遺憾ながら発情期
俺は驚いて腕を引く。
「な、なんだよ気持ち悪いな……」
「気持ち悪いとは失敬な」
とかなんとか言いつつまたすり寄ってくる。
「だからなんだっての」
「まことに遺憾であるが、いまはネコの発情期である。不本意ながら、これはいたしかたない。じつに無念だ」
なにが発情期だ、レナのマネじゃあるまいし……。
その割にしれっとした顔で言う。なにやら冷静だし。
しっしっと追い払うが、イズナはめげずにまとわりついてくる。
これでは気が散ってゲームに集中できない。
「おい、これ以上俺の邪魔をするようなら、わかってるだろうな」
「うにゃ?」
完全に素に戻っていたイズナは、人間の言葉などわからんとでも言うような顔で、首をかしげる。
だがその直後、いきなり飛び掛ってくるなり、舌を伸ばしてざらりと俺の頬を舐めあげた。
「ひぃいっ!」
ぞわっと鳥肌が立つ。
反射的に引き剥がそうとするが、さらに食らいついてくるイズナ。
すぐさま、謎の取っ組み合いに発展する。
くそこの野郎、いい度胸じゃねえか。
最近別の意味でもすっかり舐められているからな。
今日こそどちらが強者か、しっかりわからせてやる。
発情期だなんだとか言ったところで、力にものを言わせれば所詮は男と女……。
「にゅふふ、おとなしくしろ」
数秒後。
俺を上から見下して、舌なめずりをするイズナの姿があった。
またしても騎乗位です本当にありがとうございました。
やっぱり、楽勝で負けるんですよね……。
イズナは胸元に顔をうずめたかと、グルグルと喉を鳴らしながら、首筋に舌を這わせてくる。
そ、そこはらめぇ……ってこれはシャレにならん、お、犯される!
「ネ、ネコじゃらし!」
身の危険を感じた俺は、すぐさまそう叫ぶ。
この前新しく得た音声認識スキルにより、音声認識に対応している一部のスキルを、声で直接発動できるようになった。
マジックウィンドウの起動だってできるし、今のように、自由にウィンドウを手でいじれない場合などに重宝する。
「やめろ、離れろ! 止まれ! どっか行け!」
ネコじゃらしを手にした俺は、イズナを追い払うべくひたすら命令を下していく。
けど全然効かねえ……。
単純に確率の問題なのか、命令の内容がダメなのか、いまいちわからん。
そうしているうちにも、イズナの舌はさらに上に迫り、耳元にまで到達する。
すると今度は、あろうことか耳を甘噛みし始めた。
こうなるといよいよ焦ってくる。
「おっ、落ち着け、冷静に! 賢者モードになれ! ストップ、た、助けて、許して! 見逃して!」
命令ではなくだんだんお願いになってきてしまっている。
とはいえどうしたら……。
「あきらめろ、帰れ! 眠れ! トイレに行きたくなれ!」
ひたすら連呼していくと、イズナはがくん、といきなり首をうなだれた。
「ぐぅ……」
眠ったようだ。やっと命令が通ったらしい。
もたれかかってくるイズナの体を押しのけて、ベッドに横たわらせる。
まったく、このクソ軽い体のどこにあんな力が……。
なんとか貞操の危機を脱したが、このパワー差はマジでシャレにならない。
こんな調子じゃ、おちおちゲームもやってられん。
これはいい加減俺も、リアルでのレベル上げを考えなければ。
何をするにもやはり人間体が資本。
こういう邪魔な手合いを追い払うためにも、腕力ならびに体力が必要だ。
この世界じゃニートも楽じゃないぜ。
そう結論付けた俺は、自身の強化を図るべく、ゲームを中止して部屋を後にした。
と、勢い込んで街に出てきたはいいが、早速行き詰った。
最近、魔物の量が増えて強い魔物も出るようになったとかで、あまり街の外には出るなとかなんとか、色々面倒なのだ。
低レベルのヤツらは自重しろと、ご丁寧に国からお触れまで出ている。
経験値稼ぎに出かけて、俺が魔物の経験値になってしまったらシャレにならない。
まあ聖剣とか神スキルを使っていけば、俺もそれなりの強さではあるのだが。
攻めはいいんだけど、受けがね。
聖剣で魔物をオラオラしても、後ろからいきなりアーッされたら終了だし。
スキルにしても、ここのところ神世界にGPを課金しまくったため、GPにそこまで余裕がない。
残りGPは減少の一途を辿るばかり。
まあ引きこもってゲームばっかやってたらそりゃ増えんわな。
ゲームで集めたレアアイテムを、ムツノとGPで取引する手もあるが……それを交換するなんてとんでもない。
それは、あくまで最終手段ということだ。
ちなみに聖剣は、実は今の住居に持ってきてはいるが、完全に返すタイミングを逃した。
借りパクしてしまったものを今さら返すというのは、言い出すのが難しいと言うかそんな感じに似ている。
隠すことはせず居間の壁に、あえて目立つように立てかけてある。
誰かに見つかったら「へぇーそれ聖剣なんだ、ずっとここにあったのかなぁ? 驚いたなぁ」という感じで行こうと思っているんだけど、誰も気づきやがらない。
しかしどうしたものか。
レベル上げしなくても強くなれるような、うまい方法はないものか。
やはりここは、転職か……。
なにかしらパワー系のジョブにつけば、どうにかなるかも。
もしくはレナの誘いに乗って、首を縦に振れば、一応プリンセスナイトとやらにはなることができる。
だが前にも言われたように、色々と自由がなくなる上、非常に強いが聖女の傍を離れるとすごい弱体化するだとか、またこれ面倒そうな話を聞いてしまった。
なのでやはりその選択肢はないかなぁ。
で、とりあえず転職、ってことになると、思い浮かぶのは……。
よし、ダメもとで、あの人にお願いしてみるか。




