番外 アイナ中学校編
つ、疲れた……あまあまな展開もどろどろした陰謀ももうこりごりだよ……
こんな私にも、初恋というものはあった。
恋と言っても、それを自覚する前に潰えたのだが。
中学校の頃は、この無機質っぷりをそこまでこじらせておらず、何か楽しいこと、面白いことがあればちゃんと笑っていたし、その時居た数少ない友人曰く、私の容姿は整っているらしい(あまり自覚は無いんだけど)。それゆえか、異性と話すことも少しだけあった。
このように、私がごく普通の女子中学生をやっていた時期。
そんな中だった。私がある男子と関わり始めたのは。
二年前、会奈が中学校2年の頃。
「会奈ぁ~、今日一時限目なんだっけ?」
「結衣佳、聞くの二回目だよ? もう忘れたの?」
「い、いや、忘れてないよ? うん」
いつも通り、数少ない友達のうちの1人、結衣佳と一緒に登校した私が、1時限目を終え結衣佳と話そうと近づいたときだ。
「渡里さん、ちょっといいかな?」
話しかけてきたのは、異性の中でも比較的私とよく話す、須藤達也君だった。
顔は平凡だが優しく、にこやかで人懐っこい性格をしているため、彼を狙う女子は多いモテ男。
私としても嫌な顔をする要素は無いため、微笑を浮かべて返す。
「どうしたの? 須藤君」
「いや、大した用じゃ無いんだけどさ……放課後、大丈夫?」
「? なんで?」
「とにかく、放課後昇降口で待っててくれないかな」
「まぁ……良いけど」
「……そっか!」
そう言って、須藤君は教室から出ていった。
わざわざ隣の教室から、それをいうために来たのかな?
放課後
約束通り、私が昇降口の壁に寄りかかって待っていると、結衣佳が出てきた。
春だというのに、首もとに可愛らしいマフラーを巻いている。
こちらに気づいたようで、ニコニコしながら小走りで近づいてくる。
「会奈ぁー、一緒に帰ろー」
「あ……ごめん結衣佳。今日用事があってさ、先帰ってて?」
「ふーん、そぉ? じゃあ美咲にも言っとくね」
「うん、ありがと。じゃあね」
「じゃっ!」
独特な挨拶の言葉を残し、結衣佳は帰っていった。
もう一度、結衣佳に心の中で謝ると、もう一度壁に寄りかかり、須藤君を待った。
十分程経った頃、須藤君はやって来た。
「ごめん渡里さん。俺日直だった」
「気にしなくて良いよ。で、どうしたの?」
すると、須藤君は二、三度頭をかきながら周りを見渡した。既に校舎内に居る人は少なく、辺りに人はいない。
「あのさ、このあと時間あるかな」
「んー……ちょっとなら」
「じゃあ、ヨネでも行かない? あそこケーキが旨いらしくてさ」
「え? ほんと?」
ヨネというのは、確か学校から歩いて五分位の場所にある喫茶店だ。ミルクティーが美味しいからたまに行くけど、ケーキが美味しいなんてはじめて聞いた。
「おう。俺がよく食べるのはティラミスだけど、ショートケーキとかモンブランも旨いらしいよ」
「へー」
モンブランは大好物だ。
それに、家にいてもやることなんて殆ど無いし、特に嫌というわけでは無い。
それに、ヨネのミルクティーが飲みたい気分になってきたし、ちょうど良いかな。
「じゃあ、行こっかな」
すると、須藤君は何故かうっすら笑みを浮かべ、歩き始めた。
私はその後ろを歩きながら、その笑みの意味を探っていた。
喫茶店ヨネの隅っこの席に座った私たちは、それぞれ注文を終えた。
「渡里さんって成績良いよね。羨ましいな」
「そんなこと無いよ。誰でも予習とか復習してればできるんだから。ていうか、須藤君も成績良いじゃない」
「俺、テスト博打だからなぁ。選択問題なんて鉛筆転がすぜ」
「それは嘘でしょ」
笑いながら突っ込むと、割りと本気の顔で「マジだよ」と返されてしまった。
思わず苦笑いを浮かべてしまったが、須藤君は微笑を浮かべて話し続けた。
「渡里さんってさ、ゲームとかしないの?」
「? 何で?」
「いや、たまに渡里さんが話してるの聞くと、ゲームの話題になった途端話さなくなるじゃん」
「……まぁ、そうだね。やったことないなぁ」
「何で? 面白いのに」
「両親から禁止されてるんだ。だから、小さい頃からやったこと無いよ」
「そんなこと気にしないで、やればいいのに。今時ゲームやってない人の方が少な……」
約束を破り、両親の失望した目を想像した途端、体の底から震えがくる。
「それは駄目!」
つい、怒鳴ってしまった。呆ける彼に、慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺も悪かった。なんか理由があったんだろうし」
その後、しばらく話がぎこちなく進み、ふと喫茶店の時計が4時半を指しているのが目に入った。
もうすぐ、惣菜が半額になる。なんてことが頭の中に最初に浮かぶ。
「あ、ごめんなさい。私帰らなきゃ」
「え? もう?」
「うん、ご飯作らなきゃいけないからさ」
「そうか。じゃあ、ここは俺が出しとくから」
「大丈夫。気持ちだけ貰うよ」
お決まりの台詞を冗談めかして答えると、彼も苦笑する。
「じゃ、バイバイ」
彼の言葉に手を振って答えると、私はレジで支払いを済ませて店を出た。
あの時、一回でも振り向いておけば、彼の蔑むような表情に気づけたのに。
数ヶ月後も、私はたまに須藤君とヨネに行っていた。
わざわざ隣のクラスから来て誘ってくるうち、私からも誘うようになった。
そんなある日。
「あっつい……」
既に真夏を迎え、朝だというのに強烈な熱気と戦いながら、私は学校へと歩いていく。
今日は結衣佳が時間に来なかったため、1人で登校することになっていた。
それも相まって、少しイライラしながら教室に入った。
瞬間、寒気を感じるほどの冷たい視線が私に降り注いだ。
辺りを見回すと、皆が皆私に軽蔑の目を向けていた。
どういうこと? 私は記憶を探りながら机に向かい、鞄を置こうとしたとき、私のかいていた汗が、全て冷や汗に変わった。
『クソビッチ』『女狐』『泥棒猫』『最低』
机に殴り書きされていたものは、心当たりの無いものばかりだった。
私は、あるはずの無い答えを探すように、辺りを見渡した。
そして、一つの光明を見つける。
結衣佳と美咲が、机を挟んで談笑していたのだ。
きっと彼女たちは信じてないんだ。
そう考え、私は、半ばすがるような気持ちで二人に近づいた。
「……結衣佳」
「でさ、昨日焼いたクッキーがすっごい美味しくてー」
……嘘。
「ねぇ、美咲」
「なに言ってんの。あんたのクッキーがおいしかった記憶がないわよ」
嘘でしょ。
「ね、えっ」
突然世界が歪む。一瞬遅れて、自分が泣いていることに気づいた。
同時に、親友に見放されたことも。
ふと、頭の中に須藤君が浮かんだ。
その時私は、優しい須藤君なら受け入れてくれるなんて生ぬるい事を、確かに信じていた。
崩れ落ちそうになる体を必死に支えながら、私は隣のクラスに向かった。
そして、見慣れぬ女性を抱き寄せる彼を見たとき、私の脳は全てを理解してしまった。
私は、いいように誘導され、陥れられたんだ。おそらく、私の事を良く思っていない人物が須藤君に頼んだ。
そう、『頼まれたから』彼は私に近づいてきたんだ。
「あっ……ああ」
元々両親との会話がなかったせいで、得られるはずだった、裏切られる(約束を破られる)ことへの耐性を持っていなかった私は、容易に壊れた。
それから、私は精神病院に入院してカウンセリングを受けた。
1年間の長い修理を終えて退院した頃には、陥れられたことにまったく恨みは持っていなかった。その代わり、喜怒哀楽が一部抜け落ちていた。
こうして出来上がったのが、冷たく感情の無い機械──
──渡里会奈、だ。
会奈がどういうように陥れられたか、伝わりましたでしょうか。