欠片の罠____________『祭』
____________走る。飛ぶ。斬る。
それは確実に必須コマンドだ。
モンスターを倒し、経験値を得て、またモンスターを倒す。
繰り返しの無限ループ。それは始めてクエストが存在して成立するシステムだ。だからこそ一人前になり、レイドなどを組んで、自分自身の初クエストに挑戦する。
それは立派な記憶の1つだ。
ゲームでもあり、現実でもある。完成された空間で終える1つの道。忘れてはいけないゲーマーとしての資格。
初めて、ラストアタックを決めた時。
初めて、仲間のメンバーに『ありがとう、助かった』と言われた時。
初めて、自分自身で強敵を打破した時。
初めて、わかり会える世界へと踏み出せた時。
そして____________1人という辛さを味わった時。
この世界は、その全てを破棄した……いや、語弊だ。正確には『破棄させた』。自分自らの意思で。まるでコントロールするかのように。取り戻すため、自分自身の居場所を取り戻すため!そんな誘惑と欲望と強欲にまみれた悪魔の囁きを受け入れてしまったのだ。
記憶はある。
挑んだという記憶が。
しかし、思い出がない。
破棄されたのだ____________この導かれた世界に。
***
「……ア……ね、……ねぇ……メ。……ねぇ、メア」
掠れていた声を漸く認識する。
重たい目蓋を開くと、そこにはフィリア……だけではない、クロト、アッシュが心配そうに顔を並べていた。
「良かった、具合はどう?ずっと魘されてたけど……」
「魘されてた……?うん、大丈夫。ごめん、心配かけて」
昨日の記憶が断片的に甦る。
フィリアとのクエストを終えた後、メアはフィリアと共にギルドへと戻った。クエストクリアの報酬にフィリアが喜びに浸っている間、メア自身考え事をしていたのだ。
《何故、思い出せない》。
モヤモヤする。ゴワゴワする。
心の中がグルグル回って、かき混ぜられて、最悪の気分になる。
____________そこからの記憶は無かった。
「ギルドの休憩スペースで眠ったんだ。フィリアがおぶって運んできたが、そこ時から妙に魘されていた」
「ニャハハ、まぁ、目立った外傷が無いだけマシだよ。フィリアちゃんのおかげでお金も長持ちしそうだし?今日は久々に買い物でもどうかな~?」
「……仕方ない。メア、行きたい場所とかあるか?」
***
賑わう商店街。
思えば、メアが目覚めたのは午後の4時だったらしく、既に街中ではある行事が行われていた。
「さぁさぁ、お次の相手は『ダイヤモンド・クラブ』!誰か挑戦者はいねぇかい?!」
「……やる」
「おーおー!か弱そうな女の子じゃねぇか!小ぶりにしとくかい?」
「…………いい」
東都市____________ 宝獣祭。
ここ、東都市では年に1度、宝石を宿したモンスターが出現するというイベントが行われる。
それは珍しく街中でポップし、ギルド兵でなくとも捕獲できるという低難易度のクエストに近いものだ。しかし、捕獲した瞬間、その生命体は巨大化し、まるで食べられる為に身が凝縮されるという。人を襲うことはなく、ただ《食べられたいという煩悩》と《ただで食べられてなるものか》という偽善にも似た意識が混じり合い、結論的に【勝者のみ食せる】というイベントモンスターになったらしい。
「全く……祭はいいけど、暴れるのは程々にしてくれよ?」
メアを見守るクロトが飼い猫……クロの顎をゴロゴロ言わせながら、片手にストローの刺さったジュースを飲む。すると、メアが挑戦した出店の方から1分後、カンカンッ!という音が鳴り響き、人々が波のように流れていく。その波引きの真ん中を通るメア。そして担がれる商品の超巨大ダイヤモンド・クラブ。名の通り、ダイヤモンドの甲殻を宿した蟹であった。
「…………それ、どうすんだよ?」
「……アッシュに調理してもらう」
「うん、祭に来たばっかりのアッシュが帰ると思うか?祭が終わるまで、どうするんだよって話をしてるんだ」
「……クロ、料理」
「生憎、俺はそんなスキルを持ち合わせていない。そして、俺の名前はクロトだ。全く、何回言わせれば…………って、いねぇし」
あんな巨大な蟹を持っていなくなれるメアの隠密スキル。
クロトはクロを肩に乗せ、立ちあがり、ジュースを飲み干そうと………ズズッ。
「…………おっちゃん、アップルソーダ1つ」
さて、追いかけるか。
***
「……んー!!! うっまぁいっ!!!! ナニコレ、超美味しい!おじさん!これ、どうやって作ったの?」
出店を満喫するアッシュ。
今いるのは、お好み焼き屋。鉄板の引かれた木材の机に迸る生地が程よく焦げていく。ソースの焦げた香りもまた格別。青のりの風味もキャベツの甘味も……全てが調和した出店ならではの味であった。
「秘密?ニャハハ!またまたぁ、今度、醤油の作り方教えてあげるから教えてよ~」
「……ホントだ。美味しい」
「ニャッ?! メ、メアちゃんか~、その隠密スキルは心臓に悪いからやめてもらえるとありがたいんだけど……」
「…………」
アッシュの言葉を無視して、黙々と食べ進めるメア。
ニャハハと笑ったアッシュは、お好み焼きのレシピを追い詰めを止め、メアの美味しそうに食べる姿を黙視する。……その瞬間、メアの背後に置かれた超巨大ダイヤモンド・クラブを発見した。
「……ニャハハ…………おっちゃん、このダイヤモンド・クラブ調理していいからレシピくれないかニャ?」
お好み焼きのレシピを手にいれる。
メアはこのダイヤモンド・クラブのお好み焼きを食べれる。
出店の店長はダイヤモンド・クラブを食べれる上に調理できる。
一石三鳥。見事、お好み焼きのレシピを手にいれた。
「それで~、メアちゃん?具合はどなのさ?」
「……うん、大丈夫。皆、心配性」
お好み焼き屋を出て、出店の道を歩く。
人混みも馴染んできたらしく、スムーズに通れているのは有り難い。焼そばのいい香りや色とりどりのフルーツ飴。その中でも列を作り出している屋台____________わたあめだった。
アッシュの料理人望で、並ばずわたあめを購入。
お好み焼きを食べたばかりだというのに、メアは黙々とわたあめを美味しそうにかじり出した。
「ニャハハ、この世界でたった4人の仲間だよ~? 心配するなってのが、無理な気がするねー」
「……うん、知ってる。ありが____________
ありがとう____________そうハッキリと言いたかった。
心を込めて、仲間だと言ってくれて、その上、メアを大切にしてくれて。心の底から感謝を伝えたった…………《アッシュの腰の位置にダガーが突き刺さるまでは》。
「……ぐっ……にゃ……!」
メアの両目が大きく開く。
それと同時に、頭の中が数秒硬直……そして、グルグルと意味不明な感情が暴走するように暴れだしていく。
ここは東都市____________街中だ。
だが、この世界に……このゲームに《街中で殺せない》というシステムは存在しない。何時、何処でダメージを受けようと、死ぬときは死ぬ……いらないところで現実と同じなのだ。
助けなきゃ。治療しなきゃ。今すぐに。
けど、回復アイテムは____________ない。この世界で体力を回復させるには、《眠りに着くこと》だ。意識はあってもいい。目を閉じて、心を落ち着かせて、完全な安心と共に眠る……それが、この世界での回復方法だ。
しかし、現状は違う。
アッシュは痛みに苦しみ、メアにもたれ掛かりながら喘ぎ声を発している。とても眠れる状態ではない。ダガーを脱げば体力の低下を望めるかもだが、それにはアッシュが気絶しない確証が必要になる。もし、気絶すれば意識は完全に消滅し、心を落ち着かせてという項目を達成できなくなる。気絶で回復する……そんな生やさしい回復方法など、この世にはない。
「メア?! アッシュ?! ちょ、なにこれ……!」
停止するメアに声がかかる。
フィリアだ。その表情は今までで最悪の状況に出くわした顔をしている。状況を呑み込めずに困惑しているが、停止していたメアにとっては、いい薬になった。
「……ごめん、アッシュをお願い」
「え、う、うん。メア、これはどういう……」
「クロを探して……クロなら、痛み止めの魔法を使える……それならダガーを抜いて、気絶せずに体力の低下を止められる」
「そんなことわかってる!もうクロトの場所も把握してる!でも、メアは?! 貴女は何をする気なの?!」
フィリアの言葉にメアが止まる。
索敵はもう使っている?クロトの場所も把握している?
メアは最悪の場面を思い描いてしまった。
アッシュが身を寄せたこの体。血のようなものが、手、肩、恐らく頬にも。
そして、フィリアの使用した索敵。もし、それがクロトを探すものだったとしても、フィリアの事だ……アッシュを刺しただろう犯人も索敵に入れたはず。
最後に今の言葉『メアは?! 貴女は何をする気なの?!』。
アッシュが刺された。
索敵に反応はない。
そもそも、この世界の4人以外はNPC。
メアが、何処かへ立ち去ろうとした行動。
「…………メア……?」
昨日、クエストをした。
フィリアと共に死闘を潜り抜けた。
アッシュを恨むことなど、していないは疎か思うことなどない。
でも…………でも、ここは現実ではないのだ。
疑われる者は疑われ続ける。
はぶられる者ははぶられ続ける。
犯人は________________________メアしかいなかった。