魔王侵攻の噂
エデンティラ王宮、王の個室。
国政最高顧問の一人であり、名誉聖姫守護騎士であるセバス・ゲシュハイルは、とある火急の報を受け、その対処を話し合うべく、エデンティラ王レオンと向かい合っていた。
「それで、かねてお耳に入れておりました、魔王侵攻の噂ですが、どうやら本当のようで……」
「なにぃ? なんだって急に……。魔王自らこのエデンティラに攻めてくるなぞ、前代未聞だぞ。どうしてそんなことになっている」
「なにやら、可愛い娘を傷物にされたとかで、ひどく激怒しているとのことですが……。とはいえ魔王の娘をどうこうできる人物が、このエデンティラにいるとは到底思えませぬ。きっと何かの勘違いだろうと……」
「ふん、魔王の娘がどうなろうと知ったことか。そんなことよりどうだ、レナハートの様子は。きちんと言いつけを守っているか」
「なぜそこを共感できないのか……。ああ、それは大丈夫でしょう。しかしよかったではないですか、可愛い娘をどこの馬の骨とも知れない男にやらずにすんで」
セバスは皮肉たっぷりに言ってやる。
それが通じているのかいないのか、レオンはばしっと膝をたたいて息巻く。
「いらない、と言われたらそれはそれで腹立つだろうが! まったく、一体何様のつもりなんだその男は!」
「面倒臭い父親ですな」
「なんと言われようと結構。だがどこの世界にレナハートからの申し出を断る男がいると思う? 俺なら二つ返事でOKするぞ? ……いや、待てよ、そもそもそいつから求婚したんじゃなかったのか?」
「何か色々と、誤解があったようですよ。プリンセスナイトも、なること自体は転職スキルでちょちょいですが、なってからが大変と言うか。ましてや王宮入りするとなると、さらに規則やらなにやら縛りがあって面倒ですし、何より自由が失われますからな」
「めんどくさそうだからやっぱりやめたとかそういうことか!? 本当にふざけた男だ! それで健気なレナハートはな、「私が悪いんだ、私に魅力がないんだ」とすっかり意気消沈してしまってな……、見ているこちらがいたたまれない」
「そうですかね? 毎日楽しそうにトウジ殿の所へ出かけていきますが」
「何を見ている、お前の目は節穴か!? 元気そうな胸にしか目がいかんのか! このおっぱいクソジジイが!」
セバスは「口悪いなコイツ……」と顔面を張ってやりたい衝動をこらえる。
おっぱいの揺れ具合でレナの健康、ひいては精神状態をはかっているのは確かだからだ。
「まあいい。俺の言いつけを守っているうちは、好きにさせてやろう。どうせそのうち冷めるだろうしな。そういえば警護は……」
「引き続きイズナに見張らせています。非っっ常に、心もとないですが……正直あの娘も私には持て余すので……」
「ふむ、ならば問題なかろう」
「謎の信頼感……。そんなことより、魔王の件、どうするおつもりで? 聖剣は依然として行方が知れず……プリンセスナイトは不在。現在国に留まっている神聖騎士は、レックハルト王子一人ですが」
「んん? レックハルト一人……? 他の連中はどこをほっつき歩っとるんだ。……いや待て待て、なにもウチには聖女の加護があるだろう。魔族なぞ、国境を越えてろくに近寄れんはず。そう焦ることもあるまい」
「いや、だから今は……」
セバスが反論しかけた時、不意に部屋のドアが開いて、やや難しい顔をした女性が入ってくる。
女性は遠慮なく二人の間に入ってくると、レオンに向かって叱るような口調で口を開いた。
「何をのんきなことを。今はちょうど、最も加護が弱まる時期なんですよ? レナハートがまだ聖女の力に完全に目覚めておらず、代替わりを迎えて私も力を失いつつある……。今現在この国には、魔族を寄せ付けないような、そんな強力な加護はありません」
「ル、ルナハート、またお前、盗み聞きして……。あ、ああ、そういえばそんなこともあったか。だがそれは本当か? だとしたら……」
レオンはルナハートの剣幕に押されてか、知らずセバスのほうへ視線を逃がすと、それを受けてセバスが答える。
「そうです、そのせいでここ最近、エデンティラ付近にも強力な魔物が出没し始めていると、報告を上げようと思っていたのです。わが国は魔族領、獣人領ともに面しているだけに、こういう時こそ、王の外交手腕が求められるかと」
「外交ねえ……。ではヴァルちゃんに援軍を頼もう。こっちだってイズナを預かってやっているんだから、多少は融通を利かせてくれるだろう」
「いえいえ、それが獣人と魔族は、とても食い合わせが悪くてですね……。脳筋な獣人には、魔法を使う魔族は天敵なわけです」
「ちっ、使えないな、なにが獣王(笑)だか。大体アイツは、本当に強いのか?」
「ヴァルリオンは肉弾戦なら最強と目されていますが……。真っ向からやり合ったら、全盛期の私が最強装備しても勝ち目は薄いですな」
「はいはい、それはすごいですねー。ならば隣国の火の国ファライオから……」
「他国の人間を招き入れるのは反対です。あそこの王は元々あまり友好的でない上に、人間は獣人よりもずっと狡猾ですから、混乱に乗じて何か仕掛けてくる怖れもあります」
「なんでもかんでも反対しやがって、じゃあどうしろって言うんだよ!」
それを考えるのがお前の仕事だろう……とセバスがげんなりしていると、横からルナハートが口を出した。
「私にいい考えがありますよ。その、プリンセスナイト候補の彼に、一肌脱いでもらうというのはどうでしょうか。実力は本物なのでしょう? 聞けば盗賊の巣を、一瞬で焼き払い、レックハルトを軽くあしらったとか何とか」
「反対だ。俺は未だにそれが信じられん。大体なんでそんな実力者が、こんなところでフラフラしてるんだ? その辺どうなんだセバス」
「う~む、それは言われてみればそうですが……。というか、あいつ基本やる気ないですし……。レナ様の話によると、なんでも最近は、『神ゲー』とやらにはまっているとかなんとか」
「はあ? なんだそれは」
「いや、私も仔細はわかりませぬが……。とにかく、あまり期待はせぬほうがよろしいかと……」
「そうかしら? 私は、その彼が何かやってくれそうな気がしますわ。ふふふ」
「なあに、そんな奴アテにしなくても、こんだけ人口がいれば、誰か何とかするだろ、はっはっは」
能天気に笑い出す国王と王妃。
それを見て、他の国に脱出しようかな、と本気でそう思うセバスであった。




