第三話「三つ巴の争い」
今日は休日。
……明日から職場移動ということで、「人類の危機」にも関わらず半ば強引に休みをもらったのですが。結局、マッチョの園への有効な対策は未だ打てず。
それはそれとして。わたしは現在お昼ご飯中。インドア派でもたまには、ということでベンチでお弁当を広げています。もちろん、それとは別に端末も広げています。インドア派ですから。
仕事をしている……と見せかけて、表示されている内容は、昨日ぶつけたAMS(装甲機動服)の診断結果。
「修理箇所が、ひい、ふう、みい、よ……」
わたし自身はたん瘤が出来た程度で済んだものの、AMSのダメージが意外と重篤でした。
衝突したときにスラスターをぶつけたらしく、ユニットごと交換が必要。取り付け金具はオーダーメイド。
職場(SDO)の工作機械を使えれば早いんですが、それには適当な名目が必要。それでも材料は自腹。さようなら、わたしのボーナス。
「あの機体、よく壊れるから放置されていたのでは……?」
有りそうな話。AMSという兵器カテゴリーに分類される最初の世代。トータルの完成度はお察しでしょう。おまけにここは補給パーツ一つでもコストのかかる月面。ランニングコストがかさむなら、重要な部品だけ抜いて放置は十分に有り得ます。
そもそも、AMSは簡単に言ってしまえばパワードスーツ足すことの宇宙服足すことのEMU(船外活動ユニット)。更に足すことの、ある程度の電子兵装・データリンク(機材が抜かれていたためわたしのには付いてません)と防御システム。陸上から宇宙空間まで、その気になれば僅かな仕様変更で何処でも使える全領域兵器。月面でだけ動かすなら、完全にオーバースペックな代物なのです。
それでも、あの活動能力がわたしの「やりたいこと」には必要。
妙案を得るべく。カフェインと糖分を摂取するため、バスケットの中に手を伸ばし……
「あ、飲み物」
お弁当などという慣れないものを作ったせいか、飲み物を持って来忘れていました。このベンチ、穴場だけど自動販売機が遠いのです。
月にだって、自動販売機はあります。というより、「自動販売機くらいしかない」というべきでしょうか。とはいえ、置いてあるのは殆どアメリカ人大好きコークとオレンジジュースとコーヒー、あと水とお茶。
わたしが小さい頃は自販機すら無かったんですけど。せめて、品揃えがもう少し増えてくれれば……
と、特に中身の無いことを考えながら歩いていると。
「おねえさんおねえさん」
いきなりスカートのすそを引っ張られて、話しかけられました。
「はい?」
話しかけてきたのは、十代に手が届くか届かないかぐらいの、小さな女の子でした。綺麗な銀髪で、確か前世紀に流行った、ゴスなんとかと言う、フリルがたくさんついたドレス姿をしています。
この辺では見かけた覚えはあまり無い顔です。観光客の人でしょうか。この地区に観光スポットはあまり無いはずなので、はぐれて迷い込んでしまったのかもしれません。
「どうかしましたか?」
ここは、年上の女性として落ち着いた対応を心掛けたいところです。
ルナリアンは、総じて身体の成長が早いです。低重力のおかげで身長が高いこと相俟って、実年齢より年上に見られがちです(わたしはなぜかなかなか伸びないんですけど)。
見かけのわりに幼い、とは思われたくないところ。
しかしそこで帰ってきた反応は、明後日の方向にぶっ飛んだものでした。
「きゃとるみゅーてぃれーしょん、おあ、あぶだくしょん?」
ぶっ飛びすぎです。人類のコミュニケーションの限界に、割とチャレンジできるほど。
一瞬、「チキンオアミート」と聞かれた気分になりました。フィッシュを希望します。
「はい?」
より正確には、なんと言われたかわかりませんでした。
冷静になりましょう。
第一、選択の余地が小さすぎます。
キャトルミューティレーションされるとだいぶ死んでしまうような気がするので、アブダクションの方で、などと言えるはずもなく。できれば平和的な解決策を模索したいところです。
それに、この子いったいどこの子でしょう。周辺に保護者の姿はなし。多分迷子には違いないとは思うのですが。迷子……ですよね……?
出会いがしらに誘拐だの体液抽出だのと物騒な言葉を聴かされた気もしますが、そこはスルーの方向で。ほら、小さいころは、覚えた言葉をすぐ使いたがるものだと言いますし。わたしにも「なんたら主義」という真っ赤な死語を覚えて使いまくった末、面談を喰らった経験がありまし。
キャトルミューティレーションなんて言葉を挨拶代わりに覚える家庭環境が、気にならないでもありませんが……
「ああ、はい、宇宙港なら、この道をまっすぐ行って、右に曲がったエリアでゲートを抜けて……」
なぜか条件反射で旅行者に聞かれる質問No.1の宇宙港への道案内を始めてしまうわたしが居ます。人見知りですが、これだけは説明できるよう頑張りました。この子もまったく、宇宙人じゃないんですから。第一、キャトルミューティレーションは微生物や野生動物の作用だととっくの昔に……
「おねえさん、このほしのひと?」
と思った端から、追撃。
というか、こちらの方、もしかしなくても、宇宙人だったりなんかしちゃったりして。さすがのわたしも揺らぎます。……いえ、出来れば言葉の使い方を著しく間違って覚えているだけだと信じたいんですけども。
「ええ、はい、わたしは月生まれの月育ちですよ?」
取り敢えず、穏当な説のほうで対処。
これでも貴重な生粋のルナリアンなのです。宇宙人呼ばわりは今に始まった話でもなく。
確か、過去に何度かニュース媒体に顔を撮られたこともあるので、見知らぬ人間がわたしを知っていても不思議はありません。この子が月都市関係者の家族という可能性もあります。
まぁ、地球生まれと月生まれを興味本位で区別するのは、経験則上碌な人間じゃないんですが。最近全部吹き飛びました。この点だけは、あの忌々しいプローヴ群に感謝。
「ふーん」
……ところで、月生まれって言ってもこの子の反応が滅茶苦茶薄いんですけど。
数回目をぱちくりさせて、相槌を漏らした程度。
これ、わたしの対人コミュニケーションだと割と必殺兵器の部類なんですけど。何を殺すかはともかく。
でも、ここでめげると年上のお姉さん失格でしょう。
「あなた、宇宙人さんですか?」
今度はこちらのターン。目の前の銀色の髪の女の子に話しかけます。綺麗な子とは思っていましたが、顔を正面からみるとまるでお人形さんみたいです。
より具体的には、オ◯エント工業製品みたい。人間そっくり。
……話がそれました。我ながら間抜けな質問だとは思いますが、まぁ、こちらがルナリアンなら地球生まれだって宇宙人。そういうことです。
「うちゅうじん?」
言語の意味をよく理解されていないようですが。
なぜ専門用語を知っていて、基礎的な語彙を介されないのか。気を取り直して、わかりやすく言いなおしてみます。
「あなたは、この星で生まれた人ですか?」
「ちがう」
即答。
「なら、あなたは宇宙人さんですねー」
と、わたしが返した途端。女の子はフリーズ。
「うちゅう……じん……?」
言葉の意味を理解していなかった、というよりも。
自分がそうである、ということをはじめて認識したかのように、じっと自分の手を見つめています。
少女が大人の階段を一歩登った感動の瞬間なのかもしれませんが、わたしの感想はひとつ。なんですか、その古典SFに出てくる友情を知ったロボットみたいな反応。
「あなたは、どこから来たんですか?」
なので容赦なく質問続行。これは普通のの迷子でも、聞いとかないといけないところです。むしろこれを最初に聞くべきでした。
「……わからない」
やっぱり迷子なんでしょうか。もしくは宇宙の迷子とか。
後者だったら割と洒落にならないんですが。
「でも……あっちからきた」
そう言って、彼女が指すのは真上からややずれた方角。……どっち?上の層?
「もっと、ずっととおく」
地球?ここ屋内なんで、地球がどの位置にあるかはわかりませんけど。
しかし、ちょっと引っかかりを覚えたので、失礼を承知で端末を取り出し。マップを展開。
月都市の位置と、地球の位置。もう一個の物体の位置をプロット。
「……どっちの方角からきたのか、もう一度教えてもらえます?」
「むこう」
彼女が指す方角(さっきとぴたりと同じでした)を、月面都市から伸ばして……
「本当に、こっちで合ってます?」
「うん」
最終確認。いや、これ、偶然……偶然ですよね?
月都市から、彼女が指し示した方向に矢印を伸ばすと。ドンピシャで、もう一個の物体。つまり、プローヴ群のいる方向。
…ほんと偶然、だと思うんですけど。少し、聞いてみますか。
「えーと、あの……大変聞きづらいのですけど、これ、ご存知では?」
取り出したのは、プローヴ群の光学観測画像。まだ、一般には公開されていないもの。地球外知的生命体が存在するという、証拠そのもの。
仕事用のデータ持ってきて正解でした。ワーカーホリックも役に立つもの。……なぜかわたしがワーカーホリックを自称すると、上司同僚含めて全員が首を傾げるのですけど。
それを一目見た女の子の反応。彼女は、「笑って」。こう言いました。
「そう、これ……おうち」
おうち。ハウス。ホーム。
……それが意味するところは、つまり。
後で彼女に聞いたところ、わたしはそのまま、たっぷり数秒の間フリーズしていたといいます。
そのまま、しばらくお待ちください。