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第二話「第二種接近遭遇」

月のオフィスの仕事は、やり甲斐があった。

人類にとって、宇宙戦力の配備は急務であると理解していた。

それが我らが祖国ステイツ)のためでもあると思っていた。

だがその日、私は月の悪魔に遭った。

私は理解した。ここは地獄だ。人の住むべき場所ではない。

(第一次オペレーション・イージス関連書類から発見された走り書き)

-------


「ゆっきーのしんぐん、こおりを踏んで……と」

いや、氷があれば苦労はしないんですが。月都市は万年水不足ですし。

どうでもいいことを考えながら鼻歌混じりに歩いていると、目の前に地割れ発見。

「よっ……ほっ」

パワーアシスト機構に低重力。当然の帰結として、地球では不可能であろう大跳躍。

かつて、大きな一歩と謳われたという道程も、わたしにとっては気晴らしの散歩道。いやまぁ、物理的に大きな一歩ではあるんですが。

ここは、わたしの世界。わたしが生まれ育った場所。

わたしの名前は、如月千古。花も恥じらう21歳。職業・国際公務員。研究職。大変希少な、月生まれ月育ち、生粋のルナリアンの一人です。

ちなみに現在、とある事情から全力で現実逃避おさんぽ中。とはいえ、

「……浮かれて遠くに来すぎましたかねー」

AMSなんて使ったせいか、気付けば都市からは結構な距離。宇宙人来襲の混乱の中、月面で人間サイズの移動物体を監視する暇人は多分いないので、ばれないとは思うのですが。


何せこのAMS、旧基地区画から拝借してきたものですし?

旧基地区画というのは、月面都市がまだ「基地」だった頃のエリアです。現在は老朽化のため、閉鎖されて無人。……でも狭い街で20年も生きてれば、抜け道の一つ二つは見つかるもの。

いつだったかの探検で、武装や主要部品を外されたジャンク同然の物を発見し、地道地道に修理を重ね(一部パーツは地球から取り寄せさえしました)、起動可能になったのが数週間前。以来、クレーターの中や地下坑道でこっそりテストを重ねていたのですが。

「初めての遠乗りがこれですか……」

もともと軍用で、色々余裕があるとはいえ準備も不十分。そろそろ帰りませんと。

体を動かして多少はスッキリしましたし、マッチョ空間への対策は、帰ったら考えるとしましょう。

帰り道を調べるため、地形を地図と照合。現在地を確認。元軍用だけあって、この辺のナビシステムは優秀ですが、

「エラー?」

警告ウィンドウが。いえ、高速移動物体接近警報……?

レーダーまで付いてるんですかこれ。と思った直後、体を襲う衝撃。転倒。エラーメッセージ。

体感では月面を2~3回転。その後、スラスターが回転モーメントを相殺すべく起動したのを加速度で感じました。中の人であるわたしは、シェーカーの中身気分。

「エホッ」

ちょっと酔って戻しそうになるも、大事なし。

機体の方はぱっと見異常はありませんが……即座に、詳細な自己診断を走らせます。

「あいつつつ……」

訂正。わたしの方に大事あり。頭をしたたか打ちつけていました。

機体の方は、素人修理とはいえ軍用ミルスペック)だけあって異常なし。帰ったら点検しますけど。

……痛みで冷静さが回復したところで、原因を分析。先ほどの警報といい、軌道上からの落下物に巻き込まれたのでしょう。原因は、自然現象か、軌道上の誰かのうっかりミス。

案の定、外をスキャンすると、少しはなれた場所にクレーター。

「運がいいのか、悪いのか……どっちなんでしょうね?」

このクレーター、結構デカい。あとちょっと近かったら、死んでいたでしょう。その点では幸運。

前提として、自分の近所にデブリか何かが降ってくる時点でものすごく不運。

「軌道管理局は何してるんでしょう、まったく」

月や地球近辺の軌道を交通整理するのが仕事のお役所。いくら軌道上の物体が増えたとはいえ、観測能力が足りないってことは……

……と、そこまで考えて気が付きます。そういえば、「プローヴ」に観測リソース吸い取られているんでした。

よく考えると、ここまでのわたしの不幸、だいたい全部プローヴ群のせい。それを作った宇宙人のせい。

嫌な仕事を押し付けられたのも。

マッチョの海に出向になるのも。

落下物で死にかけたのも。

八つ当たりは理性ある人間としてどうかとも思いますが、ここまで来ると腹立たしいです。

「少しは、こっちのことも考えて欲しいですよね……」

ファーストコンタクトに、いきなり相互理解を求めるのが無茶振りとはいえ。返事の一つもよこさないのは、初手の対応としては印象最悪でしょう。第一印象は何だかんだで大切。

クレーターに向けてそんな「宇宙人」へのぼやきを口にして、わたしはその場を後にしたのでした。

落下物については、そのうち誰かが調べに来るでしょうし、そうなればわたしも見つかります。そうなる前に、退散するが吉。


と、この時は深く考えずに踵を返したのですが。

わたしはこの時、もう少し注意深くなっておくべきだったのかもしれません。

……いや、気付いた所で、何がどうなる訳でも無かったと思うんですけど。

その日はそのまま何事もなく、舞台は翌日へと移ります。

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