。
「で、でもそういうのは、私あんまりよくないと思うっていうか……」
「そこをなんとか。こんなこと頼めるの、エミリさんしかいないんですって」
「わ、私しかいないって……」
意外に渋るなぁ。
エミリのことだからノリノリで、「よし、ガンガン転職させてあげるわ!」なんて言ってくれるかと思ったのに。
だがこの反応は明らかに、何か裏技がある!
間違いないね。
「いや、ほら、例の彼女はどうしたの?」
「え? レナのことですか? いやーダメなんですよねそれが」
たしかにレナは誰か一人をプリンセスナイトにできるという転職スキルを持っているが、今それはお呼びではない。
でも少し変だな。
レナは自分が王女だということをできる限り秘密にして欲しい、ということで話していないので、エミリはそんなこと知らないはずだけども。
まあ細かいことはいいか。
さっきの「エミリしかいない」という文言が結構効いたのか、エミリは口では嫌がりつつも少しうれしそうな素振りではある。
「と、とりあえず、今は仕事中だから、後で……。ほら、最近ギルドも色々と立て込んでて……」
エミリは若干目を泳がせて言葉を濁しながらも、机の上に置いた紙に、サラサラと何か書き始めた。
見ると地図らしく、ある地点に矢印を入れて202号室と書かれている。どこかの貸し部屋のようだ。
エミリの仕事は夕方終わるので、時間を見計らってここに来い、とのこと。
なるほど、そういう特別扱いを公衆の面前でやるわけにはいかないということか。
にしてもやった、言ってみるもんだ。これで俺もパワー系お兄さんの仲間入りだ。
「頼れる~。さすがエミリの姉貴」
「え、えぇっと、う、うん……。でもその、姉貴っていうのやめてくれない?」
以前ふとしたはずみで、エミリの年齢が俺よりピー(自主規制)ほど上だということが発覚してしまった。
見た目よりわりとトシ食っていた。
年長者を敬うのは当然と、敬語使いになったのだが、それもなるべくやめろという。
どんだけ若く見られたいんだよ。
「ありがとう、助かるよエミリ(イケボ)」
「なんかそれもうざいからやめて」
ずっとイケボならまだしも、こういう使い方は煽りにしかならないようだ。
また一つ学習した。
その後俺は、定年を迎えてヒマを持て余した老人のように街を徘徊し、時間を潰した。
レナから与えられた少ないお小遣いで買い食いをし、最後は結局、広場のベンチで一人ひたすらゲームをやっていたら、いつの間にかあたりは暗くなっていた。
この感じ……ハロワに行くと言いつつ、公園で携帯ゲームやって丸一日潰した気分に似ている。
一瞬こんなんでいいのか俺の人生? という不安に襲われたが、すぐに思い返した。
現代日本とは違って、通行人に働けニート! と言わんばかりの冷たい視線を浴びるわけでもないし。
ただ何の因果か、家にいづらいという状況は非常に似通っている。
まあイズナの逆襲が怖くて家に帰れないなどという情けない現状とは、すぐにおさらばになるはずだ。
薄暗い街中を歩き、俺はエミリに渡された地図の場所にやってきた。
そこそこに大きな建物だ。宿屋よりも長いスパンで部屋を借りられる所で、いわゆる賃貸アパート的なものらしい。
指定の部屋は、ここの二階の202号室。
階段を上がり、通路を歩いて部屋のドアを叩くと、すぐに扉が開いて中からやや驚き顔のエミリが出迎えた。
「ほ、ホントに来たんだ……」
「ん? そりゃ、来るに決まってるでしょう」
自分で来いって言っておいてどういうことなんだか。
しかしここ、転職用の場所とかそういうわけではなくて、単純にエミリが借りている部屋のようだが。
成り行きとはいえ、女の子の部屋にお邪魔する事になるとは思わなかった。
いや、女の子、って感じでもないんだけども。
いつもと比べて妙に口数の少ないエミリに招き入れられて、中に入る。
部屋は六畳一間、とまではいかないが手狭だ。
割とキレイにしてある……というか、ついさっき慌てて片付けました、という感じがしないでもない。
すすめられるがままに腰を下ろすと、エミリが落ち着かない様子で口を開いた。
「ええっと、その……本当に、私でいいわけ?」
「え? いやもう、できるんだったら誰でも……」
転職なんて誰がやっても一緒なんじゃないのか?
ああでも、そういう返し方はまずいな。
「あ、いや、エミリさんしかいないっす」
「そ、そう……。で、でも! わ、私だって、誰でもって、わけじゃないんだからね? そんなに、慣れてるわけじゃないし……」
なんだよ、急に弱気になって。
あれだけ張り切って転職転職言ってたくせに。
……ああ、こういうイレギュラーな方法は、という意味か。
それでこの妙な緊張感、もしや見つかったらヤバイとかそういう感じか?
「わかってるって、このことは誰にも言わないよ」
「あ、ああ、そう。……あぁ、なにやってるんだろう私、なんでこんな……オッケーしたのかなぁ」
「えっ、ここまで来てやっぱりやめるとかは……」
「わ、わかってるわよ。念押すけど、頼んだら誰でも……とか、勘違いしないでよね! ……そ、そうだ、代わりに神スキルのこと、ちゃんと教えてもらうからね」
ここに来て交換条件とは。
まあタダでやってもらうのも悪いし、仕方ないか。
それよりもそんなもったいぶらいないで、さっさとしてくれないかな。
そろそろ腹が減ってきた。
俺は座ったまま、エミリが意味もなく部屋をぐるぐる歩き回るのを眺める。
これは転職の儀式が始まったのかな? と思い待っていると、とつぜんエミリは俺のすぐ隣に腰を下ろした。
エミリはキャミソールのようなラフで胸元の際立つ服を着ているため、思わずそこに目が行ってしまうのは仕方がない。
だがあんまり凝視するのもまずいと顔を上げると、近くでエミリとまっすぐ目が合った。




