嫁のメシウマ
むくれっ面のレナに対し、俺はあくまで笑顔で応対する。
「今日のその服、似合ってるね」
ここ最近、レナは毎度違う服でやってくる。
今日はシックな色合いのワンピースだが、肩がモロだしになっていて微妙にエロい。
お姫様というぐらいだから、着るものが有りあまっているのだろう。
良し悪しは正直わからんが、レナのスタイルは抜群にいいのでたいていは似合う。
「……ほんと?」
予想通り食いついた。
俺はすかさずここでスキルを発動する。
顔出し絶対NG神とかいうヤツが作った、「神イケボ」というスキルだ。
効果は一定時間、俺の声が超絶イケメンボイスに聞こえる。らしい。
イケボになった俺はすっかりイケメン気取りで、レナの耳元にささやきかける。
「うん。可愛いよ(イケボ)」
とたんに、レナの頬が緩み出す。
にやけそうになっているを我慢しているようだ。
だが見る見るうちに、白い肌が赤く染まっていくのでわかりやすい。
あーちょろい。レナハート様ちょろいわ~。
まあロイヤルヒモ男の異名を持つ俺にかかればこんなものだ。
この調子でさらにレナをデレさせてやるか。
「本当、レナは可愛いね……。(イケボ)」
「やだ、トウジったらもぅ……」
「可愛いって言われるの嫌?(イケボ)」
「嫌じゃない……うれしいけど、なんか恥ずかしい……」
「そうなんだ。でさ、もうちょっとゲーム、やってもいいかな?(ブサボ)」
「ダメ」
効果時間が短いというのが玉にキズだ。
ノリノリだったのにそんな急に真顔で返されると死にたくなるぜ。
「もう、そうやって調子いいんだから!」
どちらにせよ多少レナの機嫌は直ったようだ。
レナは手に提げて持ってきた荷物を、テーブルの上に乗せて広げる。
「しょうがない、今からだと時間的にも中途半端だし……。お弁当作ってきたからここで食べよ?」
べ、弁当だと……。
王女様の手作り弁当なんて、本来なら響きだけで胸が躍るワード。
だが実際は、胸焼けするほどにずしっと重い気分だ。
レナが仰々しいつくりの弁当箱を開けると、案の定怪しい色をした物体Xたちが姿を現した。
何を隠そう、彼らとご対面するのはこれで二回目である。
「は、はは……今日は、何かなぁ。この、黒っぽいのとか……」
「それ、エデンターキーを炒めたの。ほら、トウジこの前おいしそうに食べてたから」
あのパーティの時のやつか?
見るも無残な姿にされて……できればもうアレを普通に食わせてくれ。
「こ、これさ、自分で食べてみた?」
「食べてないよ。トウジに一番に食べてもらおうと思って」
いいように言ったけど、それ毒見役やん。
いやまあ、いい子なんだよなぁ。いい子なんだけど……。
「レ、レナはさ、食べないの?」
「ん? 大丈夫、私はお城で出されたものを食べてきたから」
「そ、そうなんだ。い、いやぁ~わざわざ、その、作ってもらわなくても、レナが食べたあまりモノでも持ってきてもらえれば……」
「え? それって……も、もしかして私が作ったから嫌なの……?」
「い、いやそんなこと、ひ、一言も言ってないですけど」
下手なことを言うと、何がどうなるかわからないから怖いんだよなぁ。
しかし嫁のメシマズとかそういうの見てると、そんなもんはっきり言ってやればいいじゃんなんて思ってたが、実際その状況になってみるとこれは……。
言えねえ。なんも言えねえ。
「はい、あーん」
レナがフォークに刺した物体Xを、俺の鼻先に運んでくる。
何があーんだ、リア充爆発しろ、なんて思ってた時はまだ平和だった。
あーんからの口内テロの存在を知らなかったから。
もしかしたら、今回はいけるかもしれない。
そう淡い期待をこめて口に入れたその矢先、俺はうぷっ、とブツを吐き出しそうになるのをこらえる。
なんというか、食材は城の厨房にあるものをもらっているというから、それ自体は決して悪くないと思うんだ。
むしろ上質。
だがその素材の良さを全力でぶち壊す、擁護不能なほどに意味不明な味付け。
ある種の才能だ。
俺は口に入れたものを、息を止めて無理やり飲み込む。
「どう? おいしい?」
「う、うん……」
「よかったぁ! いっぱいあるからね!」
いっぱいあるのか……。(絶望)
優しさが服を着ているような俺に、屈託なく笑う彼女に残酷な真実を告げることなど、できるはずもない。
まあヘタレとも言うが。
だがこんな時にも、神スキルが役に立つ。
前回、藁にもすがる思いでスキルストアから発見した「嫁のメシウマ」というスキルだ。
これを使えば、レナのクソまずい……あ、いやちょっと俺の好みに合わない飯も、おいしくいただけるのだ。
まさに神スキル様様である。
「はぁ~食った食った、お腹いっぱい」
結局完食した。
味はともかく、前も腹こそ壊さなかったので大丈夫だとは思うが……。
だがいくら味をごまかしてその場をしのいでも、根本的な解決にならないという悲しみを背負っている。
いつか誰かが……いや、レナが自分で気づいてくれることを祈ろう。
そんな俺の様子を満足げに眺めていたレナは、弁当箱を片し終わすと、すぐ隣に腰掛けて顔をのぞきこむようにしてきた。
「どうしよっか。これから出かける? それとも何かしたいことある?」
「何かって……何を?」
「何でもいいよ。トウジがしたいこと」
「じゃゲーム」
「は却下」
何でもいいって言ったのに、嘘つき。
ああ、ゲームがやりたい……。
期間限定イベントが……。限定ドロップが……。
「何でもいいって言ったのに……」
「だって私のこと放置するでしょ。かまってくれないから嫌なの」
うーん、そういう事は直球で言えるのがさすがプリンセス……。
これまでもその片鱗はあったが、最近は本性を現したとばかりにワガママに……。
「あ、今ワガママだなこいつって顔したでしょ!? そんなことないから、私トウジの言うことだったら、なんでも聞くから」
また何でも何でもって、極端すぎる。
謎の私わがままじゃないからアピールも露骨になってきた。
「じゃあお手」
「はい」
「お座り」
「はい」
「おっぱい」
「は……えっ?」
「すいません冗談です」
いや、本当にお手してお座りしてきたから、つい流れでね。
半分お約束みたいなモンで……。
「ってちょっと!」
のはずが、何を思ったかレナは腕に抱きつくようにして、ぎゅむっと胸を押し付けてきた。
そしてまるで「どう? 私のおっぱいは」と言わんばかりに、上目遣いに意味ありげな微笑を浮かべてくる。
本当に、最近様子がおかしい。
エロに抵抗がなくなってきているというか、目覚めたと言うか。
なにか怪しい魔法でもかけられているのではと勘ぐるレベルで、急激にレナの淫乱化が始まっている。
これではレナハートならぬエロハート様である。
まあこっちとしてもそれは望むところではあるのだが、立場上、向こうからそういう風にこられるとそれはそれで困るわけで……。
困惑しつつも胸の谷間から目をそらすと、その時レナの手元で、キラリ、と何かが光った気がした。
――今のは、俺があげた指輪……?
少し不審に思って言及しようとするが、その間もなく、レナは「んー」と俺に向かって唇を突き出してきた。




