狩人の眼光
適当な地図を片手に、町を歩く。
ほとんど参考にならないが、大まかな位置はイズナに聞いたとおりだ。
賑やかな町並みからはどんどん離れ、やってきたのは人通りも少ないうら寂れた通り。
こっちのほうは旧市街なのか、見るからに人が住んでそうにない建物や、屋根が半分崩れている家だとかが立ち並ぶ。
似たような景色が続くため、少し方向感覚が狂う。さらにここに来て雑な地図が、ほぼ用をなさなくなった。
仕方なく俺は、道端ですれ違いざま、背にかごを担いだ行商風のおじさんに地図を見せて尋ねる。
「あぁ、そりゃ、ツェガロの根城だろうに。悪いことは言わん、あそこに近づくのはよしたほうがええ」
どうやらここらでは結構有名な、ヤバイ奴らの拠点らしい。
廃屋になった元貴族の居館を勝手に乗っ取って、荒くれ冒険者達のたまり場にしているのだという。
近隣の住民もかなり迷惑していて、何度か国の討伐隊が差し向けられたが、そのたびに姿をくらましてしまうのだとか。
しかしこれ、レナの奴、本当に大丈夫かな。
一人で来た俺も、人のことは言えないが……。
おじさんと別れてもう少し進むと、遠目に目的の廃屋らしきものが見えてきた。
なるほど、元は大層な屋敷だったのだろうが、所々壁に大きく穴が開いていたり、雑に木材が継いで修復してあったりで、見る影もない。
いかにも盗賊かなにかのねぐら、という印象だ。
さてここからが正念場だ、とウィンドウを立ち上げようとすると、いきなり脇のボロ屋から、人影が現れた。
それがその辺にいそうなボロい服を着た町人だったら、そこまで気にすることもないのだが……。
現れたのは、ギンギラの白い鎧を身につけた騎士風の男だった。
いや、男と言ったが下手したら女に見間違えそうな、白い肌にさらっと流した金髪。
それに気味が悪いぐらいに整った目鼻立ち。
この場に似つかわしくない、乙女ゲーにでも出てきそうな感じで、とても体の線が細い。
そんなのが俺の姿を認めるなり、すぐに近寄ってきた。
「ちょっと待ちたまえ君。この先は危険だぞ」
うわぁ、声もちょっと高いよ。
いやでも、これはさすがに男だとは思うが……。
見れば見るほど不安になってくる。
そして、なんとなく絡みたくないオーラをそこはかと放つこの感じ。
「ああはい、わかってますわかってます。ご忠告どうも」
なのでさらっと流して立ち去ろうとする。
だが向こうはそうはさせるかと、俺の進行方向を遮ってくる。
「ほほう、黒髪黒目……なるほどなるほど。それで君は、一体何をしに?」
「いや、ちょっと野暮用で」
「野暮用、とは?」
しつこいな、なんで絡んでくるんだよ。
もしかして、俺がその悪党の一味だと疑ってるのか?
まあ、コイツがそいつらを退治しに来た、とかならこの場違いな格好もわからないではないが……。
「いやホント、たいしたことじゃないんで。そっちこそ、こんなところで何を?」
逆に聞いてやった。
その辺の人に俺とコイツどっちが怪しいって聞いたら、絶対向こうに軍配が上がる。
「私か? 私は……人を待っているのだ。明け方からずっと待っているのだが……なかなか来んのでな」
なんかめんどくさそうなイベントが起こるNPCみたいな発言しやがって。
やはりこれは絶対に関わらないに限る。
「そうですか。じゃ僕はこれで」
それ以上は突っ込まずに、軽く流して俺は強引にこの場を立ち去る。
背中にやたら視線を感じるが……気にしてはいけない。
マジでなんなんだあいつ……。
さて、気を取り直してレナの奪還作戦と行くか。
もちろん真正面から突っ込むわけにはいかないので、通行人を装い、ひとまず脇の細い路地にそれていく。
ここまで来るともう人の影は全くない。
何食わぬ顔で進み、やがて廃館を取り囲む塀に取り付く。
そのまま壁を伝うようにして、廃館の横手のほうに回り、塀の影に身を潜めてウィンドウを開いた。
俺だって何も考えなしにここまで来たわけじゃない。
すでにある程度、めぼしいスキルを用意して、攻略に目処をつけてある。
まずはレナが、館のどのあたりにいるかを確認する。
使うのは、狩人の眼光というこのアクティブスキル。
少し嫌な響きがあるが、効果はなかなかに優れている。
スキルを発動すると、視界に入っている人物の位置と、年齢が判明する。ただし女性限定。
要するに索敵スキルに近いのだが、何がすごいって、今見ている視界の中すべてに効果があるという有効範囲の広さ。
壁をはさもうが建物の中だろうが容赦なく透視し、シルエット状に体の輪郭が浮き出る。
つまりこれを女子トイレの前で使えば……後はわかるな?
さらにウィンドウを使えば、ズームイン効果もあるという、まさに犯罪者、いやハンター御用達のスキル。
ただし効果は発動から三十秒で、クールタイムもそこそこあるというのがネックだが……これを2000GPという激安で提供してくれたタシーロ神というスキル作成者には感謝だ。
効果は宿を出た直後にすでに実証済み。
イズナの年齢が思ったより低かったので、後でおまわりさんこの人ですされないかちょっと不安になった。
あと意外と言えば、GPが13000も増えていた。
どうやらイズナのやつ、本当に感謝していたらしい。
俺は塀の隙間から、建物を覗き込むようにする。
若い男が二人、入り口の前でウンコ座りをしながら、ゲラゲラと笑い話をしていた。
……うーん、見るからにガラの悪そうな感じ。
まだ少し距離があるが、この位置からでも十分館の全容を捉えられる。
スキルを使えば、レナが建物のどの辺りにいるのか、すぐわかるはず。
同じような年齢の背格好をした女子が、中に大量にいたりしなければね。
あまり考えたくはないが、今どんな状態でいるのかもおぼろげにわかってしまうので、場合によってはスキルを使うのが少し怖いが……。
悠長なことは言ってられない。
俺は満を持して、スキルを発動した。