体は聖剣でできている……
「い、いやぁ~、まさか神聖騎士の方でしたとは……、あ、いや勇者でしたか? どうもどうもこのたびは……」
腰をかがめ、もみ手をしてへりくだってくるアムリル。
このわかりやすい態度の急変。
相当この聖剣が怖いらしい。
「いえいえ、こちらこそ。さんざんコケにしてくれまして、まあその分はきっちり落とし前つけさせてもらおうかなと」
「えっ、コケになさった? あなた様が、コケになされたんですか? 一体、どこのどいつですかその不届け物は……」
お前だよ。
謎の敬語を使ってくるが、不届け物ってなんだよ、宅配じゃねーんだぞ。
「おい、この方をコケにしたのはお前かマシュー! 今すぐ死んで詫びろ!」
「えっ」
さっきからもだえている手下に向かって、容赦なく無茶振りをしていく。
爽快なまでにクズい。
子供のくせにこんなんじゃ、お兄さん先行きが心配だ。
俺はアムリルに向かって聖剣をちらつかせる。
「これはちょっと教育が必要かな? 口で言ってもわからなさそうだし」
「こ、これはこれは相当、ストレスがたまっておられる様子。ここはわらわの体で、少し発散していかれてはどうかの?」
「そう? じゃあ遠慮なくボコさせてもらおうか」
「ち、ちゃうちゃう、そういう意味じゃなく!」
他にどういう意味があるんだよ、といぶかしんでいると、アムリルはにやりと妖しげな笑みを浮かべた。
そして、すすす、と身につけたローブの裾をゆっくりたくし上げ、そのまま惜しげもなく下腹部を見せつけてくる。
下半身には、一丁前にガーターベルトのようなものを身に着けていた。
「わらわにはサキュバスの血も流れておるからな。ココはそれはもう名器じゃぞ? きっと満足すること請け合いじゃ」
一瞬ドキっとしたが、手を出したらどうにかなってしまう奴だろう。
サキュバスって自分で言ってるし。
「今度は色仕掛けかよ。まったく、魔族としてのプライドはないのか?」
「い、色仕掛けなどと、とんでもない! これは体が、自然に優秀な精気を欲しておるのじゃ。んふふ……」
アムリルはいやらしく口元を緩めながら、舌なめずりをする。
なんか知らんが妙にエロい。
見た目子供のくせに、なぜか成熟した大人の色気のようなものを感じる。
「どしたのトウジ? まさかあんなのにひっかからないよね?」
「は、はは……、それはもちろん……」
レナにしては珍しく強めの固い口調。
ちょっと僕の息子が勝手に……。
などと言える雰囲気ではない。
落ち着け。サキュバスとはいえ、相手は子供だ。
しかし考えようによっては、子供のサキュバスとか、かなりエロい響きだ。
普通にアリやな。
いや待て違う。
冷静になれ、これはどう見ても罠だ。
よし、こんなときはレナのおっぱいを眺めて深呼吸だ。
「今じゃ、マシュー! 女じゃ! 女を狙えっ!」
アムリルの叫びとほぼ同時に魔族ががばっと起き上がり、レナに襲い掛かった。
「きゃあっ!」
いきなり女を狙うとか最高にクズい。
気高い魔族とやらはどこにいった。
今度はケツを思いっきり突き刺してやろうと剣を構える。
だが男の魔族がレナの二の腕を掴んだとたん、また甲高い悲鳴を上げた。
「ぎぃぃやあああっ!?」
「ああっ!? どうしたマシュー!?」
マシューという魔族が腕を押さえながら身悶える。
手のひらからは、シュワシュワと煙が出ていた。
「な、なんかわかりませんがヤバイです、この女ヤバイです!」
「なんかわからんっておまえバカか、ちゃんと説明しろ!」
「いえそれが、なんというか、ヤバイんです、体がもう聖剣みたいな!」
「バカか! そんなわけあるか! 意味わからんぞおまえ!」
二人してぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。
なんという低IQな会話。
「だったらこれを使うんじゃ! ほれ!」
「あっ、そうですね! さすがアムリル様!」
アムリルが聖剣づかみを手渡すと、マシューは再びレナを襲おうとする。
もちろんそうはさせるかと、俺は剣を突きつけるようにして立ちふさがった。
「お客さんちょっと困りますねえ、女の子にはお触り禁止なんすけど」
「ぎゃああっ、くっさぁああ!! 目にしみるぅぅ!」
今度は両目を押さえて苦しみだした。
うーん……いまいちしまらん。
どうにかならんのかこれ。
俺がすげえ臭いみたいじゃん。
「くそっ、こうなったら無理やり吸いとったる、吸いとったるぞぉ!」
「わっ、やめろ!」
アムリルが下半身に飛びついてきた。
そしてすぐさまズボンを下ろそうとするがすぐに、
「目が、目がぁぁああっ!」
などとわめきつつ地面を転がリ始めた。
そしてフラフラになりながら立ち上がる。
「もう辛抱たまらんっ!! ず、ずらかるんじゃっ!」
「だ、ダメですぅ、匂いがヒザに、ヒザにきてますゥ!」
ガクガクと下半身を震わせるマシュー。
どんだけくせえんだよ。
「知るか! 自分の身ぐらい自分で守れ!」
「ひぃっ、そ、そんなぁっ、お助け、う、うぉえっ!!」
えずいてるし。
それでもアッサリ見捨てるとは、ひどい上司だ。
「ちょっと待ってくださいよ、俺もついていきますよ、荷物運びなんで」
「ごめんなさい許してぇええっ、ついて来ないでぇええっ!」
「あれ、奴隷にしてくれるはずだったんじゃ?」
アムリルは口元を押さえてぶんぶんと大きく首を振る。
もはや声を発するのすらしんどいといった様子だ。
「あれ、なんだろう温かい……」
「マ、マシュー! 気をしっかり持ていっ!」
そっちの男にいたっては浄化しかけてるし。
これはもう無理と判断したのか、アムリルは俺の前でがばっと土下座を始めた。
「こ、こたびの無礼っ、ど、どうか、お許しをっ! 神聖勇者騎士さまぁっ!!」
どんな騎士だよ。
混ざってよくわからないものになってるぞ。
「まあいいか。聖剣も無事だったし」
「お、お慈悲を、ありがとうございますぅぅっ!」
アムリルはぺこぺこと何度も頭を下げると、懐からキラリと光る小さな装飾品らしきものを取り出した。
「ではでは、お近づきの印に、こちらをお納めくだされ」
「いや、別にそういうのいいけど」
「そんなこと言わずに、ぜひともぜひとも」
そう言って押し付けるようにして、俺の手に握らせてくる。
アムリルが渡してきたのは指輪だった。
指でつまんで眺めると、赤い大きな宝玉が埋まっており、なかなかにお高そうなものだ。
「そ、それではこれにて失礼をば……。おいマシュー! 成仏にはまだ早いぞ!」
アムリルはへこへこと腰をかがめると、魂の抜けかけているマシューの首根っこを強引にひっつかんで逃げていった。




