プリンセスナイト
女性は頭頂部で短く纏め上げた金色の髪に、大きな花飾りを乗せて、腰までかかりそうな白いベールを被っている。
光の反射の具合でよく表情が見えないが、かなりの美女っぽい。
もしかして、これがウワサに聞くお姫様ってやつか?
なんていうかもう、オーラがヤバいな。周りの空気感が違うというか。
歩く先々で花でも咲くんじゃないかというこの神々しさ。
しかもおっぱいまでしっかりあるというね。
うん、この人になら踏まれてもいいかもしれない。
お姫様が近づいてくると、さっと、兵士達が一斉に腰を低くして頭を下げた。
うわ、俺もなんかこう、敬っていますみたいなポーズ取らないとダメなのかな。
なんかこっち来たし、これって道開けないとまずいのかね。
周りにならって、頭を下げ腰をかがめつつ、邪魔をしないように道をよける。
だがお姫様はなぜか歩く方向を修正し、近づいてくる。
ってなんでこっち来るんだよ、わざわざ道を空けたのに……。
ささっと横にずれるが、またしても進行方向を変えてくる。
どういうわけか俺のほうに向かって来ているようだが……、まさか邪悪な存在を感知でもしたのか?
って誰が邪悪だ。俺はそんなに悪いことはしていない。たぶん。
などとやっているうちに、ついに影は俺の前で立ち止まった。
地面を見下ろしたままビクビクしていると、すかさず頭上から声が降ってくる。
「ミシマ・トウジ」
いきなり名前を呼ばれた。
なぜか俺の個人情報がお姫様にもダダ漏れに。
俺もずいぶん有名人になったものだ。
やっぱギルドとかで、全部そういうの吸い上げられてるんじゃないか?
おそるおそる顔を上げると、白いベールの奥で、お姫様がにっこりと微笑んだ。
「あなたを、私のプリンセスナイトに、任命します」
「は?」
「そして、あなたからの求婚の申し出を、受けたいと思います」
「はい?」
球根?
ああ、農業など、おやりになるので?
お姫様が何をのたまわれているのか全く理解できず、固まっていると、
「……ぷっ」
いきなり相手が口元を押さえて、吹き出した。
さらに混乱していると、お姫様は声を出して笑い始めた。
「うふふっ、トウジ、今の顔! くすくす……」
がらりと調子の変わったその一声で、俺ははっと気づく。
どこか聞き覚えがあるとは思っていたが、別人のように落ち着いた口調なのでわからなかった。
「レ、レナ!? な、なんで……」
「ふふ、やっと気づいた? ビックリさせてあげようと思って」
「な、なにやってんだそんな格好して……」
「えへへ、どう? これはエデンティラ王女としての、正装です」
「お、王女……?」
王女だと……?
ど、どういうことだ、レナは田舎の貧乏貴族の娘じゃなかったのか?
えっ、てことは今まで……、いやちょっと待てちょっと待て。
「レナハート、もういいだろう。あまり意地悪をするのもかわいそうだ」
「あっ、お兄様ごめんなさい。つい……」
お兄様だぁ……?
声のほうを振り返ると、そこにはすました顔の神聖騎士男が。
レナを王女だと仮定すると、こちらのお兄様はつまり王子?
昨日ボコりましたけど何か?
「えぇっと、これって、どういう……?」
まだ頭が整理できないでいると、ぽんぽんとお兄様に背中を叩かれた。
「はっはっは。つまり君は無事『試験』に合格して、レナハートのプリンセスナイトに選ばれた、ということだ」
「し、試験? 何の話でございますかそれは」
「昨日の一連の出来事、何か不審に思わなかったかな?」
何か、っていうか不審なことしかなかったけど……。
もしや全部、こいつらが仕組んだ狂言ってことか?
必死に頭の中を巻き戻ししていると、その時馬車の陰からおずおずとイズナが姿を現した。
なにやらばつが悪そうな顔をしているが、そうだ、昨日のそもそもの発端は、コイツが……。
「お、お前もグルかこのっ」
「ち、違う! あたしも知らなかったんだ、騙されたんだ!」
「なにぃ……ウソじゃないだろうな」
コクコクと何度もうなづくイズナ。
まああれが全部演技だったとしたら、逆にすごいが……。
しゅん、とうなだれるイズナに近づいて、レナが優しく頭を撫でる。
「イズナを責めないであげて。私も、全然知らなくて……。悪いのは、ぜーんぶ父上だから」
「ち、父上って……。要するに王様ってことだろ? そんなバカな……」
「そう思うだろうけど、ちょっと頭がアレな人だから……本当、ごめんね。私がもっと、早めに話をしておけば……。でも、意思が決まるまでは、私が王女だってこと、知られたくなかったの」
「いやまあ、今となってはいいんだけど……これは一体、どういう状況なわけ?」
「だから、私がトウジをプリンセスナイトに任命して、プロポーズも受けましたっていう状況」
「いやナイトはまだいいとして、プロポーズとか何の話だよ!? そんなのした覚えないぞ!」
「え? だってほら、これ!」
レナは指にはめた、大きな赤い宝玉のはまった指輪を見せてくる。
あれは魔族からもらったものを、なんとなくでレナにあげたものだが……おいおい、まさかそれを勘違いして?
「いやそれどう考えても無理があるだろ! そりゃ魔族が勝手によこしてきたやつだぞ?」
「そんなの気にしないよ。トウジがくれたものだから」
「おいおいマジか……? ちょっとそこのお兄さん、なんとか言ってやってくださいよ」
「ふむ、妹はこの通り世間知らずなものでな。だが本人がそれでいいというのなら、私は何も異論はない。どの道婚儀に関しては、まだ父上の了承を得ていないので今すぐというわけには行かないが……。まずはプリンセスナイトになるにあたり、正式にナイトの修練を受けてもらわねばな。それから色々と、勉強してもらわないといけないこともある」
修練? 勉強……?
なにかよからぬ響きのする単語が……。
「これからは遊ぶ暇もないほど忙しくなるだろうが、君が立派なナイトになれるよう、私も陰ながら尽力しよう」
「よかったねトウジ。これから忙しくなるけど、一緒に頑張ろうね」
遊ぶヒマがない?
そして兄妹口をそろえて忙しくなるとな?
いやいやいや、この世界に転生して今度こそ、そういう面倒なしがらみから開放されて、気楽なニート生活が始まるわけだから。
神スキルでチートしたりエロしたりして遊ぶわけだから。
そんな馬鹿な話はもちろん……。
「……断る」
「え、なに?」
「だがその話、断る!!」
俺は高らかに宣言する。
勢いで押して、断れると思った。
もしかしたら、ウケるかも知れないとも思った。
だが実際は、何か恐ろしいものでも見たかのような驚愕の視線が俺の体に一斉に突き刺さり、それまで和やかに過ぎていたはずの時の流れが止まった。
ここで一応一区切りとなります。
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あっ……(絶句)とならない程度のものなら後で修正していきたいと思います。




