プロローグ
高校二年の春、学校に行くのが嫌だった。
ていうか、一年の秋からずっと嫌だ。
『武蔵野ドラゴン』なんてあだ名がついたからだ。
俺の名前に龍があるだけじゃないか。
俺の名前は阿部龍児というイイ名前があるのに。
そもそも学校の外で不良に殴られていた幼馴染を助けただけなのに……。
いや、運が悪かっただけなんだ。
たまたま地域で最強の不良グループ31人を追い払っただけなのに。
ていうか、殴ってない。
ていうか、見た目と声のせいで巻き込まれただけだし。
ていうか、誰だよ『武蔵野ドラゴン』ってつけた奴。
毎朝、洗面所の鏡に映る親父に似て日本人の割に彫が深い自分の顔を見て後悔ではない自己暗示だと言い聞かせる。
「やれる、まだやれる」
身長は180cmくらいだが声が少し低いから威圧感があるらしい。
「絶対にやってやる」
同じことを思い返して俺は怒りをバネにして学校に向かって行った。
しかしもう半年近く経った。二年に進級できたし、評価が下がったのは一時的だと思うことにしよう。
「やべぇよ、ドラゴンだよ……」
無理だ、心が挫けそう。
「やべぇって!あの顔キレてる……」
気合い入れただけなのに……。
もうどうしたらいいのか分からない。
「無事、二年になれたな龍児!」
あぁ、絶望しかない。
「なにまた怖い顔してんだよ?」
生まれつきだ……。
唯一、俺に話しかけてくれる小学2年生までの友達。
大河謙治だ。
小学校の頃に転校して高校で再会した。
そして『武蔵野ドラゴン』の原因だ。
アイツが不良と喧嘩しなければ、やられていなければ助けなかった。
だが、友達は友達だ。
俺が更生させてやると最初は息巻いていたが、全て残念な結果になった。
「オイッ見ろよ!」
また外野が騒ぎだす。
「武蔵野タイガーじゃん!」
「なにをしてるお前らー!」
生徒指導の剛力が箒を持ってやってきた。
外野は早足で教室に向かうし、あっという間に俺と謙治だけになった。
「大河、また阿部を巻き込もうとしてるのか?」
「チッ……なんもねぇよ」
「そうやって態度が悪いから孤立するんだ!」
正論だ。
剛力は意外と面倒見がいい。
「お前達は旧校舎の廊下掃除だ!」
俺が持てる勇気と誠意を見せれば俺だけ逃げられるかもしれない。
「すんませんしたっ!」
「阿部ぇっ!連帯責任だぁっ!」
「ちょっ……なんでそうなるんですか!」
「自分だけ逃げようと考えただろう?」
「~~~~ッ!」
前言撤回だ。
コイツは鬼だ。心を読む鬼だ。
「やべぇ、さすが修羅」
「すげぇな、あの二人を黙らせやがった」
外野はいつも近くにいるし、聞こえないと思っている。
ムカつくが、問題を起こしたくないしコレは謙治が悪い。
きっといつか分かってもらえると信じることにしよう!
俺はまだ人類に絶望はしていない。分かり合える未来を信じる。
相変わらず心の叫びを胸に刻んでいたら後ろから女子がやってきた。
「先生、謙治が御迷惑かけて申し訳ございません」
あ、お嬢様って裏で呼ばれてる女子か。
あの子は花村ゆかり。
謙治の事をいつも気にかけているし、一緒に登校している。
なにが二人の間にあったか興味ない。
本当に興味ない。
「花村ぁ!お前も連帯責任だ!」
「はい、分かりました!」
この子は天使だ。
屈託のない笑顔で剛力の理不尽さを受け入れた。
「先生!私も馬鹿どもの責任をクラス委員長として取ります!」
天使の次は馬鹿が現れやがった。
「西田ぁ!お前はまだ委員長じゃないだろう!」
「この後なりまーす」
アイツは西田沙織だ。
小学生から委員長や日直代理をやってた。
いや、うざいけど悪い奴じゃない。
「さ、沙織ちゃん駄目よ!」
「いいって!ウチら友達じゃん?」
「だけど……」
「いいよなぁド・ラ・ゴ・ン!ププッ!」
鬼と虎、そして天使と……悪魔だ。
どうしてこうなった。
俺は答えるのも面倒になり一礼して教室に向かった。
教室に向かっているのに、どうして、なぜいや天使はいいウェルカムだ。
なぜ虎と悪魔がやってくる。
あってはならない現実が起きてしまっている。
「同じクラスかよ……」
俺は人類の可能性に絶望した。