アルハラはダメ、ゼッタイ
「あっ、おいレナ!」
これは吐くか? 吐くか? と挙動を見守っていると、レナはにへら、と口元を緩ませた。
「おいしい……」
「え? いやそんな無理しなくたって…」
「もっと飲みたいかも……」
おいおい大丈夫か?
早くも目がとろんとしかけているが。
「ふふん、なかなか言い飲みっぷりじゃない。よおし、私が飲み方を教えてあげましょう。ついてらっしゃい」
レナがエミリに拉致られてしまった。
足取りがふらふらしているが大丈夫か。
しかしこの酒も、そんなにうまいのかね。
どれ、俺も少しだけ飲んでみるか。
酒の入った樽の置いてある台へ近づく。
樽の底からホースが伸びていて、止め具を緩めると、ちょろちょろと液体が出てくるようになっていた。
俺はかたわらの空のグラスを手に取り、酒を中ぐらいまで注いで、ちびっと飲んでみる。
とたんに口の中に葡萄とアルコールの香りが広がった。
うわ、けっこうキツいな……。
これ一気したらまずいやつじゃないのか?
酒をちびちびすすりながら、グラス片手に会場を練り歩く。
邪魔者もいなくなったことだし、今度こそエルフ鑑賞会に参加するか。
と辺りを見回すと、すぐ近くで見覚えのある小さな後姿を発見した。
テーブルにかじりつくようにして、がつがつと凄まじいハイペースで、ターキーを食らっている。
「……おい」
背後に立って声をかけるが反応がない。
念のため近づいてそろりと横顔を盗み見る。
「お前……いたのか」
はぐはぐとせわしなく口を動かしているのは、やはりイズナだった。
またついてきてたのか。
ぎょろりと大きな猫目がこっちを見たので、俺に気づいたはずだがイズナは無視して食い続ける。
イズナの前には、すでに結構な骨の山ができていた。
「ウマし」
「……お前、ちゃんと金払ったのか?」
「今のところバレていない」
やっぱ払ってねえのかよ。
まあこれだけ人がいたら、入り口をさっとすり抜けられたら気づかれないかもな。
「それにしても食いすぎだろ……」
「食べ放題はいっぱい食べないともったいないんだぞ?」
「だからお前は金払ってねえだろ」
俺も金を払ったわけじゃないが、タダメシ食らいのくせにこの容赦ない食いっぷり。
店の人じゃないけどつまみ出したくなる。
「ずっとついてきてたのか?」
「無論」
「てか、あんたいったい何してる人なワケ? ちょくちょく邪魔しに出てくるけど」
「ふっ、知れたこと。わが任務は、陰ながらレナ様をお守りすることだ」
「あんまり守ってなくない? さっきも森で、一目散に逃げたよな?」
「魔族は獣人の天敵なのだぞ? まったく、そんなことも知らんのか」
逃げたくせになんで偉そうなんだこいつ。
よくわからんが、獣人は魔族に弱いとかそういう相性があるのか?
イズナはさも論破してやったと言わんばかりに、ふん、と鼻を鳴らして、さらに食い続ける。
ときおりぴょこぴょこと揺れるネコ耳を眺めていると、
「あっ、イズナだー!」
「むぎゅっ!?」
イズナはいきなり背後から伸びてきた腕に、ヘッドロック気味に抱きしめられていた。
振り返ると、そこにはすっかり出来上がった様子のレナが。
レナはおかまいなしに、わしゃわしゃと乱暴にイズナの頭を撫でる。
「イズナも飲みなよ飲みなよ~!」
「い、いえ、あたしはお酒は……」
「なんでぇ、私の酒が飲めないっていうのぉ~?」
……さっきまで酒飲んだことがなかった人間が言うセリフじゃないな。
レナは酒がなみなみに入ったグラスを、無理やりイズナの口元に近づけていく。
「うんうん、なかなか素質があるわ」
その様子を、後ろでエミリが満足そうな顔で眺めている。
おいそこの、レナは私が育てたみたいな顔すんな。
「いいよいいよ~イズナ~、いい飲みっぷりだよぉ!」
これは飲んでいるというか、口の中に酒を流し込まれている。
結局イズナは、グラス一杯丸々飲み下してしまった。
「うにゅう……」
そしてその直後、変な呻き声を上げてその場に倒れる。
「あれぇ、こんなとこで寝たらダメだよイズナー、きゃははは!」
「あの、レナさん、ちょっと飲みすぎじゃないすか? もうそれぐらいに……」
「やだー、飲むー。トウジも飲むよねー」
やだーって子供かよ。
なんつーわがままな……。
これは本性見たりか。完全に素が出ている。
俺は倒れたイズナをひきずって、手近なイスに座らせる。
ほっぺをつねってみても反応がないところを見ると、かなり深い眠りについたようだ。
「なんでもートウジ! そうやってイズナのことばっかりかまって!」
いやお前のせいだよ。
さすがに床に寝転ばせとくわけにはいかんだろ。
さらに酒をつごうとするレナに辟易していると、奥のほうでわっと喚声が上がった。
壁際はステージになっていて、なにか催し物をしていたようだが……。
壇上では、エルフのお姉さんが笑顔で手を振っていた。
それを見たエミリが、となりで苦々しい顔をする。
「あーあ、またエルフの一人勝ちかぁ」
「なんだ? エルフのストリップショーでも始まるのか?」
「そんなわけあるかい! ……的当てよ。あのエルフがすごい記録を出したみたい」
「的当て?」
よくよく見ると、ステージ上に丸い円盤がつるされていて、そこに小さな矢のようなものが数本刺さっていた。
あれはいわゆるダーツか。
「ふぅん。いい記録出すと、なんかあんの?」
「もちろん。今日の一等の景品は、魔法の道具袋よ。はぶりがいいのか、けっこう奮発してんのよね」
「魔法の道具袋?」
「知らないの? あれよ、見た目よりもいっぱい入るっていう」
エミリが指さした先には、「本日の景品」と書かれたボードに、ポーチぐらいの大きさの布状の袋がぶら下がっていた。
かなり小さいようだが、あれが大きくなるのだろうか。
「へー、便利そうだな」
ちょっと欲しいかも。
といっても、ダーツなんてやったことないしなあ。
するとその時、壇上の司会者らしき男が、荒々しく声を張り上げた。
「オイオイ、ニンゲン勢情けねえなぁ! まーたエルフにもってかれてんぞぉ! どいつかニンゲンの底力見せてやれる奴ぁいねえのか!?」
ガンガン煽っていく。
とはいえ刺さった矢は、そろってほぼ真ん中に命中していて、相当得点が高いのだろう。
誰も名乗りを上げる気配はなさそうだが……。
「はーいはーい、私! 私やるー!」
いた。
一体誰だその身の程知らずはと、みんなの視線が集まる先を追う。
ん? なにか近い。非常に近い。
なにやらとても嫌な予感が……。
予感は的中した。
小さく飛び跳ねるようにして、しきりに手を上げていたのは、案の定そばいたレナだった。




