第2話 魔法界へ
ティリリリリリリリリリ……!
自室にある目覚まし時計が高音を放っている。どうやら今は朝の7時くらいだ。
俺は目覚まし時計の音を停止させ、窓のカーテンを閉め日差しを防ぎ、もう少し寝ようと目を閉じた。
「起きてー!お兄ちゃん!」
すると突然、その声とともに俺の自室に大量の洪水が発生し、俺は溺れかけ、強制的に目を覚ました。これは水系の魔術。間違いなく中学生の妹、鈴子の仕業だ。
目を覚ました俺は、朝から俺を水死させるかのように現れた妹に向けて怒鳴る。
「っおい‼︎普通、家でこんな魔法使うな‼︎水死するだろーが!」
「いーじゃない。だってお兄ちゃん死なないでしょ」
確かに妹がどんな魔術を使ってきても俺は殺せない。ちょっとした能力があるからだ。
しかし、毎日こうも魔術で不意打ちをされると精神的に死んでしまう。炎系の魔術を受けても死なないっちゃしなないがそれなりに熱いし、今も寝起き直後に大量の洪水をかけられ身体はブルブル震えている。まるで毎日拷問されているかのようだ。それと、どうせかけるなら冷水ではなくお湯にしてほしいものだ。
「これでもうお目々パッチリでしょ!じゃあ、部屋乾かすねぇ〜」
妹は俺の部屋全体に温い風のような魔法を放出し、俺の部屋は次第に元の状態へと戻っていった。
俺は朝食を食べにリビングへと向かった。リビングには母親が食パンを食べていて、俺の分の食パンも机の上に用意されていた。
「これ、晴翔の分ね」
「あいよ」
俺はその食パンを手に取り、テレビに目を向けた。天気予報が放送されており、俺が住んでいる東京は晴れだった。
「今日も鈴子に不意打ちされたの?」
母親はそう問いかけてきた。もはや母親も予想できるほどに妹が俺に不意打ちすることは恒例行事になりかけていた。
「あぁ、今日も。部屋が沈没しかけた」
「あらあの子、水の魔術も使えるようになったのね。ところで、貴方は何か魔術使えるようになった?」
「……」
俺は母親からの視線を懸命に無視してテレビへと目を向ける。
そう、俺は魔術を使えない。使えるとしたらD級の便利魔法だけで、妹の鈴子のようにB級の攻撃魔法や防御魔法は使えないのだ。
つまり俺は妹の鈴子より劣っている。
「今度、お父さんにコツを聞いてみたら?お父さん、結構すごい魔術師だったらしいわよ」
「そーいう問題じゃないんだ。父さんにも何度か教わったけど無理なんだよな」
「ふーん。魔術って思ったよりも大変そうなのね」
ちなみに母親である立松夏実は“普通の人間”だ。どういう経路で魔術師の父さんと普通の人間の母さんが結婚したのかは知らないが、母さんは父さんに出会うまで魔術師の存在は一切信じなかったそうだ。
「ねーお兄ちゃんー!今日、学校終わったら暇ー?」
リビングに妹の鈴子がやってきた。俺を何度も魔法で殺しにかかる暗殺者と呼んでも過言ではない。
そんな暗殺者の問いかけに俺は食パンを咥えながら答える。
「ふぁ、へふにほうひははいほ(あぁ、別に用事はないぞ)」
「じゃあさ、じゃあさ!一緒に魔法界行って、私の新しい杖の選定手伝ってよ!今日、パパが本当は選定してくれる約束だったのに、パパ残業なんだって!」
父さんは一応、サラリーマンとして働いている。どうやら今日は残業するらしい。
それよりも杖の選定はなかなか難しい。自らの魔力と杖の相性さ、杖が自分の全ての魔術にきちんと反応するかを見定めなければならない。
そんな杖の選定を妹ができるのだろうか。
「杖の選び方お前わかるのか?」
「大丈夫、大丈夫!バッチリよ!」
「それならいいけど、ほら、俺杖なんて使ったことないからさ」
「魔術も使ったことないもんね!」
「うっ、もうちょっと慎んで言え」
俺は言い返すことができぬまま学校へと向かった。
「今日さ今日さ!皆でボーリング行く予定なんだけど、晴翔もこない?」
教室に入ると急に友人の小林が俺に話しかけて来た。
ボーリングに誘ってくれたのは嬉しいが俺は今日、妹と杖の選定に行かなければならない。
「ボーリング?あぁ、今日は用事が入ってるから無理だわ。誘ってくれてありがとよ」
「うわー、残念だなー。今んとこメンツが男二人で女の子三人なんだよなー」
な、なにぃ!?まさかの合コンだっただと!
行きたいが行けない。俺は今朝との妹との会話をこれまでにないほど後悔した。
それよりもあのネズミ顏の小林が何故そんな合コンなんかに参加できるのだ。
俺は小林を嫉妬の目で睨みつけ、小林はそんな俺に優越感に浸りながらこう言う。
「その子たち三人とも可愛くってさー!皆、同んなじ特徴もあるんだぜ!」
「同じ特徴?」
「皆、俺みたいな顔でさぁ〜!」
俺はその一言を聞いた途端、女装した小林が三人でボーリングしている姿を想像してしまい、今朝、妹と約束をして置いて良かったと安堵のため息を吐いた。
その日の放課後、俺と妹の鈴子は家に直帰し、我が家の地下室にあるドアを開けた。
そのドアの向こうが魔術師たちが暮らす世界、魔法界だ。
そのドアは【ドラ○もん】の【どこでもドア】のように人間界と魔法界を繋げている。
俺と鈴子はそのドアをくぐり、魔法界へと足を運んだ。
ドアの向こうはどこかの建物の中だった。俺と鈴子は建物の外に出ると、そこはもう魔法界だった。
ほうきで空を飛ぶ人や、炎の球でジャグリングしている人がいて、まさにそこは魔法の国だった。
「魔法界に来るのは久しぶりだな」
「そうだね!小学生くらいかな?最後に来たの?」
鈴子は辺りをキョロキョロ見渡しているとふと不自然なものが視界に映ったようで、その方向をボー…っと見つめていた。
「どうした、鈴子」
「お兄ちゃん、アレ……」
鈴子が指を指したのは杖屋の建物の屋根の上だった。
なんとそこに覆面マスクを身につけた正体不明の男が、そこの杖屋の店員を人質にして大声で叫んでいたのだ。
「逃走用の車を用意しろ!そして俺に手を出すな!さもなければこの男は死ぬぞ!」
杖屋の店員の頬に杖を突きつけながら正体不明の男は脅迫していた。
辺りにいる人たちはその男に手を出すことができなかった。
「お兄ちゃん!」
「あぁ、いくぞ!」
俺と妹はその建物の裏へと走り出した。