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執筆練習、短編集

とあるバカップルのリア充な日常

作者: 結川さや

 夕暮れの帰り道、駅までの道を一緒に歩いていた謙太に、美希は尋ねた。


「何で突然機嫌悪くなってんの。何か気に障った?」


 彼はぷい、と無言でそっぽを向いた。

 手は繋いだままだが、ある意味、だからこそ彼女からは彼の表情がよく見えない


「ねえ、何で答えないのちょっと! 無視すんなっ!」


 ムッとした美希がついに実力行使に出た。繋いでいた手はそのままに、もう片方の手で謙太の耳を引っ張ったのだ。すっきりとした黒の短髪で、隠しようもなくあらわになっている形のいい耳を。


「あでっ、ちょ、やめろよバカ」


「あ、バカって言った? バカって言ったよね? そういう失礼なやつには……こうしてやるっ!」


 まだ仏頂面で、それでも文句を言う謙太のわき腹をくすぐり始める美希。そうだ、さっきまでいつもみたいにくだらない話で盛り上がって笑っていたくせに、いきなり不機嫌になるほうがおかしいのだ。悪いのは謙太なのだ。


「このっ、このっ! これでも食らえ!」


 ついにつないでいたほうの手も離して、本格的に両方のわき腹をくすぐってやる。謙太は堪えきれなくなったのか、ブッと吹き出した。


(よーし、あともう一歩!)


 もう少しで勝つ、という美希の確信は外れた。ちょうど交差点の信号が変わったのを合図に、謙太が突然ダッシュしたのだ。自身の心情とは裏腹に笑ってしまい屈辱だったのか、ちらりと見えた横顔は更に不機嫌さを増している。


 もう駅は目の前、学校帰りの学生や勤めを終えたサラリーマン、買い物の主婦などなど、大勢が行き来している。けど、ついにむかっ腹も頂点に達した美希にはそんなことは関係なかった。


「あんの野郎……絶っ対、許さーんっ!」


 制服のスカートを翻し、美希も猛ダッシュで謙太を追いかけた。大体あの男は、こういう不可解な言動が多すぎるのだ。自分から告ってきたくせに、愛想はないわ、部活でいっつも待たせるわ、ついでに言えば昨日切ったばかりの新しいヘアスタイルにも気づいてくれないわで、面白みがなさすぎる。


 こんな不毛な付き合いだったら、いっそやめちゃおっかなー、なんて。そんなことが頭をよぎった、その瞬間、謙太は立ち止まった。


「わっ!」


 いきなり止まられてはブレーキがきかず、そのまま突進してしまう。そんな美希の体を、謙太ががっしり受け止めた。目と目が合って思わずどきりとしたのも束の間、謙太の顔は最高潮に怒っていた。中でも、自分を睨みつける目が怖い。怖すぎる。


(何なのよ一体……もうやだ、こんなわけのわかんない彼氏!)


 美希の不満が爆発しそうになった、その時を待っていたかのように、謙太が口を開いた。


「お前さ、新しい制服買え」


「は?」


 いきなり何を言うのかこの男は。美希の表情に表れただろう戸惑いを、謙太は真っ赤な顔で睨みつけるという至極複雑な行動で押し返す。


「前から思ってたんだけどさ、お前、スカート短すぎ」


「え?」


 自身のスカート丈を見やる美希。ちょうど太ももの真ん中くらいだろうか。これぐらい、みんなと同じだ。


「な、何言ってんの? 謙太」


「だ……だから! スカート短すぎ! それとシャツの下にタンクトップとか着ろ! ブ、ブラの線が見えてんだよバカ!」


「はあぁ?」


 もう睨みつける気力は失ったのか、今の謙太の顔はただ真っ赤なだけだ。全く迫力も凄みも、何もかも失って困った赤面なだけ。それでも最後の抵抗のように、謙太は自分の着ていた学ランの上着を脱ぎ、美希に着せかけたではないか。


「ちょ、暑い! なんであたしがこんなのー!」


「部活の奴らが、お前のこと意外と巨乳だ、って」


 ぽつりと呟いた低音に、ちょっと凄みが戻ってきた。まただ、目が怖くなった。

 驚く美希を見下ろし、謙太が眉間に思い切り皺を寄せる。


「太ももマジやべえ、押し倒してえ、って盛り上がってるの聞いて、ぶん殴ってきた」


「ちょっ……ま、マジ?」


 あれだけ仲のいい部活のみんなを殴ったりして、大丈夫なんだろうか。美希の心配に気づいたのか、少しは冷静になったのか、謙太は無言でポケットからスマホを取り出した。開いたLINEの画面を、つきつけるように見せてくる。


『ごめん』『悪ふざけが過ぎた』『超反省してるって』『だから怒んなよー、な?』云々、云々のメッセージがいろんな子から続いていて、最後にあった文字に、美希は思わず頬を染める。


『ほんっとお前、美希ちゃんにベタ惚れなんだな。誰もとらねーから心配すんな』


 しばしの沈黙の後、目があった謙太は、また赤い顔をしていた。


「髪切ってますます可愛くなったって……今日クラスの男どもが噂してて、それで俺また心配してて……なのにお前、さっき嬉しそうに言っただろ?」


「え、と、なんて言ったっけ、あたし」


「覚えてねーし」


 はぁ、とため息をついて、謙太が大きな手を頭に置く。ぐしゃぐしゃ乱されたその髪は売れっ子美容師さんにやっと切ってもらえたもので――、


「あ、思い出した! もしかして……『かわいいよ』って言ってもらえたっていう、アレ?」


「その、アレだ。バーカ」


 ぐしゃぐしゃが更に強くなり、頭を小突くようにする謙太。その頬は赤いものの、不機嫌はかなり直っている、ような気がする。でもまさか、アレ――美容師さんにも『可愛いよ』って言ってもらえたんだ、という一言が原因だなんて。


「あのさ……あの美容師さん、結婚してるんだけど」


「へっ?」


「奥さんにベタ惚れで、ついでに言うとその『可愛いよ』の後、『ま、俺の奥さんにはかなわないけどねーははは』っていうのろけもあったんだけど」


 たっぷり一分――いや、三分ぐらいは黙っていた謙太が、くるりと背を向けた。


「それを先に言え、バカ」


 スタスタと改札に向かう謙太の頭を、今度は横から美希が小突く。


「バカっていうほうがバカなんだよっ、バカバカ、謙太のバーカ、超ヤキモチ焼きっ!」


 毒づきながらも、美希の顔は明るい。くすくす笑いながら小突かれて、謙太が振り向く。


「バカでヤキモチ焼きで悪かったなっ! どうせ俺は――」


 何やら開き直ろうとした謙太の言葉は、それ以上続かなかった。美希が続けさせなかったのだ。

 身長差を首元に手を回して引き寄せることで克服し、ローファーの足を半分浮かせての、キス。


 改札のまん前、後ろから来た人がぶつくさぼやこうが、みんながじろじろ呆れ顔で見ていようが、スイッチの入った美希にかなう者などいない。硬直していた謙太も、いつしか美希の腰に腕を回して、積極的に受け入れて。


「これでもまだ、ヤキモチ……焼く?」


 囁かれた言葉に、謙太は微妙な顔になる。負けは認めたくないけれど、実質完敗もいいところだからだ。


「す、スカート丈……長くするなら、譲歩しても、いいけど……」


「それはやだ」


「なっ」


「でもタンクトップは着てあげる。噂の巨乳は、謙太一人のもんだし」


「――」


 絶句した謙太は、美希の胸元を見つめ、すぐ鼻を押さえた。


「わっ、ちょっとやだ! もしかして、鼻血?」


「で、出てねえっ」


「いやでもさっき、なんか赤いのが……」


「出てねえってば! もう行くぞ!」


「ヤキモチ焼きのむっつりスケベか……やっぱちょっといやになってきたなー……」


 鼻を押さえたまま悲壮な顔をする謙太に、美希は舌を出して笑った。


「嘘だよん。大好きだよ、バーカ!」


「うっ……バカは余計だって!」


「鼻血出して怒っても説得力ないねー、バーカバーカ」


「……っの、やろー! 待てっ! 彼氏をバカにしたらどうなるか、思い知らせてやる」


 改札をくぐって始まったダッシュの追いかけっこは、しばらく続き――そして二人の手は、またつながれる。


 その頃、反対側のホームでそれを見ていた部活仲間が、LINEで出した結論は。


 ――バカップルはほっとけ。リア充爆発決定。


 ――……くそうらやましいぜ、バカやろー。


 であった。



 END

読んでくださり、ありがとうございました。

お気軽にコメント等いただけると嬉しいです^^

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