第四話「天知る神知る我知る子知る」
--同時刻 わたしの脳内--
……はい、地球外生命体確定♪
と判断するのはまだ早いです。第一彼女が言ってることが本当かどうかわからないし、でも最初の挨拶(?)からして普通じゃなかったですし。
宇宙人に拉致られた地球人かもしれないし、でも人類が太陽系外に出たことはほとんど無いから、拉致られる要素は限りなくゼロに近いですし。
そうなると彼女が地球外知的生命体の少なくとも一部であることは明確なわけでそうすると私の一挙手一投足によって地球が滅亡するかとまうかが決まってしまったりしまわなかったり。
あー、今日も地球が綺麗ですねぇ(混乱&現実逃避中)。
とまぁ、わたしの脳内は物の見事にこんな具合の混乱状態でしたが。
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「てい」
「あべしっ!?」
首の後ろに気持ちのいい一撃を貰って、トリップは中断。こんにちは、現実世界。
目の前には、先ほど変わらぬ女の子。……強いて違いを探すなら、少しむくれているような、いないような。
変化の分かり辛い、人形のような顔はそのまんま。先ほど見た笑顔は気のせいだったんですかね?
「……どうした、の?」
「いえ、ちょっと状況の整理を……」
首をさすりさすり。身長差にも関らず結構いい一撃。この子、見かけによらず結構な手練です。
……そういえば、大事なことを聞き忘れていました。いつまでもあなた、この子呼ばわりでは、成り立つコミュニケーションも成り立ちません。
「あなたのお名前はなんですか?」
「ひとにきくときはまずじぶんから」
地球外生命体に人の礼儀を諭されてしまいました。さりげなく、地球人類としてのアイディンティティーの危機です。
「わたしは、別に名乗るほどの者じゃあありません」
この場において、名乗る=責任の発生、というわたしのなけなしの理性が。働きました。知らないうちに、人類名代の責任をおっ被されるのは御免です。
「…・・・なまえながい」
どうやら、「別に」以降を全て名前と認識してしまったようです。
「ありがちなボケをありがとうございます」
正直、旧世紀の遺物です。でも、単に言語体系が未熟なだけかもしれないので冷酷な反応は保留とします。知識が偏っているのは、学習手段に原因があるのでは?などと脳内に書き留めながら。
「あり……がち?」
この子のペースだと日が暮れそう。いや、月面基準だと夜昼合わせて30日なんですけど。人間がそのリズムで働くと死ぬので、月基地内は国際標準時基準の一日24時間です。閑話休題。
「結局、名前は無いということで?」
「うん……」
予想の範疇。人類だって、自然状態では名前を付けるなんて文化は無かった筈ですし。もし仮に宇宙人の使者なら、ありうる。
「なら、あなたの目的は?」
時間短縮のために、速攻で次の質問。名前の件は後で解決しましょう。入国審査の手順を思い出してください。パスポートを確認したら、次は滞在目的。さいとしーいんぐ、と答えてくれるとは思いませんが。
「えらいひと……どこ?」
わたしの質問に、宇宙人子ちゃん(仮)(ネーミングセンスに対する苦情は受け付けません)が口を開きます。
「えっと……偉い人?性的な意味で?」
それはエロい人です。言ってから気付きました(脊髄反射)が。
とにかく、予想の範疇その2。このタイミングで宇宙人が何かしてくるなら、目的は交渉or宣戦布告と推測されます。なら、代表者を求めてくるのは道理です。
「偉いと一口に言われましても……」
21世紀が折り返しを過ぎて尚、地球は一つの組織でまとまっているわけではないので。地上には数多の独立国家が跳梁跋扈しています。
一瞬、国連事務総長(権力無し)、大国の指導者(力は正義)、お勤め先のトップ(月に限れば一番偉い人)、などなどの顔が頭を過りましたが、どうも地球人類の代表と言って差し支えない人はちょっと(かなり)見当たりません。
人類が生み出した偉大な発明とも言える民主主義ですが、どうもこういうことには向いてないっぽいです。さて、どうしたものでしょうか。その前に地球の偉い人に会わせるためには、まず地球に連れて行かないといけませんし。
しかし、そこでわたしの頭に、一種悪魔的とも言える閃きが訪れたのでした。いえ、訪れてしまったのでした。
「わたしとかどうでしょう」
誰も代表ではない→誰が代表をやってもいい(むしろ関係ない人がやった方が案外揉めない)
→現状で代表にふさわしいと思われる人間はだれか?→第一に接触したわたし
脳内会議でとんでもない結論が出たんですけど。
しかも、口に出してるんですけど。
そして、その後の論理展開は必然的にこう続きます。
わたしが人類代表→わたしが人類の責任を背負う(場合に寄っては人類絶滅)
一言の失言で、緻密な保身計画が!気分は昔の政治家です。国会で馬鹿野郎って言っても再選された大らかな時代が羨ましい。
……逆に考えるんだ。放っておけば人類が滅亡すると考えるんだ。そうすれば、わたしはそれを救った人間。万が一絶滅しても当然の帰結、と。
「・・・・・・おねぇちゃん、えろいひと?」
「いや、えろくはねーです」
思わず素で否定。どうせ色気とかは無縁ですよ。どうせわたしの胸は常人以下ですよ。医者が調べたがるほどのひどさですよ。
……いや、冷静になるとこれはわたしのさっきの返答を吸収してしまった結果では。
危うく自己嫌悪ループに陥りそうな精神を建て直し。
テンションがだだ下がった副産物として、周囲を多少なりと俯瞰する余裕得て。公共の場所で話し込んでいることと、今現在の状態でこの子を誰か目撃されるのはあまりよろしくないことを鑑みた結果。
「……場所を変えませんか?」
そう一言告げて。
端的に言えば、拉致りました。またの名を、未成年者略取誘拐とかそんな感じの罪状。
いえ、これは、迷子の保護。本人が案内所に連れていかれるのを嫌がったから、わたしのお部屋にお連れした。だから、ギリギリセーフ。
様々な事態を想定して、安全策を用意するのが賢い人間のライフスタイル。
……といっても、後から考えればこの時のわたしは十二分に錯乱していたと言えるでしょう。