信じて送り出した娘が……
一応ネタばらし回です。
まあ、ネタバレというほど隠れてなかったかもしれませんが……。
「ふははははっ、うまくいったな!」
エデンティラ王宮の一室。
金地の上品な衣服に身を包んだ壮年の男が、豪華な天蓋つきのベッドにあぐらをかきながら、大きく体を揺すった。
その下品な笑い声に、対面する白髪の老騎士――セバスは渋い顔をして閉口する。
「そんな、笑い事ではございませんぞ。仮にも一国の王が、このような……」
「黙れ、何が問題か!? 大切に育てて信じて送り出した娘が五日もたたずに『父上、私プリンセスナイトにしたい人を見つけました。それにプロポーズもされちゃいましたてへっ☆ それで、今すぐ許可をください』なんて夜遅くにほろ酔いで帰ってきたらお前ならどうするというのだ!」
「い、いやぁそれはお気の毒にとしか……」
「お気の毒どころじゃない! お気の猛毒だ!」
「はあ……まだしょうもない冗談を言う余裕はおありのようですが……。ナイトの候補は自分で探したい、とワガママを言う割にレナハート様はあまりにも世情というものを知らなすぎます。親族以外の異性と全く接触を持たせずに育ててきたのは、さすがに少しやりすぎかと……」
「それでポっと出のチョイ悪男に助けられたぐらいであっさり落ちてしまったとでも言うか? レナハートに限ってそんなことはありえん……ぐぅっ、いや、ありそうだが……認めたくない!」
「いえいえそれが存外に好青年でございまして……『俺は世界の平和よりもレナのおっぱいを取る』となかなか感心することを……」
「黙れこのおっぱいジジイが! それはただの変態ではないか!」
そう忌々しげに言い放った男性――エデンティラ王レオンは、ギリギリと歯噛みをして、握りしめた拳をわなわなと震わせる。
やがてその怒りの矛先を向けるように、その人差し指をびしっとセバスの鼻先につきつけた。
「第一セバスよ、そうなるのを未然に防ぐために、お前をレナハートの護衛に付けたのに、どうしてこんなことになっている! かつてエデンティラ最強と謳われたプリンセスナイトの名が泣くぞ!」
「いや、今はただの騎士でプリンセスとかは関係ないですし……。私はご本人の意思を尊重したまでです」
「本人の意思だとぉ? うぬぬ……。だが、聖剣を失くすとはなんという醜態! あれを魔族に奪われでもしたら、一気に国が攻め込まれる怖れもあるのだぞ!」
「だから私、反対しましたよね? 最初、聖剣をレナ様に持たせると言い出したのはそちらでしょうに。案の定レナ様が聖剣をどこかに忘れて失くして……」
「黙れぃ、聖剣なぞよりレナハートの無事が大事に決まっとろうが!」
「ですから私もレナ様を優先して……ついでに冒険者になりたいだとか、魔物を討伐してみたいだとかで、勝手にあちこち動くレナ様を見失ったりで色々あって、その時は剣のこと、すっかり失念しておりました。その上なぜかこの辺りに存在するはずのないマスターゴブリンも現れるしで……いくらお忍びとはいえ、私一人でお守りは手に余ります」
「だからそのために、もう一人優秀な護衛を付けたのだろうが」
「もしやイズナのことですか? アレのどこが優秀……」
「バカを言え、あの娘は獣王ヴァルリオンからの大事な預かり物だぞ。今回、社会見学ということで好きにやらせてくれとの話だったが……まさかお前、手を上げたりはしてないだろうな」
「うっ、それは……。どうもあのマヌケさ加減は、我慢がならんというか……」
「あー知らんぞー、後でチクられて怒られても知らーん」
レオンがここぞとばかりにセバスを煽ると、今度はセバスのほうがぐぬぬ……と歯を食いしばって握りこぶしを作る。
それで多少は溜飲が下りたのか、レオンは満足そうな顔で身を乗り出す。
「ところでどうだ、今回そのトウジとか言うけったいな男が、『試験』に合格しそうな見込みはありそうか?」
「それは……レックハルト王子が張り切っておられましたが……さすがに、トウジ殿といえど、当国きっての神聖騎士にはかなわんでしょう」
「ふん、そうだろうそうだろう。まあいい、どの道今回の件はそれで仕舞いだ。それにしても、すばらしい采配であろう? レナハートをさらわれたことにして、あのやっかいな荒くれ者の巣にけしかけて退治させつつ、その男の器量をはかるという……。頭のキレが違うであろう?」
「いくら思いついちゃったとはいえ、王自らあのような品性を疑われる書状を作るというのはいかがなものかと。それに、単身で荒くれ者の巣を掃討し、さらにレックハルト王子に打ち勝つ、というムチャ振りな内容を、果たして『試験』と呼べるかどうか……」
「ふん、レナハートのプリンセスナイトになるからには、最低でもそのぐらいやってのけるのは当然だ、ということだ。わかったか」
そう息巻く王を見て、ふぅ、とセバスは大きなため息を漏らす。
やはりこうなるか、と半ばあきらめる一方で、今度イズナの機嫌を取らにゃいかんなと思案を巡らせていると、コンコンとノックの音がして、がちゃりと部屋の扉が開いた。
すらりとした長身の女性が中に入ってくるのを見るなり、レオンは表情をほころばせる。
「おお、ルナハートよ。お前も愛する夫の容態が心配でやってきたか」
「何を言ってるんですか、まったく。そんな仮病まで使って……本当、底意地が悪いんだから」
「レナハートの様子はどうだ? 父が心配で眠れぬかそうかそうか」
「いえ? レナハートなら、ついさっき血相を変えて出て行きましたが」
「なぬっ!!?」
「だってバカでかい声でしゃべってるから……」
「な、なんという……、お、おいセバス! すぐに後を追うのだ! 連れ戻せ!」
「えぇ~……これから私は『ネコまっしぐら』を買いに……」
「ええい知るか! 早く行くのだ!」
レオンが子供のようにわめき出す。
その様子にセバスはげんなりしながらも、重い腰を上げて、しぶしぶ部屋を後にした。




