神ゲー
素晴らしい茶番劇から、十日ほどが過ぎた。
あの時、空気を読まずにだが断るを華麗に決めた俺が、果たしてどうなったか。
まあ色々と細かい紆余曲折はあったのだが、結論から言うと……。
俺は依然として無職のまま、昼間からベッドの上でゴロゴロしていた。
「さて今日のクエストは、と……」
だが安心して欲しい。
俺は何も意味もなく屋内に引きこもっているわけではない。
ベッドに寝転がりひたすら天井を見つめているだけ、とかそういう精神がどうかしてしまったというわけではない。
俺はこうして部屋にこもりながらも、立派に大冒険を繰り広げていた。
……ゲームの中でな。
「っしゃー来た、五倍特攻スキル発動、これで勝つる!」
『待て待てあせるな、ガードが切れるまで我慢するのだ』
俺が今、マジックウィンドウをフルに使ってプレイしているのは、
『ザ・ゴッドオブワールド』という名前のゲームだ。略称を神世界という。
これぞ神々をも廃人にすると言う、神の作りしゲーム。次元を超えた規模でプレイされているMMORPGだ。
このまさに文字通り神ゲーを、ついこの前俺はスキルストアで発見してしまったのだ。
これまでゲームを探すという発想がなかったのが悔やまれるほどに、これはヤバイ。
リアルを凌駕する超美麗グラフィック。
凄まじい自由度を誇るキャラクリエイトから、途方もないスケールのオープンワールド。
原始から中世ファンタジー、サイバーパンクな近未来と多種多様な舞台をまたに駆けた壮大な世界観。
もうね、こんな三流ファンタジー世界でリアルやってる場合じゃないね。
「よっしゃアダマント鉱石ゲットォ!!」
『な、なにっ! 今すぐ3000GPでわたしに譲るのだ』
「いやいやご冗談を」
チャットの相手は例の幼女神だ。
ムツノとはフレンドとして一緒にこのゲームを遊んでいる。
当然のようにヤツは廃人クラスのガチ勢だった。
あのクソ幼女にいつか復讐を、と恨んだこともあったが、今ではすっかり仲良しになってしまった。
『むぅぅ……このわたしがわざわざレベリングを手伝ってやっているのだぞ、そのぐらい……』
「よっしゃ一気に3レベルアップ! 次は何のスキル習得しようかな、迷うなー」
いやー楽しい。まさにこれぞ至福の時である。時間が過ぎるのを忘れるね。
まさか異世界に来てまで、ゲームができるなんて夢にも思わなんだ。
それも文句の付けようのない神ゲーを。
いやぁ、転生して本当によかった。
そうやってベッドに寝転びながら、上機嫌でウィンドウを操作していると、いきなりバタンと部屋のドアが勢いよく開かれた。
その物音で、俺ははっと我に返る。
しまった、もうこんな時間……。
「トウジ! なんでまだそんな格好……今日は出かけるって言ったでしょ!」
そう言って、えらい剣幕で詰め寄ってきたのはレナだった。
今日こそは許さねぇぞと腕組みをして、こちらを見下ろしてくる。
「あー……、いや、今日はちょっと、その、風水的なアレが悪いというか……」
「またそうやって! どうせまた、げーむ、やってるんでしょ!」
「うぐっ……」
「最近、ずっとそればっかりじゃん!」
ああ、我ながら本当、バカなことをしたと思う。
基本的に俺以外は、このウィンドウの画面を見ることができない。
だがマジックウィンドウのスキル設定次第では、第三者に見せることも可能なのだ。
そこで俺は一度、レナにこのゲーム画面を見せてやった。
そしていかにこのゲームが素晴らしいか、力説した。
このゲームにはリアルをやめる価値があると、そう説得を試みたのだ。
だがどういうわけか、全く理解が得られなかった。
レナは最初こそものめずらしそうに俺がゲームをするのを見ていたが、モノの数十分とたたずに、「つまんない」と言い放ちやがった。
まあ、そりゃ見てるだけじゃつまらんのかもしれんが……それだけではない。
あろうことかこの女、「それってやって何の意味があるの?」と全ゲーマーを敵に回す発言をしやがった。
挙句の果てには「それって遊んでるだけでしょ?」「ちゃんとして」などと数々の暴言を吐いてくる。
ちゃんとしてってなんやねん。漠然と人格を否定するようなのはやめてほしい。
まあ、遊んでると言われれば遊んでるんだけど、ゲームイコール悪みたいに言われるのはちょっと心外なわけだ。
とにかく、こうして早くも価値観の違いが如実に現れてしまった。
本来なら、「どこでなにをしようが俺の勝手だ、ほっとけ」と突っぱねたいところだが……そういうわけにもいかない。
なぜならそれは、俺の立場が弱いのだ。
実を言うと、今俺がいるのはあの宿屋トマリギの一室ではない。
ここはエデンの街の中心からはやや外れた、それなりの大きさの一軒家だ。
元はさる貴族が住んでいた空き家らしいが……それが一時的に俺にあてがわれている。
簡単に経緯を説明するとこうだ。
レナは俺をプリンセスナイトにして、王宮に迎え入れようとした。
だが俺、断る。理由、なんか色々とめんどくさそうだから。ニートできないから。
それを正直に言った。するとレナは、
「そんなことないよ! 別にトウジの好きにしていいから!」
とすごい勢いで返してきたが、そう簡単には信じられずまごついていると、
「やっぱり私に魅力がないからダメなんだよね……。トウジの好みになれるように頑張るから、お願い!」
とおっぱいを押しつけ気味に懇願されて、さすがの俺も断れず。
だが後でよくよく聞けば、結婚うんぬんはレナの先走りだったらしく、王様(いまだ面識はない)が当然猛反対。
しかしレナハート様食い下がる。
かなり揉めに揉めて、結局もう少し様子を見ろ、ということで落ち着いたらしい。
こうして俺がこの家をあてがわれて住んでいるのは、そうまで言うなら一度、擬似的に同居をしてみろ、とのことだ。
だがこれにも、王じきじきに、色々と約束事を決めてきたという。
かならず一日一回は、父に顔を見せること。呼び出しには、最優先で応じること。
門限あり。寝泊りは必ず城に帰ること。
などなど、細かく言い出したらキリがない。俺もほとんど把握していない。
それで今は、レナが通い妻のような、よくわからん状況になっている。
しかし一つでも破ったら即終了らしいが……意外にもレナは抜け目なくこなしているようだ。
まあ、実際終了して困るのは家を追い出される俺なんだけどね。
そうでなくとも、俺がレナに愛想をつかされた時点で終了。一気にホームレスへ。
いやお前働いてどうにかしろよ、と言われたらそれまでだが、俺はすでに、すっかり神ゲーの魔力に取り付かれてしまった。
なので、レナのご機嫌をうかがいつつ、コソコソゲームをやる。
もしくは汗水たらして、はわからないけど、とにかく働いて、残った時間で堂々とゲームをやる。
要するに、このどちらを選ぶかということだ。
だが後者の場合、働けば必ず金が入ってきて、住むところも確保できて、という保証はない。
できたとしても、ゲームをやっている時間などないかもしれない。
今すぐそっちを選ぶリスクは高いのである。
もちろん俺もいつかは自立する気ではいるけど、何かいい感じに金を稼ぐシステムを発見してからでも遅くはない。
これはつまり、あれだ。
明日から本気出す。
よって今の俺がすべきことは、ニートが親の機嫌を取るように、すっかりおかんむりなレナハート様に媚びへつらうことなのだ。
これはニートを志すものが身に着けていなければならない、必須スキルともいえるもの。
「もー! 今日は早く起きて準備しておくって言ってたのに!」
「やーごめんごめん、悪かったよ。それにしてもさ……」
そこで今からこのご機嫌斜めなレナをデレデレにしてみせよう。
俺が生前培った媚びへつらいスキルと、神スキルを駆使してな。




