手掛かり____________『依頼』
____________ギルド。
この世界において、ギルドとはNPC達が結成させた大規模の集団的組織のことを言う。システム上で生成されたクエストを時間と知識を賭けて消費していく……言わば、経済関係のような役割だ。クエスト自体は大まかに分けて2つ存在する。
『自然的に形成されるクエスト』と『自己的に発注されるクエスト』の2つだ。基本的には後者の方が数は多く、殆どが治安関係から来るものなので、報酬もそこそこある。逆に前者はクエストによって片寄りがあり、報酬から難易度まで全て自然的に設定された内容ばかりだ。
故に____________情報は前者に堪る。
「……アイアンゴーレムの討伐、シルバーウルフの捕獲、ダイアモンド・ドラゴンの抹殺?!うわぁ、キラキラしたものばかりで疲れてくるね~」
ガヤガヤと酒を飲み交わすNPC達の空間から遠く離れたクエストボード。入り口からすぐの場所にあり、カウンターも近い。この世界とは言えど、かなりの知識で構築されていることは明らかである。
そんなクエストボードの前で金髪ツインテール少女が顎に指を当てながら内容に目を通す。両束に赤いリボンを着け、甲冑混じりのドレス系の軽装を纏う少女は何処かNPCとは違い、1人でブツブツ言っている。
すると、その少女のツインテールが少し反応する素振りを見せた。
「……NPC以外の索敵反応、この反応は____________」
「…どう?めぼしい情報はあった?フィリア」
突然と真横に現れたメアに驚くフィリア。
「隠密スキル……私の索敵にも引っ掛かるのが遅いだなんて、もうお化けとして通用するんじゃない?」
「お、おば……け……」
「う、嘘よ?はぁ……他の皆は?」
「……晩御飯の買い出しに行った。今日は安売りなんだって」
「安売りって……。私達ってそこまで貧乏なの……?まぁ、いいわ。めぼしいクエストよね!あったわ、護衛して貰える?」
そう言って、フィリアがクエスト用紙をメアに見せる。
メアはそれに頷き、フィリアは受注の為、カウンターへと向かう。その合間、メアはそっとクエストボードを覗きこんだ。
「……ダイアモンド………」
「おーい、メアー。クエスト参加の名前書いてー」
***
____________退化の森。
設定上、数年前、生い茂ったこの森林に魔術師達が呪いの炎を唱え、この森の全ての生物が分解され、虚悪となったモンスターが生息し始めたという。既に森は焼け、草1つ生えることなく、現在も放置されているらしい。
森を進む、メアとフィリアは着々と目的の場所へと向かおうとしていた。
「東都市から南東へ約5キロってところかしらね。道中のモンスターは雑魚ばっかりだったけど…………うん、索敵通り、この先はレベルが違うわね」
「……そういえば、ここに何の用なの?」
「あら、言ってなかったっけ?ここには嘗て、暴走したモンスターに襲われた魔術師が最後の魔法で巨大な転移アイテムを生み出したらしいの。報酬はその転移アイテムの3割と50000ゴールド!転移アイテムは貴重な品だし、50000もくれるのよ?いい仕事じゃない~♪」
因みに、この世界での通貨は消費税を無しにした元の世界と同じである。1ゴールド1円。卵10個入りで200円。転移アイテムが1つ……いや、1回分で30000ゴールドする。
今回のクエストは発注クエストなので、目的アイテムの確認は済まされているのだろう。確かに割りのいい仕事だ。
「……グルルルルルルゥ…」
こういうシルバーウルフっぽいやつがいなければ。
____________シルバーウルフ。
銀色の毛並みを持つ狼。基本的に群れで行動し、この行動パターンは群れによって違うと言われている危険種の狼だ。
「……何匹いる?」
「えっと……3……いや、4匹かな?」
「もっと範囲を広げて……4匹なら無傷でやれる」
そういってフィリアを後方へと下がらせ、メアが目の前のシルバーウルフに腰の剣を抜く。黒い剣がシルバーウルフに向けられる刹那____________枯れた茂みに隠れていたのだろうシルバーウルフ3匹がメアへ向けて跳躍してきた。
「……まずは、2匹」
「メアッ!」
素早い判断と速度で1匹のシルバーウルフを蹴り飛ばし、その蹴り飛ばした反動を利用してシルバーウルフ1匹を斬る。残りの跳躍してきた1匹が続行してメアを襲うが、それもメアの黒剣により阻まれ、牙と剣の鍔迫り合いに負け、メアに蹴り飛ばせれた。
「悪くない連携だった……フィリアがいなければ負ける可能性だってあったかもしれないね」
そういって、もう1つの紫の剣が背後の最初のシルバーウルフの首を取る。その瞬間、全てのシルバーウルフは光の渦となり、データのように消えてしまった。その代わりに、銀色のペンダントのようなものがドロップする。それを拾い上げたメアは目を細めてアイテム名の確認をし始めた
「『聖者のペンダント』……能力はなし。オブジェクトアイテムみたい……」
「聖者……?魔術師じゃないのね。一応、所持しといてくれる?」
深部へと進むこと10分。
先程のようにシルバーウルフの群れが幾度となく襲撃に訪れたのだが、フィリアの索敵スキルにより殆どは戦闘回避を成功させた。戦闘が始まってもメアのステータスとフィリアの索敵による司令塔の組み合わせをシルバーウルフ達が破ることは出来ず、メアとフィリアの体力は減ることを知らなかった。
気になる事は1つ。
結局、『聖者のペンダント』をドロップさせたのは最初のシルバーウルフのみだったということだ。やはり、オブジェクトアイテム……しかも限定された物らしい。
「クエストによればこの辺りなんだけど……何これ?」
恐らく中心部と思われる位置。
メアとフィリアの目の前には、少し小規模の魔方陣が地面に浮かんでいた。その真ん中にある宝石のような物……恐らく、あれが転移アイテムなのだろう。普通の転移アイテムは長方形の結晶の中に赤い紋章が描かれているのだが、その宝石は長方形とは欠け離れた物体だった。
「メア、確認をお願いできる?」
「……うん」
フィリアにお願いされて、目を細めるメア。
メアは、隠密スキル以外に黙視スキルを備えている。黙視スキルとは、普通のプレイヤーに移る視界の距離を長くするスキルだ。しかしデメリットで使用時、視野が急激に狭くなる欠点があるのだが、それを補っているのがフィリアの索敵スキルだ。
「……えっと、『転移の宝石』と『不明』。魔方陣の方は、機能を失ってオブジェクト化されてるみたい」
「ふぅん……了解。それじゃ、とっとと頂いて帰ろっか」
機能を失った魔方陣の上を通って、転移宝石に触れるフィリア。すると、宝石はフィリアのポシェット……データストレージへと吸収され、メアの視界には魔方陣だけが映る。
数々のゲームを経験してきたメアは、こういうトラップがあるのを理解している。即座にフィリア付近に移動し、黙視スキルで巡回するが、反応は愚か気配すらない。フィリアの索敵スキルも反応していない様子だ、気にしすぎなのだろう____________とは、思ってはいけなかった。
「……体が、うご、かない……?」
「これは魔法スキルの1種?まさか、この魔方陣……!機能を失ってたんじゃなくて、発動トリガーまで設定されてたの?!」
「…………フィリア、あれ……」
渾身の力でメアが腕を動かす。
メアが示す先、そこにはボロボロのローブを着込んだ男の魔術師が既に詠唱を唱えていた。恐らく、この魔方陣が張った張本人……だが、メアやフィリアとは違う。男はNPCだ。クエストに関係する者なら必ずシナリオが存在するはず。
「……よくも私の大事な人を…………よくもぉっ!!!」
「シナリオ……ないみたい」
「うん、最後の転移アイテムを生み出した魔術師ってのはあれみたいね。さてと……どうしよっか?」
「アイテムは取った……ここはゲーマーの勘で_________逃げる」
魔術師の蓄積された魔法が発動し、炎の弾丸がメアとフィリアを襲う。このままでは、炎の弾丸が直撃し、体力をごっそり持っていかれるだろう。回復のないこの世界で攻撃の直撃は致命傷に値する。
それを受ける訳にはいかない……と、メアは先程示した手を開き、男を示す時にこっそりと剣で指を切っていた血を地面に垂らす。メアの血液が地面に染み込む瞬間、魔方陣を描いた地面に滲むと共に魔方陣は消え去り、メアとフィリアの束縛を解除させた。
「ナイス!聖なる鏡よ、光を反射せよ【ミラーフォース】ッ!」
解除されたフィリアが即座に短剣を構え、魔法の詠唱を即刻行い、光の粒子が短剣に集まっていく。そして、雨のように向かってくる炎の弾丸をまるで鏡が反射するように短剣で弾き返していく。その乱れ返しの弾丸が魔術師へと命中し、枯れ木へと吹き飛んでいく。
「……ぐあぁっ!」
「反射できる物質であれば、魔法を弾く能力を与える魔法よ。束縛が無ければ負ける気がしないわ!」
「……うぅん、逃げるべきだと思う。今のうち」
「ちょ、メア?!あんなやつなら勝て____________へ?」
メアがフィリアの手を掴んで引きずって行こうとした瞬間。
起き上がった魔術師は既に、天高く、巨大な炎の球体を造り上げていた。
熱量が直接、肌を舐めるようにビリビリと魔力を伝える。
その存在はまるで太陽のような……フィリアの身体全体が震え上がり、メアでさえ必死の表情で走っている。
「……あの魔法…………私の世界の四大究極魔法スキルの1つ____________なんでこの世界のNPCが……」
「御託は後、逃げる……ことが本来は正しいけど」
その膨大な魔力にメアが立ち止まり、フィリアを離す。すると、メアは腰の2つの剣を抜き、決死の表情で構えだした。
逃げることが正しい……本来はそれが正論であり、行うべき行動なのだろう。しかし、それは最後の駆け引きには劣る行動だ。この前、その正しい行動を取っても逃げ切れる可能性は低い……メアはそう判断した。
「…………何か大きな鏡があれば……!」
「大きな……鏡?フィリア、それって水じゃだめ?」
「水って……。そりゃ、本質は問わない魔法だけど、あれを弾くには小規模の湖くらいなきゃ無理だよ?!」
フィリアの言葉に驚きを見せるメア。
水魔法じゃどうにもならない……最も、メアは魔法系統の技を使用できないのだが、大量の水を顕現させられるアイテムをメアは所持していた。だが、それは湖規模の水ではない。精々小さな池程度の量だ。
「……っ!。そういえばメア、あのペンダント!確か『聖者』って名前じゃなかった?!」
「……うん、そうだけど」
「やりぃ!もし、それが私のゲーム《妖精牢獄》のアイテムなら『聖属性』かも!一か八かだけど、私の世界じゃ、聖属性のアイテムは炎属性に体制があるの!妖精が炎の牢獄を脱出するための反対属性としてねっ!!!」
早速、メアから受け取った聖者のペンダントを空中へと放り投げるフィリア。それと同時、魔術師の放った炎の魔法が全てを燃やし尽くすような勢いで、メアとフィリアを襲う。
「メア!あれを粉々にして!早く!」
「……う、うん!」
とてつもない熱量に怯むメアだったが、指示通り跳躍し、2つの剣でペンダントを切り刻む。そしてそれと同時にフィリアがミラーフォースの詠唱を唱える。既に炎魔法は迫っている……詠唱が間に合わなければ、ペンダントが燃やされ、反射できる物が____________メアは空中で咄嗟の行動に出た。
その刹那、フィリアとメア以外の範囲を埋め尽くす大量の水が顕現した。水もまた反射できるもの、これでペンダントの消滅を遅らせる……そして、ペンダントの粉末が交わった水であれば更に効力が上がると践んだのだ。
「上出来!聖なる鏡よ、光を反射せよ【ミラーフォース】ッ!!!」
ペンダントを含む水にフィリアの魔法が加わり、その水全てが魔法を弾く性質へと変化していく。水全体が虹色に輝き、炎の球体が水に触れた瞬間、それは押し返すかの如く球体に対して波打つ。そして、押し込まれていた水が段々と元へ戻り、その球体を完全に大空へと弾き返した。
その勢いにフィリアは吹き飛ぶが、魔術師の方は踏ん張り、また同じ魔法の詠唱を始める……が、それは背後に潜んだメアの剣によって阻止される。真縦に刻まれた傷から黒い正気が弾け飛び、光の渦となり消えていった。
「…………久しぶりに体力が減った。すごい魔術師だったね」
「だねー。最後の風圧が1番持っていかれたけど……」
メア『100/166』 フィリア『82/152』
魔術師のローブはアイテムオブジェクトとなり、その上にキラキラした粉が降りかかる。それはメアとフィリアにも……砕いたペンダントの粉末は、まるで成仏を装うようにローブに積もっていった。
「……私の世界の魔法とアイテム…………うん、思い出した。これ、私の世界のクエストだ。確か結末は____________『魔術師の最後の転移魔法で聖者を逃がした』だった」
となると、このクエストは消滅した魔術師を成仏させる為の聖者のアイテムが必要だった自然的なクエスト。それをNPC自身が受け、発注クエストとして張り出されていたのだろう。
その事に気づいたフィリアは悲しい表情でローブを取り、じっと見つめる。世界のオンラインゲームが停止されたあの現実……自分がプレイしていたゲームに何か関係性があるのだろうか?そしてもう1つ、悲しさとは違う謎の不安がフィリアを襲う。
「なんで、忘れてたんだろ……私が最初に受けたクエストなのに……」
その言葉を聞き、メアは思う。
自分のプレイした最初のクエストは____________いや、そもそも最初にプレイしたゲームは何だったのだろうか?オンラインゲームであることは間違いない……なのに、引きこもりの光となった自分の原点が今……思い出せない。
「まさか……」
最後にメアの記憶を過ったのは『現実を破棄し』という、あの言葉だった。