第五話「多分五里霧中」
9月21日書き足し。遅くなって申し訳ございません。
女の子の名前、募集してみても面白いかも……?
ここまでのあらすじ:幼女をお持ち帰り。
でも、信じてください。ロリコンじゃないんです。人類のためなんです。
そういうわけで、わたしの部屋。
月都市の中では、比較的古い区画(主に家賃の関係で)。それでも、居住性はそこそこ。人間一人が暮らすための最低限は確保されていると思います。具体的には、ワンルームにシャワートイレキッチン付き。水代が馬鹿高いので、シャワー滅多に使いませんけど。この辺は昔の規格だそうで。
地球だと、毎日お風呂に入るのが当たり前だとか。しかも、地域によっては水が空から降ってきて自動補充されるとか。アンビリーバブル。そういえば前に昔のアニメーションを見たとき、やけにお風呂やシャワーのシーンがありましたっけ。あれも地球の水の豊富さを象徴していると言えるのでしょう。
……まぁ、でも、ここは月面。掘り出された貴重な水の使い道は、シャワーなんかより飲食の方が優先。
「お茶どうぞー」
そんなわけで。結局飲み物を調達しそびれて、わたしも喉もかわいていたのでお茶を淹れました。とはいえ、お湯を沸かして、ストックしてある粉末緑茶をポンするだけですが。
「……どうもおかまいなく」
宇宙人子ちゃん(仮称。ネーミングへの苦情は受け付けていません)は湯のみ(月の石から作ったセラミック製)を受け取り、おそるおそる、と言った様子で湯のみを口に付けては離しを繰り替えしています。猫舌なのでしょうか?
……さて、無事家に帰り着けましたし、宇宙人子ちゃんはお茶に夢中といったところでセルフ反省会。議題は、どうして「迷子を保護」したのか?
一言で言えば、独占欲……でしょうか?
職場で専門機材を使えば、確かにこの子について沢山のことがわかるでしょう。しかし、そうなればどうなるか。確実にわたしの手を離れます。
そうなる前になるべく、自分の手で調べたい。わたしも専門家、研究者の端くれ。そういう気持ちが無いと言えば嘘になります。
でも、少し違和感が。
……わたし、確かにワーカーホリックを自称したこともありましたけど。こんなに「仕事熱心」でしたっけ?
いまいち納得いかない行動原理に加えて、もう一つ心に引っかかり。
「……んー」
宇宙人ちゃんの顔を引き寄せて、じっと観察します。相手はなぜか無抵抗で、目をつむっていますが。
この顔に似た顔を、どこかで、どこかで見たような。
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その後。茶飲み話に、わたしが質問を投げ、宇宙人子ちゃんがたどたどしい言葉で答える問答を続けること一時間。『どうして地球人の形をしているのか』『何のために(どうやって)月に来たのか』という核心の二点にも迫ってみたものの、今のところ収穫ほぼゼロ。このままでは埒があかないので、まずは相手との関係を深めよう、と方針を転換。現在はわたしが質問に答えるフェーズとなっています。
「……質問、まだあります?」
今まで、好きな食べ物や年齢、誕生日(相手に暦の概念があることが分かったのは一応の収穫でした)など、当たり障りの無い質問がいくつか。わたしの回答に対する宇宙人子ちゃん(仮)の反応が不明瞭なので、理解度が推し量れないのが最大の問題。……せめて、脳波を測れる機械があれば。わたし自身が脳波を測る系センサと相性が悪いので、部屋に置いてないのが運の尽き。
「……ごかぞくは?」
おそらくしばらく悩んだ末、向こうから多少踏み込んだ質問。何だかお見合いっぽいんですが。
「親の話ですか?死んでますけど」
月との往復中に、シャトルの事故で揃ってお亡くなりに。確か、わたしが年齢一桁の頃。これ言うと、大抵同情されるので嫌なんですけど。今回ばかりはその心配は無いので。
「えっ……」
「家族と言うなら、親戚のおばさんと……あと、祖母のようなものが生きているそうですが」
祖母のようなもの(不確定名)には会ったことがありません。どうにも多忙らしく、なかなか連絡がつかない。時間がとれて会話しようにも、地球との間では折り返し最低2秒のタイムラグ。そもそも、地球との回線をプライベートで占有すると大変お金がかかります。
メールが来たことも確かありますけど、「会ったことも無い肉親」という微妙な距離ゆえに返答はぎこちなく。そんなこんなで、自然と疎遠に。顔を見て思い出せるかどうか微妙なラインです。……これは、わたしが人の顔を覚えるのが苦手なせいもあるんでしょうけど。
「あなたも、家族とか居るので?」
この辺までが、わたしの事情。他人から見ればデリケートな問題でしょうし、焦りは禁物とはいえ、そろそろいい加減向こうの情報も欲しいところ。悪く言えば我が家の事情をダシにして、返す刀で踏み込みます。
「……かぞ……く?」
……まぁ、それでまともな答えが帰って来るなら、苦労はしないんですが。概ね、これまでの返答もこの有様。ずるい。
「家族の意味、わかります?」
「かぞく。『主に血縁者から成る生活共同体のこと。血縁ないし生活を共にすることの何れかを定義とするケースが多い。地域によって定義にばらつきが見られる』」
「おおう!?」
今まで片言気味だった所が唐突に流暢に。思わず変な声が出ました。多分、何処かの辞書から引っ張ってきた内容の引き写しでしょう。この子の「常識」は、人類から採取したデータに依存していると思われます。具体的には、プローヴ群に送り付けられたデータと、わたしとの接触で得た情報。辞書は多分前者。
ちなみに今までの会話は最初の呼び掛けが日本語だったので、流れで日本語です。そういえば、この子一体何か国語喋れるんでしょうか。そういうデータも欲しいのですが、なかなか難しそう。わたし自身が使える言語が英語と日本語、あとフランス語と中国語とロシア語が日常会話くらいなので。
自動翻訳という手も勿論ありますが、迂闊に使ってこの子に変な会話グセ付けたら、後で面倒なことになりかねませんし。誤訳一つで外交が拗れる歴史もあったもの。異星間の交渉でそれが起きると、多分大変なことになります。
「……いまさらですけど、凄く危ない橋わたってますよね、わたし」
本当に今更です。成り行きでお部屋にお連れして茶飲み話中ですが、これまでの情報を統合すると相手は地球外生命体に近い何か。わたしは接触した時点でどのみち駄目かもともと平気かどちらか、と割り切りましたが、バイオがハザードする危険すらあるのです。
最悪、月面都市なら区画ごと隔離すれば被害拡大は避けられるのですが。そうなると自動的にわたしも隔離されるでしょう。研究対象にもされると思いますが、実験動物なのは今に始まった話でもなし。肉体的に概ね人間っぽいこの子が生きているということは、致命的な類の汚染は多分ないですし。
「……あぶない?」
「いえ、こっちの話です」
……もしかして、地球ではなく月なのは、この辺りに理由があるのかも?いや、そもそもこの子が「唯一」と決まった訳では無いですが。探査機の「子機」だと仮定した場合、複数存在すると考えるのが自然でしょう。
「家族、といえば。あなたと似たような存在って、どれくらい居るんです?」
話の流れも繋がるので、早速聞いてみます。
「……にたような、そんざい?」
「あなたと同じような、わたしたち以外の知的生命体からの使者……探査機?の個体数です」
「……ちょっと、まってて。かぞえる」
うまく行きました。「数える」というのは……母船と通信でもしているのか、宇宙人子ちゃんはそのままの姿勢でフリーズ。
質門返しを食らった時はどうしようかと思いましたが、段々対処法がわかってきました。というより、盛大に勘違いをしていました。片言疑問形は回答をはぐらかしている、と捉えていましたが、要するに処理の途中で生じた情報不足を返しているエラーメッセージのようなものっぽいです。なのでその都度即座に追加情報を与え続ければ、処理を継続するという訳です。
「……いちまんさんぜんななひゃくごじゅうなな」
多くないですか!?
と、ツッコミを我慢したわたし偉い。また話が逸れますから。「通信」はわりと一瞬で終わったご様子で、答えはすぐに帰ってきました。……しかし、13757人ですか。複数人居る、とは予想していたものの、想定を2ケタほど上回っています。全員月に降り立っている訳はなく、大部分は地球でしょう。と、そこまで考えてわたしは気付きました。
さすがに一万人も人間がいきなり増えて、ばれない筈が無いだろう、と。総人口との比率にして100万分の1だろうと、先進国なら、身分証で一発照合。身元不明者がダース単位で出れば、ニュースにもなります。……いや、この子も月面都市のセキュリティに引っ掛かってないので、何か対策はあるのかもしれませんが。
しかし初歩的な勘違いの可能性は排除しておくに越したことはなし。
「そのうち、ここから半径1天文単位に居る数は?」
「……ひとつ」
天文単位の意味は知っているらしく、今度は即答でした。
さて、どういうことか。話は単純、単位の違いです。わたしが聞いたつもりだったのは、人間型の子機の数。それに対して、答えたのは「プローヴ群」を単位とした総数。つまり今地球に接近している「艦隊」が、宇宙の何処かにあと一万数千セット。……気が遠くなりそうですが、銀河系にある恒星は億単位。だから恒星間探査にはこの規模が必要なのでしょう。
「あなたみたいな人型端末は、他にもいらっしゃるので?」
「……たんまつ?」
「端末といいますか、子機といいますか……」
なんなんでしょう?この子。多分、プローヴ群が地球人に似せて作った「子機」だと思うのですが。今のところ、詳細不明。
「……わからない」
聞く側がわからないものを尋ねるのは、やっぱり無理がありますか……調査対象の恒星系も一つじゃないでしょうし、高度な柔軟性を持ったシステムがそれに合わせて子機を作るなら、総体の把握も、どこまで「子機」なのかも定義することは難しいでしょう。例えば、マイクロマシンみたいな群体を調査のために送り込んでいたら、とか。
え?調査対象が太陽系だけじゃない理由?合理的思考を行うなら、目的が何であれ複数の場所へ同時に探査機を送るでしょう。……まぁ、地球人は月や火星に2ケタじゃ効かない数の探査機を送り込んでますが。それは手近な場所が他になくて、技術が未成熟だったからということで。
「いいですよね、色んな所に行けて」
そんな彼女達を作った文明。観測データの「送信先」は、一体どこなのか。恒星間に羽撃く文明は、一体どんなものなのか。聞きたいことはまだまだ山のようにありますが。わたしの口から出たのは、そんな言葉でした。
「……あなたは、いけないの?」
「いえ、単純に個人的身体的な問題でして」
思いの外よかった食いつきに、地球の文明に対する誤解を防ぎつつ、そう返答します。
一般に、月面で成長期を迎えるルナリアンの体は、月の重力に最適化されると言われています。だから身長の伸びも早く、大きくもなるそうで。……ここに例外が一人いますけど。
わたしの身長は18歳くらいで160cmを目前に止まり、以来そのまんま。一方体重は……体重の話は止めておきましょう。とにかく、月で育った体は地球の重力に耐えられない、というのが定説。よしんば地球の重力に耐えられるにしても、大気圏突入時には最大3Gほどがかかります。普段受けている重力の実に18倍。地球生まれの人間が普通に耐えられるのはおよそ10G、つまり普段の重力の10倍が限界ということを考えると、如何に過酷かお分かり頂けるかと思います。
なお、わたし担当のお医者さん(マッドな人)は「君なら地球、目指せるかもよ?」と仰っていますが、面白おかしい死に方をするのは御免なので当面パスです。
……だから、わたしの世界はここにしかない。
わたしは、月に縛られている。
まぁ、そんなことは今更です。人類の歴史を鑑みれば、生まれた村から一歩も出ないで一生を終える、なんて例がざらだった時代もありますし。インドア派なので不便はあんまり感じません。
「一方あなたは、旅してばかりですか」
「……たび?わからない」
「まぁ、そうですよね……」
あの「船」の中で作られたなら、そうなのでしょう。この子の意識構造がどうなっているかわかりませんが。地球人と接触してからロールアウトされたなら、旅の記憶を持っているかは微妙なところ。
むしろそれ以前に、最大の問題点。どうして、彼女が人の形をしているのか。どうやって、月面まで辿り着いたのか。未だ、『本隊』は火星と地球の間。どうやって、どうして。彼女は「先回り」をしたのか。……それも、地球ではなく、この月に。
「どうやって人間の形に?」
受け答えのコツもわかってきましたし、ダメ元で聞いてみます。理由は何らかの交渉のため、なんでしょうけど。WhyよりHowが知りたい今日この頃。
「でーた、もらった」
「あー……」
そういえば、うっすら聞いた覚えあります。ファーストコンタクト(はじめてのおつきあい)の時に送られた乱雑なデータ群。その中に、人間の遺伝子データがあったとかそういう話。種を明かせば、簡単なことでした。
ネタがわかれば、再現も出来るというもの。細胞の他の「中身」をどうしたのか、興味はありますが……特にミトコンドリアとか。まぁ、何処かに元ネタの細胞が一個あれば、不可能ではないでしょう。細胞の構造にはわりと必然的な部分もあるので、似た構造の生物が何処かに居た可能性もあり。今の人類にはだいぶハードル高いですけど。
結論、人間は作れる。但し、現在の地球人類を越える水準の技術があれば。
「目の前に居る以上、信じない訳にもいかないですよね……」
ある程度の状況証拠は、出揃ってますし。目の前の女の子は、地球外の生まれであるとしましょう。
脳内の常識が全力で抵抗を繰り広げておりますが。常日頃から非常識と他人に言われ続けてきた自分に、案外強固な常識があったことがわかったのは収穫。こういうケースの場合、常識と油断は足を掬われる元。危険の種。
危ないと言えば、もう一つ。ルナリアンな「わたし」のデータは人類の中でもかなり偏っていると自負するところ。具体的には、健康診断のデータだけで研究価値が発生する位。このままこの子に情報を与え続けて大丈夫なのでしょうか?「わたし」のサンプルを人類全体へ拡大適応した場合、何か致命的な不都合が起きるのでは?悩んだところで、わたしも一つの個人である以上、自己を客観視するには限界というものがあります。この危険は、とりあえず無視。
「……おねえさん?おねえさん」
わたしは考えに耽っている最中。そういえば子供というのは、ものの本によると庇護を誘う造形になっているそうで。少女の姿になっているのも、その辺を考慮した末なのですかね?或は、単に納期の都合というセンも考えられますが。
それとはまったく関係なく、正直なところ割と呼びかけがうっとおしい。向こうからのコミュニケーションが活性化しているのは、客観視すれば良い状況なのでしょうが。見れば、お茶菓子と向こうの湯呑が空のご様子。お茶もストックが残り少ないというのに。
あとから考えれば、わたしの精神には色々と常ならざる出来事の負荷が積み重なっていた訳で。つい。
「お替りですか。おねえさんおねえさんと、わたしには名前が……」
あ、と。言ってからすぐ気づきました。
本日のうっかり2度目。責任回避のために名乗らないと決めていたのに、わたしのばか!
1回目といい、どうも、この手の失言癖を直さないと出世にも響く気もしてきます。ですがピンチはチャンス。名乗ってしまった以上、覆水は盆には帰らない、ということで思考を即座に切り替えました。
自分で言うのも難ですが、切り替えと立て直しが早いのはわたしのいいところです。ここはプランB。いつまでも一般名詞や二人称代名詞で呼び合うのも他人行儀というもの。
折角なので、この子に「名前」をつけてあげましょう。